フルトヴェングラーのブラームス/交響曲第4番(48.10.24)

sv0055b.jpg
ブラームス/交響曲第4番ホ短調 作品98
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1948.10.24 Titania-Palast, Berlin
Source: RIAS Berlin (EMI)
(Henning Smidth Olsen No.137
Length: 41:27 (Mono Live)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


フルトヴェングラーのブラームス交響曲第4番といえば、終楽章のリハーサル風景が筆者の目につよく焼き付いている。それはベルリンフィルがロンドン公演を行った際の本番前日のリハーサル映像で(1948年11月2日於エンプレス・ホール)、ティタニア・パラストでのコンサート(当盤)直後のものだ。

sv0055c.jpgこれは報道映画の代理店ヴィスニュース社の所蔵する実録映画の1コマで、終楽章第16変奏(展開部129小節テンポ・プリモ)から最後の部分が収録されている。

リハーサルとは思えぬ気魄にみちた演奏は何度見ても鳥肌が立つすさまじいもので、弦の嵐の中から管楽器が強烈な3連音を打ち込む第24変奏のシーンで、タコ踊りのように体をくねらせて激しく揺れ動く巨匠の指揮姿をカメラが捉えている。

「リハーサルは完璧でした。そのままコンサートにのせることが出来るほど徹底していた。フルトヴェングラーは、ひと言でいうなら、偉大なロマンティスト。常に美しい響きを追求していて、リハーサルに現れたときは、もうその音楽の世界に没頭していた。頭の中は今から演奏する音楽でいっぱいで、そういう情熱は、団員全体に感染しますよ。(元ベルリンフィル首席コントラバス奏者ライナー・ツェペリッツ)」 川口マーン恵美著『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』より、新潮選書、2008年)


「フルトヴェングラーの夢中になった指揮姿はとてもリハーサルとは思えない。あんな感じで練習していて、本番はどうなってしまうのだろうか、と心配なほどだが、彼はいつも燃えるようなリハーサルをしたらしい。普通の指揮者の倍近くも練習時間を取りながら、いつも時間が無くなって途中で打ち切りになってしまったらしい。そしてリハーサルの後は見るも気の毒なくらい疲れ果てていたそうだ。」 宇野功芳「フルトヴェングラーの何が偉大なのか」~『文藝別冊フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年)



フルトヴェングラーのブラームス〈第4〉はオールセンによれば、次の6種(うち1点は未発表音源)と前述の第4楽章リハーサル風景の映像が残されている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.12.12-15Berlin,Philharmonie, RRGMelodiyaO_ 94
BPO1948.10.22Berlin, Dahlem Gemeindehaus, SFBTahraO_134
BPO1948.10.24Berlin, Titania Palast, RIASPathe(EMI)O_137
BPO1948.11.2London, Empress Hall-rehearsalVisnewsO_138.5
BPO1949.6.10Wiesbaden, Staatstheater, HessenFW-SocietyO_169
VPO1950.8.15Salzburg, Festspielhaus, ÖRFMusic&ArtsO_216
VPO1951.10.21Frankfurt, am Mein, HessenNot IssuedO_263


これらの中では、ポルタメントをかけて激しい気魄で荒れ狂う大戦盤①と、むせるようなロマンと迸るような熱情を併せ持つテイタニア盤③が双璧ではないだろうか。即興的なテンポの動きや気魄は後退するが、音質がよく情感ゆたかでしっとり感のある④ヴィースバーデン盤を好むファンも多いだろう。

sv0055f.jpg②ダーレム盤(GCL-5004~5、FURT-1025)は③の2日前の演奏だが表現が大人しく、全体にリズムが重たい。⑤ザルツブルク盤は荒れ狂った力演だがMusic&ArtsやNova Eraの音荒れがひどく、Orfeoを聴いても音質の点で鑑賞には苦しい。
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

