芥川也寸志/映画音楽組曲「八つ墓村」より

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芥川也寸志/映画音楽組曲「八つ墓村」(甲田潤編)
本名徹次 指揮
オーケストラ・ニッポニカ
Recording: 2009.11.15 Kioi Hall,Tokyo
Recording Producer: Tomayoshi Ezaki
Balance Engineer: Yoshihiko Mazda
Length : 19:12 (Digital Live)   OVCL-00415
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「たたりじゃ、八つ墓明神のたたりじゃ!」 1977年秋、日本列島を震撼させた松竹映画《八つ墓村》は、筆者には思い出の深い作品である。「八つ墓村」は、巧妙なトリックの面白さと耽美的なロマンの世界が融和した横溝正史の代表作のひとつで、70年代の横溝ブームにのって野村芳太郎(監督)と橋本忍(脚本)が映画化、7億円の制作費と2年3ヶ月の歳月をかけた大作だ。

sv0050b.jpg映画では原作をアレンジし、財産横領をもくろみ、八つ墓明神の祟りを利用した殺人事件と設定する一方で、 その奥底にひそむ当事者すらまったく知らない400年前の落武者の怨念に纏わる“本当の祟り”があるとする。封切り当時は「これを見た子どもが怖がり、夜寝られなくて困っている」と抗議が寄せられたほどで、「ちょっと怖がらせ過ぎちゃったかなあ」と野村芳太郎監督は語っている。

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音楽は芥川也寸志(1925~89)が作曲し、同年に公開された《八甲田山》とともに第1回日本アカデミー音楽賞(1978年)を受賞。野村芳太郎監督とコンビを組み、《砂の器》など野村映画をサウンド面で支えてきた芥川作品は、小ぶしをきかせた抒情的な旋律を特徴とし、“芥川節”として知られている。

sv0050e.jpg次々と殺人が起こる洞窟の中を主人公が尼子一族の血をひく美女と手を携え、自分の生まれた秘密の場所(竜のアギト)を探し求める“道行”が最大のクライマックス。

ここに流れる〈青い鬼火の淵〉(道行のテーマ)は、ラヴェル《ラ・ヴァルス》の日本版ともいえる名旋律だ。男女の感情の高まりをあらわすように、次第にテンポが早まって高揚する“死出のワルツ”、そこには、怪奇と妖気、さらに官能的ともいえる男女の情念が織り込まれ、幻想的でロマンティックな情景が余すところなく描かれている。

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「〈八つ墓村〉は、私の数多くの映画音楽の中で、抒情的なもの、心理的なもの、官能的なものなもの、象徴的なものなど、手法上のあらゆる要素がふくまれていて、私の映画音楽の集大成です。」 芥川也寸志氏)


「〈八つ墓村〉の音楽は、初めはサスペンスの音楽を考えていたんです。しかし、撮影をすすめて、ラッシュをみていくうちに、芥川さんと相談しましてね、そういったものではなく、〈五弁の椿〉のときの音楽のように、ふしぎな雰囲気をもったテーマ曲を画面にぶつけていこうではないか、というようになったんです。」 野村芳太郎監督~秋山邦彦氏による『〈八つ墓村〉の映画音楽へのひとつのドキュメント』より)


sv0050p.jpg《八つ墓村》は映画音楽として埋もれてしまうには惜しい作品で、これを組曲という形の管弦楽作品として編曲出来ないか、と考えていた筆者の永年の夢が叶ったようなCDが登場した。それは、オーケストラ・ニッポニカによる「芥川也寸志・管弦楽作品連続演奏会」(2009年11月15日、紀尾井ホール)のライヴCDで、演奏には甲田潤氏によってサウンド・トラックから新たに採譜された。

