フェドセーエフの《マンフレッド》交響曲 原典版

sv0047a.jpg
チャイコフスキー/交響曲《マンフレッド》ロ短調 作品58
ウラディーミル・フェドセーエフ指揮
チャイコフスキー記念モスクワ放送交響楽団
Recording: 2006.12.24 Tchaikovsky's Conservatory
Sound Director: Vadim Ivanov (Warner)
Sound Engineer: Vitaly Ivanov
Length: 49:04 (Live Recording, Moscow)
amazon  HMVicon


《マンフレッド》交響曲は、バイロンの長編叙事詩に基づく4場の標題音楽で、ベルリオーズに断られたバラキレフがチャイコフスキーに作曲を持ちかけた超大作。〈マンフレッド主題〉の固定楽想〈悲劇のモチーフ〉の副次主題を中心に、パストラール、地下宮殿の饗宴、亡き恋人の亡霊を配したプログラムは、《幻想交響曲》のロシア版といえる。

sv0047c.jpg「マンフレッドのために寿命が1年縮んだ」という力作にもかかわらず、のちに作曲者が「不出来な終楽章を破棄して交響詩を作り直すつもりです」と知人の手紙の中で語っているように冗長で未整理の部分が多いとされるが、じっくり聴いてみると魅力的な名旋律が随所に散りばめられた、三大交響曲に劣らぬ名曲であることがわかる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

じつは、この曲には2つのバージョンがあり、われわれが通常耳にする演奏は“改訂版”で、終楽章コーダにハーモニウム(ペダル式オルガン)を加えたコラールが奏され(低音部には“怒りの日”が仕込まれている)、マンフレッドの苦悩にみちた生涯の終焉と魂の救済が描かれている。オイレンブルクの分厚いスコアもこれに準拠したものだ。
マンフレッド交響曲 作品58 (オイレンブルク・スコア)

sv0047f.jpgこれに対し、クリンのチャイコフスキー博物館で発見された草稿を基にした“原典版”は、終楽章を大幅にカットし、マンフレッドの死と救済のフィナーレに替えて第1楽章の終結部(アンダンテ・コン・ドゥオロ)を繰返して悲劇で完結する。
この短縮バージョンは、スヴェトラーノフやフェドセーエフなどで聴くことが出来るが、フェドセーエフは原典版の当盤のほかに改訂版(救済のコーダ)にカットを施したレリーフ盤と、大阪フィルの定期公演に客演した原典版での演奏記録を以下にくわえた。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon [DVD]

No.ConductorDateSource1-mov.2-mov.3-mov.4-mov.Total
Svetranov1985Dreamlife16:498:5611:59.11:2849:12
Fedoseyev1999Relief13:3710:2110:40.13:4948:27
Fedoseyev2006.12.24Warner14:5611:3611:27.11:0449:04
Fedoseyev2013.5.24Concert15:3511:1711:53.9:4048:25

「これは、クリンのチャイコフスキー博物館にある草稿による版で、第4楽章中間部が大幅にカットされ、さらに終結部は第1楽章の終結部へD.S.のように戻って、全く同じ音楽で終わっている。通常“原典版”などと呼ばれているが、単なる異稿なのか改訂版なのか、或いは決定稿なのか、現時点で筆者は確認できていない。ただ、チャイコフスキー自身の手紙などから想像するに、長すぎるこの曲を短くカットしたかった意志はあったので、清書譜に演奏指示を後から本人が書き込んだ楽譜である可能性が高い。」 一柳富美子氏によるライナーノートより、ドリームライフ)


民族音楽団出身の指揮者フェドセーエフにしてみれば、この作品の中間楽章に頻出する民謡主題や幻想的なモチーフは舌なめずりしたくなるような格好の素材であり、ここでは悲劇の主人公マンフレッドの物語を豪華絢爛な一大絵巻物として民族色ゆたかに、ドラマチックに描き出している。