当演奏③は、ベルリンRIAS放送局のアーカイブを音源とするが、2009年にマスターテープ(76cm/sec)から起こされたCDが独auditeより発売されたことによって従来の音盤は存在価値を失ったとされる。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [The Complete RIAS Recordings]

sv0055e.jpgしかし筆者はEMI系の厚みのある密度の濃い音に長らく親しんできたせいか、出力が低くドライなauditeの音に馴染めない。むしろ、仏HMV(FALP544)を復刻したグランドスラム盤(GS2044)や、1984年にリマスタ-・デジタル・テープからカッティングされた厚手重量LP(WF50011)をCD-Rに焼いたものの方が肉感のある太い音で鳴ってくれるので、筆者はこちらを好んで聴いている。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon



第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0055g.jpg哀切を込めた夢幻のテヌートで奏するアウフタクトのhの開始音は“神技”とよべるもので、ポルタメントをかけたオクターブ下降、もってりと厚みのある内声アルペジオ、悲しみに打ち震えるオーボエの模声など、寂寞とした風情で揺れ動く第1主題からロマンの薫りがしっとりと立ちこめてくる。

身も心も吸い寄せられてしまいそうな深遠な響きは巨匠でしか聴けないものである。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0055s.jpg

「ブラームスの《第4番》の最初のHの音ね、フルトヴェングラーしか出せない音です。もう驚くべきものです。あの出だしで勝負がきまります。いまのブラームスの《第4番》の出だしのような息づかいも、ここだけでなくフルトヴェングラーのお家芸の1つなんですね。チェリビダッケが初めて来日してブラームスの《4番》をやったらね、驚くべきことに読響はあの最初の第1主題のH→Gの音をね、スウッと吸い込まれるように出した。あれはフルトヴェングラー流です。」( 座談会「フルトヴェングラーをめぐって」より丸山真男氏による~『フルトヴェングラー』、岩波書店、1984年


「私はかつてのフルトヴェングラーがベルリン・フィルハーモニーで残している演奏で、やはり出だしのあの3度関係で上下する主題の扱いで、最初のhの長さをたっぷりとってから前進するという、しみじみと心の奥まで届くような独特の表情のつけ方をしているのを、指摘したことがある。そうして、一度この魅力にとらえられると、ほかの人の別の扱いは、それなりに理解し、受け入れはしても、何かもの足りず、完全に満足できなくなるのだった。」 吉田秀和著『世界の指揮者』より、筑摩書房、2008年)


「最初の、ヴァイオリンだけでhを長くひっぱった出だしの音が、すでに、普通ではない。それは、主題の全体の出発点というだけでなくて、曲全体の入口に立って、これが、何ものかに対する名状しがたい憧れの音楽であることを、物語るといっていい始め方なのだ。」 吉田秀和著『フルトヴェングラー』より、河出書房新社、2011年~初出1981年)



sv0055h.jpg第2主題の律動的な〈リッターモチーフ〉(騎士的動機)は力強い。大きく弾むピッツィカート・リズムにのって、チェロが雄雄しく、急き立てるように歌いあげる緊迫感は無類のもので(57小節)、大きく高揚して歌い上げる〈和解の句〉(91小節)は巨匠の情熱が迸るかのようだ。騎士的動機の3連音で頂点に駆け上がるリズムの切れも抜群で、ティンパニの強打と鋭い和音打撃によって一刀両断に叩き切るところは巨匠の力ワザが全開である!

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0055t.jpg

sv0055i.jpg展開部(137小節)は弦の喘ぎを振り払うような筆圧の強い〈反抗の句〉や、淋しげなピッツィカート伴奏にのった木管の哀切を込めた調べ(220小節)に涙を誘われるが、聴きどころは木管と弦の対話の後に息の長いリタルダンドで移行する再現部(246小節)。

