ナヴァラのハイドン/チェロ協奏曲第2番

sv0041a.jpg
ハイドン/チェロ協奏曲第2番ニ長調 作品101
アンドレ・ナヴァラ(チェロ)
ベルンハルト・パウムガルトナー指揮
ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ
Recording: 1959.6.23,24 Mozarteum, Salzburg
Licensed by Ariala-Eurodisc GmbH, Munich (DENON)
Length: 26:46 (Stereo)
amazon


ハイドンのチェロ協奏曲第2番は、第1番が発見されるまでは唯一のチェロ協奏曲として親しまれてきた名曲だが、ハイドンが宮廷楽長をつとめていたエステルハージ公爵のチェロ奏者アントン・クラフトが書いたものではないかと疑いが持たれてきた。しかし、米国ハイドン協会が1954年にウィーンの国立図書館の地下室から自筆譜を発見するに至り、ようやくその論争に決着がついたという曰く付きの作品だ。

sv0041f.jpgオイロディスク・ヴィンテージ・コレクション(第2回)の1枚として復刻された当盤は、鮮度の高いステレオ録音に驚かされるが、ナヴァラのどっしりと構えた安定感のあるフレージングと、そこから紡ぎ出されるコクのある表現がすこぶる魅力的。

ダブル・ストッピングやハイポジョンの難所をいとも鮮やかにさばくテクニックの切れも冠絶したもので、弦を擦る弓の触感や松ヤニのしぶきすら感じさせるオン・マイクの生々しい録音が、“名人の弓さばき”をあますところなく捉えている。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon [SACD]

「今回復刻されたのは、ナヴァラが48歳のときの録音で、まさに最も脂の乗りきっていた時期のもの。さすがに音色は非常に張りのある艶やかなもので、技術の切れ味もすばらしい。なによりもハイドンにしろ、ボッケリーニにしろ、表現が澄みきった秋の空のように晴朗かつ爽やかだ。端正であると同時に自在感にも富み、実に魅力的な演奏だ。」 中村孝義氏による月評、COCQ84389、 『レコード芸術』通巻第687号、音楽之友社、2007年)


ここではアルトマン校訂によるオリジナル譜の管弦楽をベースに、独奏部にジュベール版を参照したと思われる技巧的な改変も見られ(終楽章コーダの技巧的パッセージや装飾音の追加など)、フルニエ盤やジャンドロン盤などと“名人の御筆先”を聴き比べてみるのも一興だろう。


第1楽章 アレグロ・モデラート、ニ長調
sv0041b.jpgナヴァラの独奏チェロは滑らかだ。木の質感をたっぷり感じさせてくれるチェロの音は魅力に溢れ、滑らかな運指が見えるように指板を動くところや、低音弦に降りて「ぐい」と弾ききる筆圧の強さは大家の風格を十全に備えている。技巧的な経過句は早ワザを控え、32音符やアルペジオ風のパッセージを粘り気味に、着実にさばく端然としたフレージングがナヴァラ流といえる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

大きな聴きどころはスルGで歌う第2主題(50小節)。腹に響くように太い音で歌うカンタービレは雄大で、優美な楽想からゆたかな広がりを紡ぎ出すところは名人ナヴァラの真骨頂。オクターヴ上げた54小節や、ダブルストップの57小節の頭に大きく転回ターンの装飾をくわえるところも即興的で、技巧句は楷書風に細かい音符ひとつひとつが明確に弾き出されている。
sv0041j.jpg

第2主題で装飾音を入れる箇所がナヴァラと同じなのがフルニエとビルスマ、50、57小節を装飾するのがデュ・プレ、54小節のみを装飾するのがロストロポーヴィチ、原譜通りに装飾をくわえないのがジャンドロンで、その演奏様式は各人各様だ。

sv0041c.jpg本盤では提示部小結尾に相当する65~70小節が省略されるが、これは半ば慣例的にジュベール編曲版に準拠したものと思われ(フルニエ盤も同様)、第2主題のひとくさりの展開を終えたあとに、独奏がしみじみと慰撫に満ちた重音で奏でる副主(71小節)がモノローグのような形で演奏される。心に沁み込むような余韻を残しつつ、第1主題の総奏(展開部)へ接続する。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon
sv0041k.jpg


展開部(77小節)は、聴く者の心を慰めるような弦楽合奏の副主題(85~88小節)が涙をそそるが、大きな聴きどころはイ長調で再現する第1主題の独奏の後に、転調して変奏する副主題(98小節)。深まりゆく秋の気配を感じるように、名人はしっとりと潤いを込めながら、哀しみを濃厚に歌い上げてゆく。

sv0041e.jpg心を揺さぶる剛毅な分散和音とモルデント、やるせない心情を綴るハイトーンの嘆きが聴き手の心に直に響き、魂を震わせるように歌う込むクライマックス(118小節)は悲しみが頂点を極めた感があろう。粘着力のあるトリラーをくわえた弦をいっぱいに鳴らす張りのある響きがドラマティックな音楽を創り出し、その輝かしいまでの高音は名人ナヴァラの独壇場である!