第1楽章「アルプスの山中を彷徨うマンフレッド」
 レント・ルグーブレ

sv0047g.jpg肉感のあるバス・クラリネット&ファゴットの陰鬱な〈マンフレッド主題〉(固定楽想)と、ザクザクと削る弦のリズム打ちから悲劇の重みが「ずしり」と伝わってくる。

〈悲劇のモチーフ〉(14、51小節)のコクのある歌わせぶりや、大太鼓の一撃とティンパニの強打が腹にしっかりと響いている。特筆すべきは低音弦の分厚い響きで、ヴィオラとファゴットが3連音で韋駄天のように突っ走る展開はゾクゾクするような興奮を誘っている。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon
sv0047s.jpg
sv0047t.jpg

頂点のピウ・モッソ(80小節)は管弦の嵐が吹き荒れる。「これでもか」と叩き込む苛烈な打楽器群、疾風怒濤の勢いで上昇する弦、猛獣の大咆吼のごとく〈マンフレッド主題〉を発射するブラス群の全強奏が大きな聴きどころで、全管による3連音ユニゾンの強烈な“とどめ打ち”と、“マンフレッド・ファンファーレ”(ショスタコーヴィチが交響曲第8番で引用)が炸裂する手に汗握る展開は、野性味溢れる“ロシアン・サウンド”が全開である!

sv0047h.jpg第1主題部(111小節)は苦悩にみちた主人公の焦燥が、ゆったりと大河の波のように揺れながら、太いタッチで描き出されてゆく。独奏ホルンの孤独なモチーフ(119小節)や、ヴィオラの対旋律を伴った木管が、主題の断片を秘めやかに歌い継ぐ情景描写の巧みさもフェドセーフの面目躍如たるところだ。

amazon  TOWER RECORDS


第2主題部アンダンテ(171小節)は、亡き恋人アスタルテが回想されるロマンティックな音楽だ。弱音器を付けた弦によって、大仰なテンポ・ルバートで歌い出される〈アスタルテ主題〉は、いかにもチャイコフスキーらしいムード音楽調の甘美な旋律で、メロドラマのような老巨匠の歌わせぶりに心ゆくまで酔わせてくれる。
sv0047u.jpg

sv0047i.jpg第2句のラルゴ主題も音楽がすこぶる濃厚だ。ヴィオラとチェロのさざ波にのったバス・クラリネットの独奏が在りし日の恋人を追想するように、甘酸っぱい感傷を交えながら根太い音でたゆたうところはコクがあり(203小節)、〈愛の告白の主題〉で高揚する甘美で濃密な音楽に身も心もとろけてしまいそうになる。

amazon  TOWER RECORDS

ハープのアルペジオを「ボロリン」と絡め、大きなフェルマータで絶頂を極めるクライマックス(267小節)が最高の聴きどころで、「ここぞ」とばかりに美麗の限りを尽くして歌い込む老練指揮者の手練手管に大拍手! 主人公が呵責に苦しみながら、ヴィオラの仄暗い響きで絶望の淵へと墜ちてゆく劇的効果も抜群である。

コーダ(289小節)は、〈マンフレッド主題〉の名旋律が苦痛に喘ぐように再現する。この曲の“ツボ”であるトロンボーンの合いの手をロシア風にヴィブラートを効かせ、喨々と吹奏するところが耳に刺激的で、マルカーティシモで吹きぬくアルペン・ホルンの強奏や、苛烈に叩き込むシンバルと大太鼓の大音響もすさまじく、大雪崩のような終止で決めている。


第2楽章「アルプスの山の霊」スケルツォ ヴィヴァーチェ・コン・スピリト
sv0047m.jpgメンデルスゾーン『真夏の夜の夢』を思わせる〈妖精のモチーフ〉は、木管のスタッカートとハープを絡めた目まぐるしいかけ合いが聴きどころだ。

滝の飛沫が生み出す虹の中から妖精が現れる情景をフェドセーエフは遅いテンポで実直かつ克明に描写するが、これが次第に民芸品的な味わいが出てくるあたりが、民族音楽団出身の指揮者らしい。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