12小節に拡張した主題をスローモーションのように吹奏する場面は、“夢幻の境地”ともいえる巨匠の奥義を開陳したもので、祈りにも似た痛切な音の訴えに胸が詰まってしまう。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0055u.jpg

sv0055r.jpgあたかも物語の続きのように途中から開始する主題再現は、うねるような波が激情の嵐となって猛烈な勢いで突進する。獅子吼するホルンや地を踏み締めるリズムで感情を高める〈騎士的動機〉も霊感を宿したフルベンの独壇場。コデッタの慰めの気分も束の間、いよいよ切分音に3連音を噛み合わせたフガート風の壮絶なクライマックスがやってくる。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


sv0055q.jpg激しいトレモロで駆け上がるコーダの頂点(394小節)は、巨匠が無我夢中になって荒れ狂う。「ここぞ」とばかりに強烈なカノンでぶつける主題強奏はすさまじく、さらに激しい加速をかけてなりふり構わず疾走していくところは「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる。

驚くべきは弦の音階的な分散和音がほとんど破綻していることで、ことに後半では半数以上の弦楽器奏者が雪崩のように脱落している。終止のリタルダンドも即興的で、ここまでやらずにいられなかった巨匠の燃焼ぶりを伝えてあますところがない。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [SACD Hybrid]

「第1楽章の最初のロ音を聴いただけで、すでにフルトヴェングラーの世界に誘われてしまう。よくもこんな音が出せるものだ。彼はブラームスが書いた楽想を徹底して描き分けるが、録音のせいもあって、リズミカルな部分がいくぶん硬く響く嫌いもある。コーダのアッチェレランドはまさに気違いじみており、音楽自体から考えて、ここまでやる必要があるのかどうか疑問だが、興奮させることは事実であり、最後のリタルダンドがいかにも効果的だ。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)




第2楽章 アンダンテ・モデラート
sv0055j.jpg張りのある力強いホルンで開始する内省的な音楽は、一歩一歩踏みしめるような重い足取りで進行、会場のデッドな響きからオンマイクの木管楽器が生々しく聴き取れる。聴きどころは練習番号B(30小節)のヴァイオリンの美しい主題変奏で、しっとりと、麗しく高潮する音楽がすこぶる感動的だ。

慰撫するようなチェロのテーマ(第2主題)もたまらない。コクのあるフレージングで纏綿とたゆたうところはロマンの極みといってよく、浄化するような高弦のオブリガートが聴き手の心を癒してくれる。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0055v.jpg

sv0055k.jpgクライマックスは、主題が分散和音で展開する再現部のフォルティシモで、3連音の反抗的な音型を鉄槌のようにザクザク打ち込んでゆくところは巨匠の荒業が炸裂する。弦楽5部で重厚に歌う第2主題(88小節)も聴き逃せない。

心魂込めて歌い上げる密度の濃いエスプレッシーヴォは巨匠の奥の手を見せたもので、熱き血のたぎりすら感じさせる激情の炎が聴き手の心を鷲掴みにする。おづおづと回想するコーダのねばりのあるフォルテも巨匠の情念を刻印したものといえる。     TOWER RECORDS  HMVicon



第3楽章 アレグロ・ジョコーソ
sv0055l.jpg開始のアインザッツが一瞬ずれて「ドキっ」とさせられるが、このフライングをカットして途中から始まったように修正した盤が存在することは平林直哉氏がGS2044のライナーノートで指摘している。

この“ずれ”はフルベンの名刺代わりといえるもので、①⑤でもわずかな不揃いがみとめられる。ここではベルリンフィルの古色蒼然とした“鉄血サウンド”が全開で、軋むような音を立てて硬い打撃で古武士然と突き進む。中間部で主題を変奏する燻し銀のホルンもレトロで魅力的だ。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

sv0055o.jpg再現部(199小節)は鋼のような打撃を繰り出して頂点に駆け上がるフルベンの荒武者ぶりを堪能させてくれる。ホルン信号を合図に猛り狂うコーダもすさまじく、弦の分散和音をクレッシェンドしながら突っ走るところに背筋がゾクゾクしてしまう。落雷のようなティンパニの強烈な連打にも度肝を抜かされるが、大見得を切るようにリタルダンドを決めるスリリングで豪快な終止は、巨匠のみに許された“必殺ワザ”といえる。 

