ミュンシュ=ボストン響白熱の《ボレロ》

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ラヴェル/ボレロ
シャルル・ミュンシュ指揮
ボストン交響楽団
Recording:1956.1.23 Symphony Hall, Boston (RCA)
Producer: Richard Mohr
Recording Engineer: Lewis Layton
Length: 13:49 (2track Stereo)
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クーセヴィツキーの後を継いでボストン響の首席指揮者となったシャルル・ミュンシュは、アルザス出身のドイツ系フランス人指揮者で、勇退する1962年まで14年間にわたって同楽団のシェフとして君臨し、RCAに数多くの名録音を残した。これらの中でも極めつけがラヴェルやドビュッシーをはじめとした“フランスもの”であることは言うまでもない。

sv0049b.jpgSACDで甦ったこのディスクは、「リビング・ステレオ」(生き生きとした生演奏のようなステレオ)というコンセプトを売り物にしたステレオ初期のRCAの高音質録音のシリーズの一枚で、オリジナルの持つ輝かしい音質はおよそLPの比ではない。

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途轍もないダイナミック・レンジ、シルクのようにふっくらと響くキメ細やかな弦楽器、みずみずしく冴えた響きの木管、目の覚めるようなシャープなブラスなど、クオリティの高いボストン・サウンドが目の前に鮮やかに展開する。何よりもすばらしいのは《ボレロ》のソロ・パートを受け持つボストン響の奏者の音色の美しさだ! 名人たちの繰り出す管楽器の煌びやかな音が大きな魅力で、オーボエ・ダモーレやピッコロの生々しい音場は驚異的といえる。

演奏はいかにも全盛期のミュンシュらしく、喧嘩腰でオーケストラを煽って爆発する総奏のダイナミズムは冠絶しており、ともすれば一本調子になりがちな単調なリズムが熱気を帯びて盛り上がり、格闘技のごとくエキサイトするのが聴きどころ。楽員もミュンシュの乱暴ともいえる棒に必死に喰らい付いていくさまが、実演のように生々しく刻まれている。

「ミュンシュのラヴェル演奏は太い音楽的支柱を軸として、洗練された感性がうまく融合したものと言えるだろう。《ボレロ》は各楽器の音色やフレーズの抑揚をテンポよく鮮やかに描き出している。《ラ・ヴァルス》ではしっかりとした3拍子の底流の上に、少々速めだが旋律の表情を濃厚、かつしなやかにコントロールしている。」 草野次郎氏による月評より、BVCC38462、『レコード芸術』通巻677号、音楽之友社、2007年)


「ミュンシュのフランス物は定評があるとはいうものの、いわゆるデリケートなフランス流儀ではなく、まことに独自なものなのである。特にボストン交響楽団を振ったレコードは、オーケストラの厚味も手伝ってミュンシュ色濃厚であり、好き嫌いを生じやすい。レコードを求める人は、ここのところを充分に認識する必要があると思う。いずれも一体に速いテンポで、直線的にぐいぐい運んでいく。集中力が強く、色彩感も旋律線もあくまで鮮明、ダイナミックはむしろ男性的、さながら“フランスのトスカニーニ”といえよう。」 宇野功芳氏による月評より、RGC7601~20、『レコード芸術』通巻311号、音楽之友社、1976年)



第1曲~4曲(5~76小節)
《ボレロ》はラヴェルの最後を飾る管弦楽作品で、主題Aとそれに応答する副主題BAABBの順に4曲を1セットとしてこれを4回反復し、最後はA、Bが1回ずつ合計18曲が演奏される。それぞれの主題は第1楽句と第2楽句が8小節ずつの計16小節から成、各主題の間には2小節のリズム伴奏がはさまれる、という構成だ。

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小太鼓のリズム打ちは速めのテンポで溌剌としている。13分49秒というミュンシュの演奏タイムは、マゼールの13分06秒を例外としても、パレーの13分24秒に次ぐ快速ぶりで、ふっくらとした柔らかなフルート(A1)の音色はもとより、太い音でたっぷり鳴らすクラリネットの主題(A2)は、楽器の“鳴りっぷりの良さ”に度肝を抜されてしまう。

鼻に掛かったような独特の味わいのあるファゴットのB主題(B1)は、ねばっこいテヌートを効かせた味付けがすこぶる濃厚。「ひょい」と戯けたように奏する小クラリネット(B2)の道化的な表情も個性的だ。

sv0049c.jpgここで、3種の演奏テンポを比べてみると、録音年代によって基本テンポの違いこそあれ、全体の音楽運びは共通している。#3までほぼイン・テンポで演奏し、#4のサックスのB主題ではルバートを多用するのが基本。

中間地点の#5(A5/6)がほぼ平均タイムになっているところも3種に共通している部分で、#9の総奏で満を持して加速をかけて爆発、一気呵成に畳み掛ける、というのがミュンシュの基本コンセプトといえる。

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NoRecordingOrchestraLevelTimeAverage(A)Average(B)Average(Total)
1956Boston soRCA13:490:43:330:44:000:43:47
1962Boston soRCA14:590:47:530:47:200:47:37
1968Paris oEMI17:040:54:070:54:200:54:13

sv0049d.jpg ただし、62年盤については、シンコペーションや3連符を含んだB主題をむしろ速いテンポで演奏しているために、やや窮屈な印象を与えている。

またA4以降は48秒前後で一直線に推移しているためか、メリハリが少なく単調に聴こえてしまう。最後は早くもB8のところでオーケストラをけしかけ、アクセルを踏み込む即興的な激烈ぶりが面白く、こちらの方が熱っぽく(粗っぽく)感じる向きもあるだろう。