トリオ(中間部)は、南国を思わせる“甘美なメロディ”をゆったりと、変幻自在に歌い回すフェドセーエフの独壇場。まったりと揺れるクラリネット、フルート、ファゴットが変奏風に歌い継ぐカンタービレの味わい深さは格別で、亡き恋人アスタルテ(ハープ)が山の神ネメシスの神通力によって姿を現す幻想的な場面が、美麗の限りを尽くしてロマンティックに歌い出されてゆく。
sv0047v.jpg

sv0047n.jpgホルンの朗らかなリズム打ちにのってギャロップ調で駆けめぐる第4変奏や、打楽器を加えた総奏の第5変奏でトリオ主題を高らかに歌い上げる頂点は、主人公が青春を謳歌するような歓びに溢れんばかり。

アスタルテの幻影が消え去ると突如、ティンパニの痛烈な連打で暗転させ、悲劇の〈マンフレッド主題〉(334小節)が再現する場面は、現実を突きつけられ、絶望の淵へと引き戻される主人公の慟哭が生々しく伝わってくる。

amazon  TOWER RECORDS


第3楽章「パストラーレ 素朴で自由、平安な山人の生活」
 アンダンテ・コン・モート

sv0047j.jpg付点8分音符のヨーデルを紡ぐオーボエの素朴な〈パストラーレ主題〉は、ヨーロッパ風の牧歌というよりは、ロシアの幻想的な情景が浮かび上がってくる。

オクターヴ上げた総奏で情熱的に盛り上がる頂点(215小節)や、コクのあるカンタービレで大きく高揚するクライマックス(225小節)は、フェドセーエフの劇的でスケール感溢れる歌い込みが大きな聴きどころ。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

〈悲劇のモチーフ〉を変奏した重厚な総奏(75小節)も聴き逃せない。がっつりと喰らいつくような弦のアインザッツと、暴れ馬にのって広大な大地を突っ走るようなダイナミックなサウンドが炸裂する。〈マンフレッド主題〉が厳めしく立ち上がるトランペットの強奏(152小節)は、悲劇性をえぐり出すアプローチが圧巻で、ずぶずぶと大音量を注ぎ込む低音弦もすさまじい。死刑宣告を告げる鐘の音とホルンの不気味なモノローグが、来るマンフレッドの悲劇を暗示している。


第4楽章「アルプスの山神アリマネスの地下宮殿」
 アレグロ・コン・フォーコ

sv0047k.jpg山霊たちが狂踏乱舞する〈山霊主題〉は、大砲のような豪打をぶちかます打楽器群に仰天するが、オーケストラが本気モードで音を出す〈山霊主題〉の展開(49小節)からが聴きどころだ。
amazon  TOWER RECORDS

トロンボーンとトランペットによる主題の打ち合いを皮切りに、喨々としたホルンの呼応やタンバリンとシンバルの派手な打ち込みからして、いかにも民族音楽のスペシャリストらしく、フェドセーフがその本領をいかんなく発揮する。

いよいよ宴もたけなわ、酒神が酔った勢いで乱舞を繰り広げる〈バッカス主題〉(80小節)も聴きどころだ。ラプソディックによろめく歌と、「ひょッ!」と3拍目の裏打ちを重ねる木管の合いの手が気分を大きく高めている。酒神が一升瓶を片手に千鳥足でふらつくような第2句(88小節)や、スターウォーズ『エピソードⅠ』の音楽を思わせる急迫的なバッカス変奏(104小節)など老練のロシア人指揮者がやりたい放題、楽想の変転を巧みにさばいてゆく。
sv0047w.jpg

sv0047l.jpg圧巻はバッカスの大総奏で、山霊たちが羽目を外した乱痴気騒ぎの頂点(123小節)の打楽器群の叩き込みがすさまじく、「これがやりたかった」とばかりに大太鼓を特大のバチで「ドカン」と叩き込む衝撃感に快哉を叫びたくなってしまう。銅鑼の一撃とともにバス・トロンボーン&テューバが「ここぞ」とばかりに〈バッカス主題〉を奏する場面(134小節)もヴィルトゥオーゾ楽団ならではのブラスの醍醐味を堪能させてくれる。

