クナッパーツブッシュのワーグナー/楽劇「神々の黄昏」から

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ワーグナー/楽劇「神々の黄昏」より
夜明けとジークフリートのラインの旅(序幕)
ジークフリートの葬送行進曲(第3幕)
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1958.3.31-4.6 Sofiensaal, Wien (DECCA)
Length: 12:33/7:34 (Stereo)
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ドイツの巨匠ハンス・クナッパーツブッシュは、1950年代の英デッカと60年代前半のウェストミンスターの数枚のLPが知られている程度であったが、会ったこともない巨匠のことを「きっとクナのことだから・・・」と親しげに語る宇野功芳氏(音楽評論家)の熱い論評をきっかけに巨匠のことを知り、LPを買い漁ったのが筆者の懐かしい思い出である。

「クナの場合は音楽も遊び、人生も遊び。たかが音楽、たかが人生と思っているな。練習を速く切り上げて、終わったらポーカーをしようとかね。野人なんですよ。びっくり仰天させることも大好き。ヘソ曲がりというか、〈お前ら高尚ぶってこんなの聴いているけどほんとうはたいしたことねえんだよ〉って腹の中で思っているんですよ。」 『宇野功芳の白熱のCD談義ウィーンフィルハーモニー』より、ブックマン社、2002年)


sv0046y.jpgクナッパーツブッシュはドイツ・オーストリア音楽がレパートリーの中心だったが、ワーグナーとブルックナーは別格で、その権威として知られる。とくにワーグナーを神のように崇拝し、スコアの一音符たりともおろそかにせず、遅いテンポと深い呼吸による演奏には定評がある。

目つきのわるい奇っ怪な風貌も印象的だが、根っからの練習嫌いで、そのぶっきら棒な言動の数々は他の追随を許さない。

「もう一度俺にマイスターなどと言ってみろ。てめえのケツを蹴っ飛ばすぞ!」
「この曲を君たちはよく知っているし、私も知っている。だからリハーサルは必要ない。」

筆者がはじめて購入したクナッパーツブッシュのLPは、デッカの輸入盤(ffrrの橙色レーベル)で、ブルックナー交響曲第5番の2枚組アルバムの第4面に〈ラインの旅〉と〈葬送行進曲〉が収められていた。このレコードは、ステレオ初期のデッカの優れたハイファイ録音によって当時のウィーンフィルの音が明瞭にとらえられていたが、とくにワーグナーの2曲の鮮明な音に飛び上がって驚いた。

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EMI盤のピントのあまい音に馴染んだ耳には、輪郭のくっきりとした肉感のあるデッカの音は刺激的で、ウィーンフィルのコクのある弦の響きもさることながら、喨々と鳴り響く金管のサウンドは悪魔的といってよく、「夜明け」で〈英雄動機〉が朗々と鳴り響く総奏の中から〈ヴァルキューレ動機〉を対位的に打ち放つトロンボーンの鋭い音に、わが耳を疑ったほどである。

「デッカ・ベスト100シリーズ」として再発売されたワーグナー名演集(UCCD7046)のCDは、オリジナル・マスターから起こしているためか、LPで聴いた音のイメージをそのまま再現してくれるのが嬉しい。 ワーグナー名演集

「巨人クナッパーツブッシュのワーグナーがこんなに鮮明な音で、しかもウィーン・フィルの魅力的な響きによって聴けるのはなんと幸せなことか。〈ラインの旅〉の深い呼吸、〈葬送行進曲〉の悲劇的な意味は他の指揮者が束になってかかっても敵わない。いつも不思議なのは後者のテンポで、聴いているとずいぶん遅く感じられるのに、実際はむしろ速いことだ。支え切れない内容を持ちながら枯れているからで、もはや神技というほかはない。」 『クラシック不滅の名盤800』より宇野功芳氏による、音楽之友社、1997年)



