バーンスタインのショスタコーヴィチ/交響曲第7番《レニングラード》

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ショスタコーヴィチ/交響曲第7番ハ長調 作品60
レナード・バーンスタイン指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1988.6.23 Orchestra Hall, Chicago (DG)
Excective Producer: Hanno Rinke
Recording Director: Hans Weber
Recording Engineer: Karl August Neegler
Length: 84:48 (Digital Live)
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ショスタコーヴィチの交響曲第7番は戦争を主題とする標題音楽的な作品で、戦争3部作の一角を成すシンフォニーだ。1941年ナチス・ドイツによるレニングラード包囲戦を体験し、自らも消防手の資格で音楽院の屋上監視員の任務についた作曲者は、この曲をプラウダ紙上で「ファシズムに対する戦いと、我々の来るべき勝利をわが故郷のレニングラードに捧げる」と語ったことから《レニングラード交響曲》とよばれた。

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この音盤はバーンスタインが37年ぶりにシカゴ響を振って話題を呼んだ演奏会のライヴ録音で、名人オケを自在に操り、客演とは思えぬ息のあった演奏をやってのけている。筋肉質の響きで力強く歌い上げる〈人間の主題〉はもとより、〈戦争の主題〉で炸裂するパワフルなオーケストラ・サウンドが最大の魅力で、名人オケがその威力をフルに発揮する。

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何よりも素晴らしいのが楽想にきめ細かく刷り込まれた情感ゆたかさで、ヒューマンに歌いあげる音楽はレニーのための大交響曲《レニーグランド交響曲》といえる。シカゴ響の名物奏者のパフォーマンスも冠絶しており、ことに木管の美しさは比類がなく、各パートを的確に捉えた解像度の高い録音はライヴ録音とはとても思えない。

「この演奏に、ショスタコーヴィチの音楽の二重言語的性格を炙り出す批評性を求めることは難しい。バーンスタインは、むしろ作曲者がぎりぎりの場所で抱いていた“人間への希望”に賭けることを選ぶ。80分を超える長さに膨れ上がったこの演奏は、シカゴ響の強力無比な合奏を武器に、スターリニズムもヴォルコフの『証言』も蹴散らし、瓦礫と轟音の中からヒューマニズムをつかみとる。終結部の音響の洪水にただ絶句。」 矢澤孝樹氏による月評より、UCCG4101~2、『レコード芸術』通巻第664号、音楽之友社、2006年)


「ショスタコーヴィチの《いのちの曲》の最もすばらしい演奏! 第1楽章で遠くから聴こえてくる行進曲主題が執拗にくりかえされ、クライマックスに達したときは、作曲者も指揮者もわれわれ聴衆も腸捻転寸前だ。そのあとの満ち足りた幸せのハーモニーの癒しも心にしみる。第2楽章の内容の豊かさや心のショック、第3楽章の熾烈な憧れの歌。それは〈第5〉の同じ楽章をはるかに上回る感動作で、どこまでが作曲家でどこまでが指揮者の表現なのか分からないほどだ。」 『新盤・クラシックCDの名盤』より宇野功芳氏による、文藝春秋、2008年)



第1楽章 アレグレット-「戦争」
sv0054c.jpg第1主題〈人間の主題〉は筋肉の付いた弦のサウンドと、鋼のような金管、マッシヴな打楽器の応答は聴き応え充分。要所で叩き込む打撃はパンチが効き、豪壮な中にもゆとりと風格を感じさせてくれる。

第2主題〈平和な生活の主題〉[練習番号6]はレニーの人情味あふれる歌い口が魅力的で、弦の繊細で澄みきった響き、オーボエの長閑な風情、生々しい低音弦やバス・クラリネットの音のご馳走も満載だ。心に沁みるようなピッコロの冴えた響きと独奏ヴァイオリンの美感も特筆されよう。

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sv0054d.jpg展開部[練習番号19]に相当する長大なエピソードはボレロまがいの〈戦争の主題〉。ナチス軍の侵入マーチが小太鼓の連打と弦のコル・レーニョにのって聴こえてくるが、軽快なフットワークで陽気に奏するのがレニー流。第3変奏など、とぼけたオーボエとそれを模倣する間の抜けたファゴットが兵隊ヤクザの珍道中のようで、まるで戦争が茶番劇のように伝わってくる。

