アーノンクールのドヴォルザーク/交響曲第8番

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ドヴォルザーク/交響曲第8番ト長調 作品88
ニコラウス・アーノンクール指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
Recording: 1998.12 Concertgebou, Amsterdam
CD: WPCS21201 (TELDEC)
Reissue: 2004/1
Length: 36:26 (Digital)
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古楽器演奏の旗手ニコラウス・アーノンクールは、1952年にウィーン交響楽団に入団し、チェロ奏者として17年間在籍していたことで知られている。入団オーディションでは音楽監督をつとめていたカラヤンの前で十八番のドヴォルザークの協奏曲を弾いたほどチェコの音楽はアーノンクールにとって慣れ親しんだ音楽だった。

「私が弾いていた頃のウィーン交響楽団のメンバーは、多くの人がチェコ人であったり、チェコの祖先を持つ人たちでした。ドヴォルザークの交響曲などを演奏すると、メンバーの半分が涙をこらえられなくなって、むせび泣きし始めたものです。こうした感性は私自身のなかにもあり、これらの音楽は、心をゆさぶる何かを持っているのです。それはスラヴ的な感受性であり、別れを象徴するような、涙を誘うような要素に満ちています。スケルツォの始めのところなど、もうため息がでてしまいます。」 「ニコラウス・アーノンクール、ドヴォルザークとチェコ音楽について語る」より)


sv0045e.jpg筆者は古楽系の指揮者は食わず嫌いのところがあるが、アーノンクールを聴くと“嬉しい不意打ち”に出会うことが多い。ギョロ目をむいて、怒ったような顔で指揮をするさまは、どこか喜劇役者を思わせるが、ふだん聴き慣れた音楽から斬新な切り口で新たな道を切り開くクリエイティヴな音楽家といえる。

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ここで聴く“ドボはち”は、アーノンクールの手にかかると、民芸品的な土臭い部分や浪漫的なコレステロールがさっぱりと洗い落とされ、まるで作曲されたばかりのような新鮮な響きで聴こえてくるのが大きなサプライズ。しかも、素朴な懐かしい歌がそこかしこに流れている。

sv0045b.jpg80年代から客演したコンセルトヘボウ管のいぶし銀のトーンも特筆される。モダン楽器のオーケストラから古楽の経験を生かしたピュアなハーモニーを引き出し、克明なアーティキュレーションを駆使してアーノンクールが独自の作品解釈で切り込んでゆくところがこの盤の最大の魅力。ここ一番で腕の冴えをみせる名門楽団のパフォーマンスにも大拍手。

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「7番につづくアーノンクールのドヴォルザーク第2弾である。前作がかなり理屈っぽく、説明的で、音楽を聴くというよりは答案を読んでいるような演奏だったのに対し、今回の8番はスコアの細かい分析が肉付きのよいひびきの充実感を伴って表れるので、もっと普遍性が高い。」 宇野功芳氏による月評より、『レコード芸術』通巻590号、音楽之友社、1999年)


「近年の最も注目すべき録音はアーノンクール&ロイヤル・コンセルトヘボウ管。この指揮者とドヴォルザークがイメージ的に結びつかない、というところで損をしているが、これほど入念なアーティキュレーションとダイナミクスの変化に富み、ドヴォルザークの卓抜な動機操作が明らかになる演奏は希有だ。しかも強引さは感じられず、アーノンクール自身がドヴォルザークの音楽における自然の息吹を呼吸しているという趣。」 新編名曲名盤300(3)より矢澤孝樹氏による、『レコード芸術』通巻710号、音楽之友社、2009年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
sv0045c.jpgゆったりとしたテンポで、しっとりと情感をこめて奏でるチェロの序奏テーマは哀愁たっぷりだ。高音が息長くたなびくフルートとピッコロの澄み切った第1主題(第2句)や、リズミカルなステップで小気味よく駆け走る弦の走句がみずみずしく、そこから立ち上がる主題総奏は、ブラスとティンパニの冴えた打ち込みによってワクワクするような手応えを感じさせてくれる。

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行進曲風フレーズ(39小節)のたっぷりふくらませる歌い口はユニークだが、キビキビとはずむ弦のスタッカートや、シャッキリと打ち込む管のリズムがじつに気持ちよく決まっている。大きくルバートをかけて第2主題へと繋げる経過句の入念な処理もすこぶる個性的だ。

sv0045d.jpg聴きどころは木管が物憂いメロディーを奏するロ短調の第2主題(76小節)。木管の溶け合うハーモニーの美しさは特筆モノで、柔らかに揺らせる独特のフレージングによって、スラヴの哀歌が情感ゆたかに歌われてゆく。ロ長調の第2句(101小節)も弦に独自のアーティキュレーションで力感を排し、余韻を持たせているのがおもしろい。

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音楽が大きく動き出すのは展開部157小節。弦のスタッカートでやおら走り出すところは芝居気たっぷりだ。ヴィオラの歌の上でフルートが装飾的に舞うエレガントな表情や、第1ヴァイオリンの緻密なスピッカートに木管が牧歌調の歌を添えるところなど、細やかな表情付けがそこかしこに聴いてとれるのに驚かされてしまう。
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sv0045h.jpgこの楽章の頂点は8分音符の鋭い和音を連打する202小節。アーノンクールは「ここぞ」とばかりに力を込めて第1主題を再現する。シャッキリと打ち込む和音打撃や獅子吼するブラスなど歯ごたえのある音が聴き手の耳を刺激する。大見得を切るように導入主題の総奏(219小節)へ突進する荒ワザを繰り広げるところは、武闘派アーノンクールの独壇場である!