夜明けとジークフリートのラインの旅(序幕)
sv0046b.jpgトロンボーンの荘厳な和音と、しっとりと奏でるチェロによって、しだいに夜が明けてゆく深淵な情景が描き出されてゆく。ジークフリートの〈英雄動機〉の断片が根太いホルンによって吹き出され、これを支えるバス・クラリネットの生々しい低音の臨場感は抜群である。

弓が弦を擦る触感や、奏者の弓使いまでが目に見えるように聴こえる音場の見事さは言わずもがな、ウィーンフィルのしたたるような弦の音色に酔ってしまいそうになる。

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6本のヴィーナー・ホルンが〈英雄動機〉(上段)を根太く奏し、クラリネットとバス・クラリネットが〈ブリュンヒルデの動機〉(下段)を交わしながら、これが絶妙の呼吸で第1ヴァイオリンに受け渡されるところの神々しさといったら! ヴァイオリンとチェロが優美に愛の調べを交わしながら麗しく照り輝き、旋律を大きく引き回すようにぐいぐい上り詰めて高潮するところは、巨匠ならではのスケールの大きさを堪能させてくれる。

「〈夜明け〉冒頭のチェロは喋るような雰囲気があるし、ホルンの〈ジークフリートの英雄動機〉はテンポが遅くて威厳があり、そのテーマの3小節につけられたアクセントがすばらしく生きている。ブリュンヒルデとジークフリートが別れの挨拶をするところの寂しさは、ただ寂しいだけでなく、高貴な寂しさ。なにしろ、ブリュンヒルデは神様ですからね。」 『宇野功芳の白熱のCD談義ウィーンフィルハーモニー』より)


sv0046c.jpg圧巻は〈英雄動機〉(上段)の総奏となるフォルティシモ。胸をすくような6本のヴィーナー・ホルンが炸裂するところは大きな音のご馳走で、トロンボーンの打ち込みもすさまじい。バス・トランペット、7、8番ホルンとともに対位的に打ち放つ〈ワルキューレの動機〉(下段)の鮮明な音は当時のデッカ技術の粋を凝らした名録音といってよく、切れ味の鋭さ、音の芯の強さ、衝撃感など、マニアの間で熱く語られる場面ではないかしら。

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クナ盤では、ジークフリートとブリュンヒルデが登場する〈英雄動機〉の総奏(スコア29頁)を繰り返すかたちで60頁の総奏へ繋げ、〈ブリュンヒルデの動機〉を情熱的に絡めてゆく。ジークフリートはブリュンヒルデに指輪を与え、ブリュンヒルデはワルキューレ時代の愛馬グラーネをジークフリートに与えて永遠の愛を誓うのだ。ハープを絡めた〈ブリュンヒルデの動機〉を木管に散りばめながら、弦がたおやかに愛の情景を紡ぐところはロマンティックの極みで、クナの聴かせどころといえる。

sv0046d.jpg場面は、いよいよ英雄ジークフリートが愛する妻ブリュンヒルデと別れて、いざラインへと出発する。「ラインの騎行」の間奏曲(マーチ)は大股でのっしのっしと行軍するような勇ましい気分に溢れんばかり。トロンボーン、トランペットの〈ワルキューレ動機〉の合いの手が鮮明に浮かび上がるところも抉りを利かせた野人クナの本領発揮である。

弦楽の〈ブリュンヒルデの動機〉がうねるように波間をたゆたい、ホルンがねばっこくが絡む官能的ともいえる厚みのある響きは筆紙に尽くしがたい。 

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「いよいよ、ラインへの旅に出発するところでは、悠然たる歩みで大らかな迫力を生んでいる。ここでふつう、みんな夢中になって速くしちゃうんですよ。ところがクナは神の目で、客観的に人間の世界を見ているんですよ。ワーグナーの場合、客観的に見ないと音楽の良さ、スケールの大きさが出ないんだ。ワーグナーの音楽は、神の見た人間のドラマなんだな。」 『宇野功芳の白熱のCD談義ウィーンフィルハーモニー』より)



sv0046e.jpgブリュンヒルデは、武勇をおさめんとライン川に向けて旅立つジークフリートを岩山から見送っている。やがて遠くから〈角笛動機〉が聴こえてくる。バスクラの〈ブリュンヒルデの動機〉がこれに応えるが、〈角笛動機〉から総奏が導き出されると〈愛の絆の動機〉があらわれる。