明るく弾むような調子がオーケストラに戻ってくる再現部(136小節)は、原調で大らかに歌う音楽がさらにスケールを増してくる。装飾を入れずにスルDでたっぷりと弾き上げる第2主題、決めどころのフラジョレット、ブラームス風に「がっつり」と厚みのある重音を轟かせるカデンツァなど、張力のある響きに滑らかな旋律を織り交ぜる名人の弓さばきを心ゆくまで堪能させてくれる。  amazon [ナヴァラの至芸]


第2楽章 アダージョ、イ長調
sv0041g.jpgハイドンが作曲した緩除楽章の中でも最も美しいとされるアリオーソは、独奏チェロが厚みのある音をたっぷりと響かせて、コクのある歌い口で聴き手の心を惹きつける。ナヴァラの息の長いフレージングがオーケストラに乗り移ったかのように、しっとりとモーツァルト風に響かせる管弦楽の伴奏が、いかにもザルツブルクの楽団らしい。

「ここぞ」とばかりに歌い出す第1副主題(17小節)は、たっぷりとヴィヴラートをのせて、風光明媚なイタリア・アマルフィ海岸を思わせる晴朗さでカンティレーナを紡いでゆくが、崇高な気分も忘れない。高音域で咽び泣くように歌い出される主題再現(32小節)も印象的だが、翳りを帯びた中間部の第2副主題(43小節)が大きな聴きどころ。

TOWER RECORDS  HMVicon
sv0041l.jpg

sv0041h.jpg極太の毛筆に入念に擦り上げた墨をたっぷりと含ませ、迷いなく書き上げる書家のごとく、肉感のある中音域を響かせるナヴァラの独奏はじつに感動的である。滔々と歌い上げる音楽は力強さの中にも憂いを秘め、つぶの揃った音の移ろいの美しさは極上のものだ。

音量ゆたかに再現する主要主題(53小節)も聴きごたえ充分で、太い音で語りかけるようにたゆたう短いカデンツァは、後ろ髪を引かれるような一抹の侘びしさすら漂わせ、その詩的な風情は名人ならではの味わいがある。

sv0041ms.jpg
amazon  TOWER RECORDS  HMVicon


第3楽章 アレグロ、ニ長調
sv0041d.jpg舞曲風のロンド主題はことさら軽快さを装うことなく、ウェットな気分をも見せながら、しなやかに意志の徹った懐の深い演奏だ。やおら26小節で見せる分散和音の鮮やかな弓さばきに仰天するが、いよいよナヴァラが超絶技を繰り出すのは50小節の技巧句から。

音階風パッセージと分散和音を組み合わせたパッセージは、快刀乱麻を断つがごとき弓さばきで、指板の上を縦横駆けめぐる指の動きは肌が粟立つすさまじさ。裏拍からダブルストッピングで弦を「ガッガッ」と削る第2副主題(58小節)のリズミックな躍動感も聴き手の耳を刺激する。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

明暗の楽想が交錯する中間部のミノーレ(ニ短調、111小節)は、ナヴァラの歯切れの良い弓さばきが冴え渡り、分散和音の〈エピソード〉に弓を「ザクザク」と入れるところは牛刀で鶏肉を裂くような肉体的な快感を誘っている。

sv0041i.jpgそれもそのはず、若い頃はミドル級のボクサーでならしたナヴァラは本格派のスポーツマンで知られ、その卓越した運動リズムと強靱なバネのようなボウイングで弾きぬく筆圧のつよい音楽は情熱に溢れんばかり。結尾に追加した技巧的なパッセージ(カデンツァ)もナヴァラの手の内に収めたもので、「こうあらねばならぬ」といった確信に貫かれている。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon


マジョーレの再現部(172小節)は独奏の響きに潤いと艶をのせ、力強く伸び伸びと、古典にふさわしい典雅な気分を醸し出す。左右にたっぷりと広がるステレオ感や、生演奏のような弦の感触も抜群! ロンド主題の総奏のあとに多くの独奏者がやるように、管楽器のメロディーの裏で独奏が技巧的な分散和音を即興的に入れて華やぎを増しているところも聴きどころで、目の覚めるようなチェロの冴えた音に腰を抜かしてしまう。
sv0041n.jpg

コーダはナヴァラの天才的な閃きと野性的な曲芸の連続にため息が出るばかり。気魄のこもった力強い分散和音が最後までとどまることを知らず、木管のメロディーや、弦楽合奏と熱っぽく掛け合いながら、切れ味するどく名曲を締め括っている。ナヴァラ絶頂期の姿を生々しく刻み込んだ聴き応えのある一枚だ。  

人気ブログランキングへ  この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加
[ 2015/04/24 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)