これは、映画で使用したオリジナル譜が消失したためだが、シングル・バージョンを収録した新日フィルのライブラリにも保管されていなかったのかしら。

ここでは6曲(1.呪われた血の終焉、2.メイン・タイトル、3.惨劇!32人殺し、4.青い鬼火の淵、5.竜の顎(アギト)、6.落武者のテーマ)が演奏されているが、エンディングの〈呪われた血の終焉〉が冒頭に置かれ、映画では使用されなかった〈落武者のテーマ〉が最後に置かれるという選曲と配列に問題を感じ、映画の進行に従って聴いてみたい。 (サウンドトラック盤UPCY-6422/3では、《道行のテーマ》が《道化のテーマ》になっているので、これには失笑するしかない。)

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 メイン・タイトル[サウンド・トラック盤1]
尼子一族の落武者が中国地方の山深い谷間を、最後の力をふりしぼってのぼっている。あるものは力つきて、谷底へと落ちてゆく。永禄9年7月6日(1566年)、雲州富田城主尼子義久が、毛利元就に降って月山城を明け渡したとき、義孝は近習を従えて落ちのびた。山を越え、千辛万苦の末、たどり着いた場所は鳥取と岡山の境の四方を山に囲まれた小さな村。地元ではここを「八つ墓村」とよぶ。

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芥川節による日本情緒ゆたかなメロディーが、峠から見渡す中国地方の山間に気持ちよく鳴り響く。ホルンが大きくこだまするところは、《アルプス交響曲》を彷彿とさせ、木管の甘美な旋律にハープの合いの手を絡める手法も絶妙。これを受けて弦が「これでもか」と旋律を美麗に歌いまわす手口はいかにも芥川流だ。

sv0050c.jpg411年後の現代、8人の落武者が立った同じ場所(明地峠)に、寺田辰弥(萩原健一)と森美也子(小川真由美)が立っている。多治見家の跡取りにするために、新聞の尋ね人で辰弥を探し出し、分家である森家の美也子が辰弥を連れて帰ってきた。美也子はこの村の出身者ではなく、この村に嫁いできてその後未亡人となった女性。

「はじめてここに立った時ね、わたし、一生この村に住み着くことになるんじゃないかと、その時ふと思ったのよ。」と美也子の運命(さだめ)が暗示される。      amazon HMVicon

ここで、峠にたたずむ小川真由美の白い巻きスカートがひらひらと風に揺らぐシーンが大きな見どころで、これをとらえる川又昂の絶妙のアングルが心憎く、映画を見たとき、その美しい足下に目が釘付けになったのを思い出すのは、筆者だけではないだろう。


落ち武者のテーマ[サウンド・トラック盤24]
村に住み着いた8人の落武者は、はじめは村人に怖がられていたが、農民に姿をやつして畑を耕し、炭焼きなどをはじめて村の生活にとけ込んでいった。ところが毛利の詮議の手がこの山奥までのびてきたことから、村人は多大な褒賞に目が眩らみ、落武者を村祭りに招待すると偽って毒を盛り、山刀、竹槍をふるって無防備な落武者全員を惨殺してしまう。

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サウンドトラック盤ではシングル・バージョンとして収録されたナンバーで、どの映画シーンを想定して書かれたものかは詳らかではないが、古武士的な厳つい曲想がユニークだ。同じ旋律をオスティナート的に繰り返しながら次第に声部を増やし、この盤では最後に強烈な金管のグリッサンドをぶちかまして決めるあたりは《ボレロ》を思わせる。

血みどろになった落武者の大将は、「おのれ、卑怯な・・・七生までこの村に祟って祟って祟ってやるゾ~!」と叫び続けて息絶えた。その後、村の長であった多治見正左衛門は発狂して村人7人を斬り殺し、あげくは自分で自分の首をはねてしまう恐ろしい出来事がおこった。祟りを恐れた村人たちは野ざらしになっていた落武者の遺体を手厚く葬り、村の守り神とした。これが「八つ墓明神」の言い伝えである。


惨劇・32人殺し[サウンド・トラック盤9]
28年前のある夜、久弥、春代の父親で多治見家の当主・要蔵(山崎努、二役)が突然発狂して村人32人を惨殺するという戦慄する事件が起こった。原因は愛人である辰弥の母・鶴子が辰弥を連れて突然姿を消したことに因る。