amazon  TOWER RECORDS  HMVicon

乱舞が静まると和音的な第2部レント(161小節)となる。〈悲劇のモチーフ〉がぶ厚いサウンドで再現して悲劇を予示するが、木管がつぶやくように残って小休止。ここで本来ならば、テンポ・プリモ(206小節)から山霊たちのフーガによって宴が再開するのだが、当盤ではマンフレッドが登場する第4部の冒頭までを削除して、アスタルテの霊を呼び出す303小節から演奏する。ここで4種の演奏のカット位置を確認しておこう。

sv0047y.jpg

解説には「原典版」とことわっている①のスヴェトラーノフ盤(ドリームライフ)は、レント(Ⅱ)全てとテンポ・プリモのフーガ(Ⅲ)の一部を削除して、山霊たちの饗宴の前半と後半を頂点(258小節)で接続する方法で短縮しているが、これは美味しいとこ取りしたアイデア倒れにほかならず、音楽的にも違和感が付き纏う。

②のフェドセーエフ旧盤(レリーフ)は、改訂版のコーダを採用するも、山霊たちのフーガから始まる宴の後半(Ⅲ)とマンフレッドの登場(Ⅳ)をカットして、アスタルテの亡霊が現れる303小節から最後までを演奏している。これも物語としては中途半端で、一歩譲ってもカットは(Ⅲ)のみとするのが妥当だろう。

sv0047d.jpg   sv0047b.jpg
amazon [DVD]           amazon  HMVicon

奇妙なのが③当盤(ワーナー)で、206小節からカットするのは旧盤と同様だが、何故かアスタルテを呼び出す場面を320小節でやめてしまい、アスタルテが姿を見せないばかりかマンフレッドが許しを請う場面まで省いてしまい、いきなり死の宣告によって第1楽章コーダへ直行する。これではアスタルテの呪いによる地獄落ちにならないか。
sv0047z.jpg

sv0047p.jpg大フィル公演④は、それも面倒とばかりに(Ⅲ)(Ⅳ)をまるごとカット。宴をそそくさと切り上げて、マンフレッドもアスタルテも登場することなく第1楽章コーダへ接続する改変で、宴会に悲劇の結末を付け足しただけのもの。

つまり、“原典版”と銘打っても第1楽章コーダに至るまでのカットが各人各様で、その実体が不明なのだ。ロシアでは第1楽章コーダさえ繰り返せば、あとは個人の趣味で好き勝手にカットした改変を“原典版”とよんでいるのでは、と勘ぐりたくなる。

コーダは悲劇性がさらに強調されて、劇的な音楽がとめどもない勢いで進行する。同じ音楽の反復だがアプローチが第1楽章とは異なり、引きずるような重いリズム、身をよじるように嘆く弦、嗚咽に顔を歪め、のたうち回るような慟哭の音楽がつよい緊迫感で貫かれている。音価は最大限に引き伸ばされ、ことにピウ・アニマートからの遅いテンポに仰天するが、金管奏者が粘りに粘って極限まで音を絞り出しているのがすごい。

sv0047x.jpg

sv0047e.jpg3連リズムに変形した〈マンフレッド主題〉を全管が絶叫するアンダンテ・ノン・タントの頂点もすさまじい。まるでマンフレッドが灼熱地獄に墜ちていくような阿鼻叫喚の修羅場と化した演出に鳥肌が立ってくる。音を割って吹きぬくホルンや、轟音をとどろかせる打楽器群のド迫力が版の問題など吹き飛ばしてしまう。  amazon

苦痛に喘ぐマンフレッドの断末魔のごとく、地獄墜ちのとどめの一撃の大音響でズシリと締めている。独自の改変とユニークな解釈によって聴き手を酔わせてくれる一枚だ。


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします
このエントリーをはてなブックマークに追加

[ 2015/07/09 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)