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コーダに向かって、管弦の響きがさらに鮮度を増してくるのがこの演奏の凄いところだ。第2主題(第2句)の総奏でトロンボーンを誇らしげに「バリバリ」と効かせているのも刺激的で、コンセルトヘボウ管のブラスが「待ってました」とばかりに炸裂。キレのあるビートにのって、シャープに打ち込まれる打撃は鮮烈としかいいようがなく、ティンパニが間髪をいれずに叩き込む切れのあるフィニッシュは超絶を極めた感があろう。


第2楽章 アダージョ
sv0045f.jpg夕日の沈む古城のほとりにたたずむ作曲者の想いを綴った音楽は、速いテンポで歌われる。フルートのアウフタクトを強い3連符で吹かせて、まるで小鳥が目をつり上げて怒ったように啼いているところに仰天させられるが、ゆったりと情感をこめて奏でる内省的なクラリネットとの対比が鮮やかで、これが奇妙な緊張感を生んでいる。
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「アルノンクール指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管盤は、冒頭の主要主題を飾り気なく奏させた後、11小節で32分音符を奏するフルートのフレーズを3連符に変更して吹かせており、独特の鋭い響きを発しているが、これはスプラフォン版のスコアの校訂報告にも記載されていない変更である。」「究極のオーケストラ超名曲徹底解剖 [6]」より満津岡信育氏による~『レコード芸術』通巻708号、音楽之友社、2009年)


sv0045g.jpg中間部は舞曲風のリズムにのって、上質の木管セクションが村祭りの喜びの気分を情趣ゆたかに歌い出す。聴きところはト長調の独奏ヴァイオリンで、やわらかなヴィブラートとポルタメントによって素朴なメロディーが馥郁と匂い立つ。主題再現(77小節)の冴えたトランペットや、竹を割るような歯切れの良いティンパニの打ち込みも痛快である。

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第3楽章 アレグレット・グラツィオーソ
sv0045i.jpgレントラー風の哀調を帯びた美しいメロディを、アーノンクールはコンセルトヘボウ管特有のくすんだ色調で歌わせる。カラヤンで聴き慣れた“とろり”とした過剰なロマン的情緒や管弦のゴージャスな響きといったアクを抜き、サラサラと風韻よく響かせるところは淡いリリシズムをほどよきバランスで表現した品格のあるものといえる。

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ワルツ風のトリオ(87小節)はこの楽団自慢の木管セクションがよく歌う。作曲者が歌劇『頑固ものたち』のアリアから転用した名旋律を、気品を絶やすことなく、弦のゆるやかなリズム打ちにのって、しっとりと紡いでゆくところがたまらない。
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弦のリピートは、通常ならゆたかなオーケストラ・サウンドでなみなみと歌い返したくなるところだが、アーノンクールは通俗とは一線を引き、音量を抑えた古楽的な歌わせ方で俗耳に新鮮に響かせる。反復箇所はアーティキュレーションを変えて揺さぶりを入れるのもユニークで、溌剌としたコーダの躍動感が終曲への期待感を高めている。


第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0045j.jpgアーノンクールの個性が際立つのが変奏部(42小節)の民族舞曲。ここで古楽風のアプローチでスコナー舞曲を料理するのが驚きで、漸強弱によって力点に変化をつけた弦の第1変奏や、明快なティンパニの打点にのってひた走る第2変奏(総奏)はゴージャスな管弦楽で押し切るカラヤンとは対極をなすものだ。

第3変奏のフルート独奏は、まるでバロック音楽のような高貴な響きで淀みなく奏するのも、なるほど、アーノンクールの世界といえる。
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聴きどころはハ短調の副主題(120小節)。“コガネムシの主題”ともよばれるジプシー調の第5変奏は哀愁たっぷりで、土俗的な副主題の総奏でトロンボーンが主題の輪郭を強調したり、第2ヴァイオリンが一気に駆け抜けてファンファーレを再現する場面(216小節)で視界を鮮やかに切り開くあたりも、何か新しいことをやらずにはいられないアーノンクール独自の解釈に酔わされてしまう。

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sv0045m.jpg最大のサプライズはチェロの主楽想の再現(250小節)。はて? ここは聴き慣れたメロディが少し違って聴こえてくるではないか。よく聴くと、253小節の8分音符の4つ目の音がH音まで降りて次の小節にタイで結ばれるのではなく、C音に変更して弾いている。これはちょっと奇妙だ。

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ノヴェロ社や全音のスコアはC音になっているので、その通りに弾いているのだが、冒頭の主題(26小節)はH音まで降りているので、ほとんどの演奏は再現もこれと同じ音で弾くのが一般的だ(チェコの出版譜とノヴェロ社のパート譜はH)。しかし、1音変えただけで作曲されたばかりの、まったく別の音楽のように聴かせてしまうところはアーノンクールの慧眼があろう。
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sv0045r.jpgティンパニの歯切れよい打点から繰り出す総奏(第15変奏)は快調なテンポで走り出す。ホルンのトリルを冴え冴えと響かせ、コーダ(353小節)からピウ・アニマート(373小節)にかけて段階的にアクセルを踏み込んでヒート・アップするところが即興的で、颯爽とした音のドラマが展開する。過剰なロマンやコージャスな管弦楽に背を向けて、斬新な切り口でスラヴのファンタジーを綴った出色の一枚だ。

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[ 2015/06/13 ] 音楽 ドヴォルザーク | TB(-) | CM(-)