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第5曲~8曲(77~148小節)
sv0049e.jpgこの演奏の最大の聴きどころは、2回目のA主題を奏でるオーボエ・ダモーレ(A3)だ。まるでバグパイプのように「ぶりぶり」と聴こえてくる肉感のある音色は大きな耳のご馳走で、能天気に朗々と鳴り響く豊かな音場に仰天してしまう。明るく歌謡調に打ち放つトランペット(A4)が聴こえてくると感興が大きく高まってくる。

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B主題は、テナー・サックス(B3)が大きくルバートをかけて歌い出す。テヌートをてんこ盛りにして、哀愁たっぷりとたゆたう歌い口に酔ってしまいそうになる。野太いタッチで健康的に鳴り響かせるところは、まぎれもなくミュンシュのスタイルにほかならない。ソプラニーノ・サックス(B4)の高音の澄んだ音にも魅せられるが、低音域で歌い継ぐソプラノ・サックスの腹に響く鳴りっぷりがたまらない。


第9曲~12曲(149~220小節)
ト長調(下)とホ長調(上)の2本のピッコロの和声が加わる3回目のA主題(A5)は、これがホルン、チェレスタと溶け合うメタリッックな響きが印象的だ。ミュンシュは157小節からホ長調を明瞭に打ち出して最上部のピッコロを分離したように聴かせているが、決してあざとさを感じさせず、いとも自然にやってのけている。
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A6のメロディーはボストン響の明るい音でカラっと爽やかに歌うこの楽団の管楽器のアンサンブルがその持ち味を存分に発揮する。トランペットが「ぺっ!」と吐き捨てるように切れのあるリズムを打ち込むのが個性的で、これがいかにもラテン的。小太鼓のリズム打ちは次第に歯切れ良さが増してくる。

sv0049f.jpgB主題を歌うトロンボーン(B5)はかなり苦しい。ここは、機能的に演奏の困難さを感じさせるところだが、ミュンシュはB3B4のサックス(46秒)とは打って変わって綱を引き締めて早いテンポ(43秒)で料理する。「バンバン」と元気よく叩く小太鼓に振り落とされまいと、必死になってついてゆく気の毒なトロンボーン奏者。

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「奏者に情けは無用!」とばかりにミュンシュはわき目もふらず、一直線に突き進む。フォルテの木管の合奏(B6)はシャッキリと爽やかさが際立ってくると、「ピシッ!」とオーケストラに鞭を入れ、パンチを効かせて精力的に盛り上げてゆく。


第13曲~16曲(221~292小節)
sv0049g.jpg「待ってました」とばかりに弦のオクターヴのA主題が加わるA7がこの曲最高の聴きどころだ。「サラサラ」と流麗闊達に歌うボストン響のストリングスは開放的で、その瀟洒な味わいを堪能させてくれる。

何よりも軽やかなフレージングが特筆もので、決して重たい音にならないところは弦楽器出身のフランス人指揮者によって培われたこの楽団の伝統なのだろう。A8の合奏もサラっと味付け、ミュンシュはまだまだ攻撃の手をくわえない。

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力強く応答するB主題はトランペットの華麗なメロディー(B7)が加わるが、決して突出させず、柔らかく溶け合うように響かせるあたりが心憎くく、ヴィオラ、チェロが加わった流れるような美しい弦楽アンサンブル(B8)の妙味にも耳をそばだてたい。

ミュンシュが「ここぞ」とばかりに仕掛けるのは、B8直後の291小節のリズム伴奏から。何を思ったのか、突如、活火山が大噴火するがごとく、灼熱の迫力が噴出する場面に腰を抜かしてしまう。弦楽器のピッチッカートなど、バチバチと指板がすさまじい音を立てているのも驚きだ! 


第17~18曲(293~340小節)
sv0049j.jpgA9の大総奏は、指揮者がオーケストラをやおら駆り立ててダイナミックに爆発する。音楽はパッションだ! 驚くべきは半ばヤケクソになって打ち込むトランペット編隊の強奏で、突撃隊のラッパのような打ち込みに仰天するが、さらに300小節のクレッシェンドでは、ほとんど常軌を逸したかのように力の限り吹きぬいている。

全楽器が躍動するダイナミズムはもはや極限まで拡大し、「ニヤリ」と悪魔の笑みを浮かべるミュンシュの顔が思わず目に浮かんでくる。演奏タイムはA9が最速で41秒をたたき出している。B主題のトランペットの打ち込み(B9)も苛烈を極め、強烈なリズムを執拗に叩き込んで、指揮官は攻撃の手をいささかも緩めない。

コーダはトランペットが高らかに放歌高吟し、パンチの効いた打楽器群が炸裂。今や、ラテン的な開放感を通り越し、音楽は灼熱地獄の釜ゆでのように沸々と煮え上がる。格闘技のごとく暴れて畳み込むフィニッシュの力ワザには、ただもう驚くほかはない。ミュンシュ全盛期の力業を堪能できる一枚だ。


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[ 2015/08/02 ] 音楽 ラヴェル | TB(-) | CM(-)