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多治見家では正左衛門以来、代々狂疾の遺伝があった。要蔵は詰め襟服に兵児帯を締め、脚絆を巻いた奇妙ないでたちで、白い鉢巻きには懐中電灯2本を角のように結びつけ、死神か鬼のような形相。妻を斬り殺した後は民家に飛び込んでは住民を切り殺し、猟銃で狙撃して殺戮、村中を恐怖のどん底に陥れた。

sv0050d.jpg弾むような弦楽の刻みのオスティナート・リズムにのって、行進曲調のダイナミックな音楽が日本刀と猟銃を持って疾走する要蔵の奇行を描写する。ホルンをはじめとするブラスが浮遊する不気味な旋律から、村人の戦慄の悲鳴が聴こえてくるかのようだ。シロホンと鍵盤が立ち上がるとリズムがシャッキリと引き締まり、凄絶な殺戮シーンを歯切れ良く演出。メイン・テーマの断片がホルンによって回想されて夜明けを告げる。

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山へ逃げ込んだ要蔵は消息不明と言い伝えられていたが、鍾乳洞の中に逃げ込み、死蝋化して鎧を着たミニラになり果てていた。双子の大叔母たちはこれを隠し、おそろいの道行きを着て、夜中に地下室の抜け道を通って密かにお参りをしていたのだ。


青い鬼火の淵(道行のテーマ)[サウンド・トラック盤16、23]
sv0050o.jpgこの映画のクライマックスともいうべき場面で、甘美なワルツ風の音楽にのって、辰弥は人知れぬ鍾乳洞のなかを、母親から聞かされた自分の生まれた場所である「竜のアギト」を美也子と一緒に探して歩く幻想的なシーンが展開する。

すでに祖父丑松、兄久弥、工藤校長、濃茶の尼、大叔母の小梅、親族の久野医師と、6人の犠牲者が出ている。要蔵のミイラ、小梅の死骸が浮かぶ鬼火の淵、久野医師が刺殺された場所をやり過ごし、2人は鍾乳洞の奥深くへと過去を遡る旅をする。

黒い皮の上着とパンツを身に纏い、首にスカーフを巻いた小川真由美の洒落たコスチュームに目を見張るが、「これは死の道行きね、私たち」という美也子の言葉に「ぐっ」ときたのは、筆者だけではないはずだ。

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オーケストラの奏でるワルツの調べは美しい。この世にこんな美しく哀しい音楽があったのかと思うほどで、オーボエの切ない序奏の調べに、たっぷりと弓を入れた低音弦とハープの装飾音を絡めた神秘的な情景の美しさにため息が出てしまう。主部のワルツはチェロが滔々と流れ、これをヴァイオリンが引き継いで、しっとりと艶をのせて歌い込んでゆく。

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中間部のオーボエ独奏によるモノローグ的な第2句の間奏もたまらない。時空を超えたロマンと、わが身の運命(さだめ)を悲哀をこめて切々と紡ぎ出す。とろけるようなハープの合いの手が絡むところは聴き手の涙を誘っている。これに応える弦楽の重厚な響きが重ね合わされるところの妖しくも悲劇的な雰囲気といったら! 

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クライマックスの主題再現は、チェレスタを加えた艶美なワルツを高弦が歌い、ロマンティックに揺れながら次第にテンポを早めて高揚するところはラヴェルの《ラ・ヴァルス》を彷彿とさせるではないか。ワルツの頂点の総奏で、ついに2人は洞窟の果てに美しい乳白色に彩られた幻想的な鍾乳洞の一角を発見する。「ここであなたは生まれたのね。」