厚味のある弦楽に5本のホルンが重ね合わされるが、ここでホルンが一呼吸遅れて音を出しているのがユニークで、のったりとズレた感覚がウィーンフィルらしい。

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「やがてジークフリートの姿が見えなくなって、角笛だけが遠くから聴こえてくる。すると、その方向を、ブリュンヒルデが岩の上から探す。そのあたりの音楽が、やはり呼吸が深い。テンポが遅いために、かえってそういう情景が浮かび上がってきます。オーケストラも人間が演奏している感じがしないですね。〈愛の決心の動機〉が始まると、出のホルンと弦がずれているのもかえっておもしろいし、音楽をせせこましくしないクナの大らかさが伝わってきます。」 『宇野功芳の白熱のCD談義ウィーンフィルハーモニー』より)


sv0046f.jpg1番ホルンの〈角笛動機〉が総奏から抜け出ると風情のある木管へと受け継がれるが、弦がスタッカートでサクサクと駆ける分散和音がみずみずしく、コントラバスの弓が弦を削る生々しい音や、グロッケンシュピールが小気味よく掛け合わされる鮮度の高い音場も聴きどころのひとつだろう。

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ラストシーンはコラール風の〈波の動機〉。大河を思わせる雄大な音楽は“クナ節”が全開で、身をゆだねたくなるような懐の深い音楽は、悠揚迫らぬ大家の風格に充ち満ちている。〈指輪の動機〉〈ラインの黄金の動機〉で締め括る結末は、やるせない孤独感がおのずと漂ってくるあたりも、クナならでは味わい深さがあろう。


ジークフリートの葬送行進曲(第3幕)
sv0046g.jpg不死身の英雄ジークフリートはハーゲンの奸計にひっかかり、槍に背中を突かれて息絶える。人々は英雄の死を悲しみ、ライン河から霧が立ち上る中をグンターの家臣たちが遺骸を担いで城へ帰って行く。4夜にわたる楽劇はいよいよ大詰めをむかえる。

不気味なティンパニの鼓動音、引きずるような低音弦、鉛色の木管とブラスが弔いの情景を厳粛に奏で、「ぐい」と弾ききる低音弦から〈死の動機〉の総奏が抉るように導き出される。 TOWER RECORDS

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sv0046h.jpgテューバが吹奏する〈神の摂理の旋律〉は悲しみを満面に湛え、身悶えするような痛切さを炙り出す巨匠の悠然とした筆運びと、気宇壮大な響きに圧倒されてしまう。木管が歌い継ぐ悲哀に満ちた〈ジークリンデの動機〉のメロディーは胸に切なく響き、ハープの合いの手が聴く者の涙を誘っている。

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やがて雄渾な〈剣の動機〉がトランペットによって高らかに吹き鳴らされる。「これでもか」と打ち込むシンバルのすさまじい衝撃音とヴィーナー・ブラスの野性的な響きは圧巻で、クナならではの巨大な迫力と重量感のあるデッカ・サウンドが聴き手を震撼させる。
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sv0046i.jpg最大のクライマックスは〈ジーフリートの動機〉がホルンとトランペットによって朗々と吹き出される場面で、「ここぞ」とばかりに炸裂するブラスの〈英雄動機〉がとどめを決める。ユニゾンの3連音符で下降する総奏の力感漲る棒さばきと、大地を揺るがすようなオーケストラ・サウンドは、ワーグナー音楽を聴く醍醐味をまざまざと伝えてくれる。

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回想的な〈ブリュンヒルデの動機〉〈死の動機〉が影のようにまとわりつくエンディングも、クナならではの慟哭の響きが聴き手の心を掴んで離さない。クナ・ファンはもとより、熱烈なワーグナー愛好家ならずとも手元に置いておきたい一枚だ。


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[ 2015/06/25 ] 音楽 ワーグナー | TB(-) | CM(-)