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「一言でいえば、人間愛に溢れたショスタコーヴィチである。たとえば第1楽章で、表向きには“ナチスの脅威が押し寄せてくる”と説明されている有名なマーチ(裏的には、“スターリン時代の恐怖政治”とも言われているが)すら、まるで幸福の国からやって来た“平和の使者”たちがダンスしながら行進している、といった趣なのだ。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)


sv0054f.jpg聴きどころは、第1、第2ヴァイオリンが平行3和音でメロディーを奏する第6変奏[練習番号33]だ。《ボレロ》でいうと7度目のA主題が弦に出てくる箇所に相当するが、シカゴの弦は柔らかく、まるで羽毛のような軽やかなフレージングで上質の響きを紡ぎ出している。弦楽4部のアンサンブルに拡大する第7変奏は、フレーズを「ぐい」と押し込む重量級の弦楽ユニゾンに満腹してしまう。

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シロホンと弦がシャッキリとリズムを打ち、それにホルンが喰らいつく第8変奏[練習番号37]、弦と木管のグロテスクな対旋律がのたうつ第9変奏[練習番号39]は、シカゴの名人奏者の面々が牙を剥いて吠え掛かる。木管と弦の旋律をかき消すようにブラスが爆発する第10変奏もすさまじい。

タンブリンをくわえた打楽器群が炸裂するところはシカゴ教(響)信者にはたまらない魅力だろう。鋼のようなブラスのテーマ打ち、爆音を轟かせる管弦楽、鉄槌のように打ち込む和音打撃が渾然一体となった第11変奏のダイナミズムは究極のオーケストラ・サウンドといえる。

「テーマの反復と増大を、バーンスタインくらい赤い血潮とともに表出した指揮者はいない。主題は同じなのに楽器の数はしだいに増え、音彩はますますすごくなり(第8変奏)フォルティッシモに達しておどろくべき雄弁な色の旋律とともに奏されるところは、聴いて腸が捻れそうだ(第9変奏)。作曲者も腸捻転寸前だったのではあるまいか。このあたりのバーンスタインの棒はショスタコーヴィチの気持ちを代弁してあますところがない。」 『宇野功芳のクラシック名曲名盤総集編・改訂新版』より、講談社、2007年)



sv0054g.jpgオーケストラが頂点に達した瞬間、〈レジスタンスの主題〉を連呼して〈侵入のマーチ〉を制圧してしまう場面[練習番号45]は、シカゴ・ブラスのパワーが聴き手の度肝を抜く。ここではバンダとして配置された別働隊(第2金管群)が〈侵入のテーマ〉の変形を凄絶に打ち合うが、レニーの力点は〈人間の主題〉を絶叫する再現部の壮大なカタストロフ[練習番号52]にあることは言うまでもない。

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主題の断片をドラマチックに打ち叫ぶ〈死者のレクイエム〉では、指揮者が声涙共に下る大熱弁をふるうが、〈侵入のテーマ〉を切り裂くように打ち放つ断末魔のトランペットとホルンの斉奏を「ここぞ」とばかりに打ち込むところは“名物奏者”の最高度のパフォーマンスを堪能させてくれる。

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コーダで再現する〈人間の主題〉[練習番号66]は感動的だ。しみじみと郷愁をこめて歌い上げる弦楽の懐かしい調べや、亡き友を偲ぶかのように大きくルバートをかけて歌い上げる〈平和な生活の主題〉[練習番号68]など、ヒューマンな情感を宿した音楽はレニーの真骨頂といえる。


第2楽章 モデラート(ポコ・アレグレット)「回想」
sv0054h.jpg悲哀と皮肉をない交ぜにした弦の主楽想と、オーボエが意味深げに語りかける副楽想[練習番号76]が表情ゆたかに歌われる。後者は旋律から微妙に外れていったり、ファゴットの合いの手の嘲笑が聴こえてきたりで、旋律がツボにはまらないのがおもしろい。

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聴きどころはトリオ。3連音のオスティナート・リズムにのって、甲高い小クラリネット(Es管)のグロテスクな叫び声や、戯けたようなブラスの付点主題が跳梁する。シロホンとピアノのリズムをシャッキリと立ち上げてリズミカルに躍動する音楽はレニーの独壇場!頂点はブラスの爆発的なファンファーレ[練習番号91]で、弦がリズミカルに応答してゆく快調な足取りは、腰で拍子を取って、アメリカン・ポップスのようなノリで快活に踊り出すバーンスタインの生気が迸る。
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sv0054n.jpg悪魔的な弦のワルツ[練習番号93]も聴き逃せない。分厚いブラスの打ち込みとシロホンのトレモロに弦の和音を引き伸ばす音場の生々しさも特筆モノで、弦を指板に「バチン!」と強く叩きつけるピッツィカート[練習番号95]に腰を抜してしまう。

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心の震えのようなフルートの刻みにのって、バス・クラリネットが小ぶしを利かせてねっとりと歌い出す副楽想も個性的で、溜息まじりに呟きながら、ネチネチとやるせない気分で奏する表情のゆたかさといったら!


