マルティノン=シカゴ響の「アルルの女」

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ビゼー/組曲「アルルの女」組曲第1番&第2番
ジャン・マルティノン指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1967.4.26 (RCA)
Location: Medinah Temple, Chicago
Disc: Sony Classical 88843062752
Length: 17:37/18:22 (Stereo)
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このディスクは、フランスの名指揮者ジャン・マルティノン(1910~1976)が、アメリカの名門シカゴ交響楽団の音楽監督をつとめた時期の貴重な録音で、1964年から1968年にかけてRCAに残した全録音をCD10枚に集大成したボックスセットの中の演奏である。

マルティノンのシカゴ響時代と言えば「不毛の時代」と一般には言われ、その評価は決して高いものではなかった。理事会と組合の抗争に巻き込まれ、楽員と衝突して解雇をめぐって裁判沙汰になったり、トリビューン紙の辛辣な音楽批評家の餌食になったりで、のちにマルティノンは「苦渋にみちた時代だった」と語っている。

sv0042d.jpgところがCDを聴いてみると演奏水準の高さはどうだろう。どの曲をとっても見事なものばかりで、質の高いアンサンブルはもとより、情感の豊かさや、歌謡旋律の歌いまわしの上手さは筆紙に尽くし難く、ここ一番の決めどころで爆発するダイナミックなオーケストラ・パワーも冠絶している。

終曲〈ファランドール〉では、指揮者が我を忘れて熱っぽく畳み掛けるところがこの盤の大きなウリで、“爆演マニア”には嬉しい不意打ちだろう。

「シカゴの水はマルティノンの肌に合わなかったようで、シカゴ時代の彼はもうひとつぱっとしなかったが、これは、マルティノンのシカゴ交響楽団との録音の中では、会心のものといえよう。驚くほど明確なリズムとその輝かしい音色のつくり方はいかにもフランス的で、このオーケストラからこれだけのものが引き出せたマルティノンは、やはり優れた指揮者であった。その点で成功しているのは、〈第1組曲〉の〈メヌエット〉と〈カリヨン〉、〈第2組曲〉の〈ファランドール〉で、〈第1組曲〉の〈アダージェット〉とか〈第2組曲〉の〈メヌエット〉や〈間奏曲〉などには、さらに細かなニュアンスがほしかった。」 宇野功芳氏による月評より、RCL1037、『レコード芸術』通巻第361号、音楽之友社、1980年)


「速いテンポで引き締まった造形。じつにソリッドな演奏で、シンフォニックで厳粛な《アルルの女》が展開する。オケがシカゴ交響楽団ならではの演奏とも言える。ビゼーらしい伸びやかさに欠けるきらいはあるが、逆に南国の悲劇の色が濃厚となり、それが魅力だ。」 「名曲名盤300NEW」②より岩下眞好氏による、~『レコード芸術』通巻第552号、音楽之友社、1996年)



「プレリュード」、アレグロ・デチーソ
sv0042e.jpgプロヴァンス地方の民謡〈3人の王の行列〉がシカゴ響の肉付きのよい弦のユニゾンにのって、きびきびと力強く進行するところが魅力的で、小太鼓のリズムを加えた溌剌とした第2変奏、ファゴットの3連音が濃密なオブリガートで彩る田園牧歌調の第3変奏、ブラスとティンパニが豪打をぶちかましてダイナミックに躍動する第4変奏など、パワフルな管弦楽果肉をたっぷり含んだ厚味のある響きを堪能させてくれる。

第2部(アンダンテ・モルト)でサックスが奏でるもの悲しげな音楽は、プロヴァンス地方で「お人好し」をあらわす主人公フレデリの弟の〈純潔の主題〉。甘い音色のサクソフォーンが哀愁を漂わせ、表情豊かにしっとりと歌い回すところはマルティノンの独壇場。ハープの分散和音が木管に溶け合う響きの美しさといったら!

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第3部(ピウ・レント)は闘牛場で知り合ったのアルルの女に激しく恋する「フレデリの苦悩」。重厚なユニゾンで弾き上げるシカゴの弦がその持ち味を存分に発揮する。シンコペーションを「ぐい」と弾きぬき、トロンボーンをがっつりと打ち込む重厚な展開と、猛烈なトレモロのクレッシェンドで盛り上がるオーケストラのパワーに腰を抜かしてしまう。


「メヌエット」、アレグロ・ジョコーゾ
sv0042b.jpgみずみずしい感覚でシャキリと弾む斉奏が心地よく、木管とかけ合う筋肉の付いた弦の力強い応答がユニークだ。ここでサックスとクラリネットが奏でるトリオの名旋律が聴きどころで、弦のメロディーがたおやかに舞うところは馥郁とした香気とニュアンスに溢れんばかり。

宝石のような装飾を散りばめるハープと木管のアルペジオや、淋しげな木管のニュアンス、弦の繊細なフレージングの妙味など、いずれを取っても一級品だ。
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「アダージェット」、アダージョ
sv0042c.jpg羊飼いの老僕バルタザールとルノーお婆さんが50年振りに再会し、若き日のロマンスを回顧しながらしみじみと交歓するシーンが静謐に歌われる。ミュートを付けたとは思えない弦のなみなみとした重量感に驚かされるが、マルティノンは筋肉質の弦をやわらかく解きほぐし、ウェットな情感をあますところなく描き出す。