「《八墓村》で描かれる男女の恋は、恐ろしく宿命的であり、神秘に満ちている。青く美しい鬼火の淵。何億年の歳月が作り上げた地底の鍾乳洞。壁には夜行苔が息づき、天井からは数百の蝙蝠の眼が光る闇の世界。その中で展開する愛と死の恐ろしくも美しい葛藤。400年前の落武者惨殺の恨みと血が呪いとなって受け継がれた男と女の予期せぬ愛の燃焼。此こそ、《八墓村》の愛のロマンの世界なのだ。」 野村芳太郎監督による「テーマ曲によせて」、ビクター音楽産業、1977年)



竜の顎(アギト)[サウンド・トラック盤17]
鶴子のテーマといえる甘酸っぱくも切ない「愛の場面」の音楽。ここでは母・鶴子が亀井洋一と密会する回想シーンと、辰弥と美也子の感情の高まりが重ね合わされる。温もりのある弦楽の調べによって、鶴子と美也子の官能的な悦楽が描き出され、ツボを押さえたように道行の間奏テーマが艶を込めてたっぷりと再現し、高揚するところが感動的だ。

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呪われた血の終焉 [サウンド・トラック盤21]
親密な仲になった辰弥は、美也子の傷ついた指を見て仰天する。それは7人目の犠牲になった姉の春代が噛んだ傷跡だった。その時、洞窟の中に強い風が吹き込み、美也子が般若のような落武者の悪霊と化し、その正体をあらわす。青白い顔、赤く光る目からは血の涙が滴っている。恐ろしい形相の悪霊は喘ぎながら、逃げまわる辰弥を執拗に追い続ける。

突然、洞窟にコウモリの群れが現れると崖崩れが起こり、美也子は岩の下敷きになり絶命、洞窟から出たコモウリの群れはまっすぐ多治見家へ向かっている。空は真っ赤だ! コウモリは、蝋燭を灯してお経を唱えている大叔母・小竹のいる部屋を直撃するや、あっという間に火の手があがり、多治見家は炎に包まれてしまう。かくして小竹が8人目の犠牲者となって、悲劇のドラマがここに完結する。

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八つ墓村の不吉なテーマが低音の鍵盤と弦によってなみなみと再現する。ここでは弦楽が織りなす重畳的な響きが聴きどころで、尼子の怨念をあらわす古風な旋律弦楽フガートによって、ねっとりと重ね合わされてゆく。
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多治見家の炎上を山の上から見届ける落武者たちの亡霊。笛の音や太鼓の合いの手を入れて声部を増やし、落武者の怨念が悲劇のクライマックスを描き出す。呪われた多治見家をあざ笑うかのように「ニヤリ」と笑む尼子の大将(夏八木勲)の表情は大人が見ても怖ろしく、背筋が凍りついた記憶がある。

「この映画のどこが恐いかっていうと、最後に舞台となる多治見家が燃えて、炎につつまれているその家を、山頂に8人の落武者の幻影が現れて、それを見おろしながら、ニヤッと笑う、そこのところが、一番恐くないと、この映画は駄目だと思うんですよね。霊のような士(さむらい)が、にやっと笑うその恐ろしさ。」 芥川也寸志~「〈八つ墓村〉の映画音楽へのひとつのドキュメント」より)


一連の殺人は多治見家の財産をねらったを美也子の犯行であることが明かされるが、美也子自身もまったく知らない恐ろしい事実があった。尼子義孝は雲州富田から播磨へ妻子を落とし、但馬、生野、丹波篠山へと流れた尼子一族の24代直系の子孫が美也子で、辰弥の父親で要蔵を発狂させる遠因となった亀井洋一なる人物もまた、雲州富田の出であった。

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すなわち、この一連の事件は、尼子の血を引く美也子と、その重臣である亀井氏の流れを汲む辰弥が運命の糸に手繰られるようにこの村にやって来て、まったく意識しないところで協力し、多治見家一族を根絶やしにして復讐を果たしたことになる。怪奇と幻想につつまれた美しくも哀しい芥川を代表する音楽作品だ。


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[ 2015/08/14 ] 音楽 芥川 也寸志 | TB(-) | CM(-)