第3楽章 アダージョ「祖国の広野」
sv0054j.jpg固い音でガッシリと響くコラールの吹奏と、バッハの無伴奏ソナタを思わせる弦の静謐なレチタティーヴォ〈古いロシア風の旋律〉(ラルゴ主題)がすこぶる感動的だ。聴き手の心にしっとりと染みわたる弦の澄み切った響きとシルクのような肌触り、ヴィオラとチェロの和音が「ぐい」と重ね合わされるシカゴ響ならではの強靱でコクのある弦楽アンサンブルを堪能させてくれる。

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フルートがホ長調で歌う第2主題(副楽想、練習番号112)も聴きどころだ。ロシアの自然が香るような素朴で可愛らしい旋律は詩的情緒が溢れんばかりで、春を想わせる清らかな調べは一点の濁りもなく、そこはかとない生の歓びが静かにこみあげてくる。クラリネットと2番フルートの伴奏がくわわると、痛切な憧れと侘びしさを込めてたゆたう調べが聴き手の涙を誘っている。
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sv0054k.jpg中間部[練習番号121]は暴れ馬にのって、ロシアの大地を疾走するようなダイナミックな音楽が展開する。ミュートを付けたホルン、トランペット、急迫的な小太鼓の連打が加わると、戦闘モードで“弦付きブラバン”が期待に違わぬ力量を発揮。

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圧巻は別働隊のバンダが「待ってました」とばかりに強烈なコラールを発する〈練習番号130〉で、トランペットがラルゴ主題を“スペイン風”に変奏したファンファーレを華麗に打ち込むあたりは役者の“格の違い”を感じされてくれる。


第4楽章 アレグロ・ノン・トロッポ「勝利」
sv0054l.jpg主部は〈闘いのテーマ〉。戦闘が動き出すのはシロホンと進軍ラッパが鳴りわたる〈練習番号165(4:14)〉からで、壮絶な戦いのシーンをバンダを加えた屈強のブラス軍団が「やってやるぜ」とばかりにドスの効いた吹奏で爆発する。

獅子奮迅の勢いで突進する騎兵隊[練習番号171~173]や、決死の覚悟で白兵戦を敢行する突撃隊[練習番号175]など、疾風怒濤の勢いで敵を撃破すると、勝利を謳う“革命歌風のメロディー”が聞こえてくる[練習番号175]、といった白々しい情景をバーンスタインが自然に立ち振る舞いながらも、ライヴらしい熱演を展開。

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指板を叩きつけるピッツィカート[練習番号177]や、慟哭の表情を濃厚なルバートで演出するサラバンド風の〈哀悼のエピソード〉[練習番号179]もレニーの個性が生々しく擦り込まれたものといえる。

「バーンスタインはここで大胆にテンポを落とし、白兵戦の修羅場で再突撃を促して全軍を鼓舞するかのようなファンファーレのイメージを鮮烈に刻印する。ドラマティックな山場での全力投球の力業はバーンスタインの最も得意とするところだが、ここは最も篏まった例の一つだ。」 金子建志『クラシック人生の100枚』より、音楽之友社、2003年)


sv0054m.jpgクライマックスは〈勝利のテーマ〉[練習番号202]を朗々と発するホルンの斉奏からで、名人オケが究極のヴィルトゥオジティをいかんなく発揮する。

その頂点[練習番号207]で、ブラバンが〈人間の主題〉のファンファーレを高らかに吹き放ち、勝利を力強く宣言する場面が最大の聴きどころで、トランペットがツボを押さえるたように「ハイC」を即興的に引き伸ばして決めるところにゾクゾクしてしまう。壮大なスケール感をもって「大勝利」を確信させてくれる必聴の一枚だ。

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[ 2015/10/10 ] 音楽 ショスタコーヴィチ | TB(-) | CM(-)