聴きどころは、哀切の第2楽句を「これでもか」と艶をのせて美麗に歌いぬくところで、綿々と情感を織り込むアダージョの調べに胸がいっぱいになってしまう。
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「カリヨン(合鐘)」、アレグロ・モデラート
sv0042f.jpg教会の鐘を模した4本のホルンの3音リズムにのって、聖エロアのお祭りの気分が描かれる。アクセントの効いた力強いリズムにのって澄明盛大に歌い、クライマックスでダイナミックに爆発するところがシカゴ響らしい。

聴きどころは中間部(アンダンティーノ)で、フルートのデュエットが奏するうら淋しい古風なメロディーが涙をそそる。しっとりとした弦がトゥッティに加わると、暗色を帯びたトーンによって悲痛さがなお一層深みを増してくる。チェロがねばりを効かせ、コクのある音でこってりと盛りつけるオブリガートもユニークで、これが耳の快感を誘っている。


「パストラール」、アンダンテ・ソステヌート
sv0042g.jpg第1部の牧歌は、まるで大蛇がのたうつようなぶ厚い弦と豪壮な管弦楽を堪能させてくれる。「ガツン!」とくるパンチの効いたリズム打ちが痛快で、シカゴ教(響)信者にはたまらない魅力だろう。

第2部(アンダンティーノ)のタンブーランにのったプロヴァンス舞曲も聴きのがせない。ここでは名人オケが一分のブレもない拍節感とピッチの合った緻密なアンサンブルを繰り広げる。ことに2組の木管がキメ細やかな応答を繰り返す絶妙のフレージングは一聴の価値があろう。
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「インテルメッツォ」(間奏曲)
sv0042h.jpgフレデリの悲劇を予告するかのような、第1主題の管弦の重く暗い響きが印象的だが、最大の聴きどころは中間部(アレグロ・モデラート)の第2主題。ここでサクソフォーンとコルネットで奏でるメロディーが大きなご馳走として用意されている。この主題は、ラテン語の歌詞を付けて《神の子羊》(アニュス・デイ)という独唱曲に編曲された名旋律だ。

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弦楽の柔らかな伴奏にのせて、サクソフォーンとコルネットが哀愁をたっぷりに、とろけるように歌っているのがたまらない魅力で、第2楽句で表情ゆたかにテンポを緩め、ファゴット、クラリネット、オーボエ、弦楽器をくわえて、情感込めて歌い回すマルティノンの術に酔わされてしまう。ハープの装飾和音と弦の静謐なトレモロによって、神々しいまでの高揚感が立ち込める再現部も感動的で、マッシヴな豪打で締め括るダイナミックなオーケストラにも大拍手!


「メヌエット」、アンダンティーノ・クワジ・アレグレット
sv0009a.jpgフルートの独奏曲として有名なメヌエットは、じつは《アルルの女》の音楽ではなく、編曲者のギローがビゼーの歌劇《美しきパースの娘》第3幕から拝借した反則曲。ここではフルートのソロ(ドナルド・ペックか)の、ふくよかで澄みきった音色が印象的で、装飾音型は決して華美にならず、ドイツ流儀の拍節を守ったスタイルは実直そのもの。

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トリオの総奏は力をぬいた柔らかな和音打撃が心地よく、力づくの一点張りで押し切らないところがマルティノンの上手いところだ。再現部ではフルートのソロを彩るサクソフォーンの濃厚なオブリガートが聴きもので、肉感のある音が「ぶりぶり」と響いてくるあたりは愉悦の極みといえる。


「ファランドール」、アレグロ・デチーソ
sv0042l.jpgマルティノンは、シカゴ響のサウンドを存分に生かして、実演さながらの即興的な“爆演”をやってのける。最大のヤマ場は、〈3人の王の行列〉〈ファランドール舞曲〉を交互に演奏したあとに、両者が同時進行する総奏(175小節)だ。木管と弦が駆ける「舞曲」に、ホルン、コルネット、トロンボーンが「3人の王様」のマーチを重ねる場面は、オーケストラが“暴れ馬”のように突っ走る。

驚くべきは、ブラス隊のマーチが、激しく駆けめぐる舞曲をはるかに凌ぐテンポで走り出すところで、指揮者がけしかけたというよりは、「オレたちが王様だぜ、負けてたまるか!」といわんばかりに、クレヴェンジャー、ハーセス、ジェイコブズといったシカゴの“3人の王様たち”がアクセルをぐいぐい踏み込んで疾走してゆくところにゾクゾクしてしまう。

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sv0042n.jpg猛者たちが火花を散らし、フルパワーで炸裂するシカゴ・サウンドが聴く者を震撼させるが、締め括りにマルティノンが聴き手の度肝をぬく大芝居を打つ。何を思ったのか、「え~い、くそっ!」(Merde!)と、まるで日頃の鬱憤を晴らすかのよう熱く興奮し、荒れ狂ったように畳み込む。

これがセッション録音であることを考えると、我を忘れてここまでやってしまったマルティノンの胸中や、いかなるものだったのだろうか・・・マルティノンとシカゴ交響楽団のコンビが残したユニークな快演というべき一枚だ。


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[ 2015/05/06 ] 音楽 ビゼー | TB(-) | CM(-)