 (写真はプライヴェート盤 GCL5004/5)

「第3楽章は実演における一発必中の表現だ。情熱の爆発と強い意志による統制が両々相俟って、すさまじい力の噴出となる。終結の決め方(あのテヌートの巧さ!)など、他の誰にも出来ることではない。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第4楽章 アレグロ・エネルジコ・エ・パッショナート
sv0055m.jpg8音の〈シャコンヌ主題〉は荘厳でドラマチックだ。巨匠が仕掛けてくるのはヴィブラートとポルタメントでラプソディックに歌う第4変奏からで、骨太墨絵を描くような第5変奏濃厚な弦のうねりや、身をよじるようなテンポ・ルバートで揺さぶる第6変奏のデフォルメはフルベンの面目が躍如する。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon
sv0055w.jpg

声部を増しながら内的な昂奮を高め、第11変奏で頂上に達する疾風怒濤の棒さばきも巨匠の手の内に収めたものといえる。神韻縹渺と奏でるフルート独奏(第12変奏)や、トロンボーンとホルンが吹奏するサラバンド風の〈慰めの動機〉(第14変奏)に漂う崇高な気分はいかばかりだろう。 

TOWER RECORDS  amazon [Salzburg Box]

sv0055p.jpg劇的なドラマは第16変奏のテンポ・プリモ(展開部)にやってくる。原調にもどった〈シャコンヌ主題〉を弦の熾烈な下降音型が切り裂くように落下して管弦の嵐が吹き荒れる。弦のスタッカートは3連符となり、これが急上昇してトロンボーンの一撃と対峙するところは聴き手も思わず力が籠もる! 

圧巻は打楽器の後打ちで3連音を叩き込む第24~25変奏(再現部)で、トレモロの嵐が吹き荒ぶ中、巨匠はタコのように全身をくねらせながら苛烈な打撃を「これでもか」と叩き込む。リハーサル映像がとらえたこの凄絶なシーンに筆者は身も心も釘付けになって、戦慄を覚えずにはいられない。

(写真は米Music&Arts CD-258)

「このパッサカリアを誰よりも速いテンポで演奏している。彼は、この楽章の暗くドイツ的なバッハ風性質を強調することなく、《エロイカ》の終楽章のようにがむしゃらに推進させている。彼の疾駆するテンポは戦闘的に燃え上がる。ティンパニはすさまじい音で鳴りわたり、テクスチュアを圧倒している。トロンボーンは荘厳に吟唱せず、激しく朗唱し、弦はひと筋の炎のようにはいってくる。」 ピーター・ピリー著『レコードのフルトヴェングラー』より、横山一雄訳、音楽之友社、1983年)


「第4楽章は第1変奏のものものしい表現にすべてが尽くされている。フルトヴェングラーの演奏に接すると他の指揮者は生ぬるくてとても聴けない。ここはこのようにやるべき音楽なのだ。こうでなくてはならないのだ。第16変奏以降の推進力もすばらしい。しかし、第3変奏のヴァイオリンに極端なヴィブラートをつけたり、コーダの加速など、ブラームスとしてはやりすぎの部分もあり、ぼく自身、手ばなしでフルトヴェングラーの演奏を謳歌するものではない。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)


sv0055d.jpg緊迫したストレッタから大仰なリタルダンドで突入するコーダ(ピウ・アレグロ)は、弦の下降音型を伴奏に管楽器が〈パッサカリア主題〉(第31変奏)を絶叫する。固いリズムをガツン、ガツンと打ち込みながら、抉るようなフレージングでさばく結尾の音楽は、テンパニの最強打による劇的なカデンツで締め括られる。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


sv0055n.jpg60余年を経た今なお、聴き手を酔わせてくれる至高の《ブラ4》で、巨匠が全身全霊を傾けた入魂の1枚だ。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon


人気ブログランキングへ この記事を面白いと思った方はクリックをお願いします

このエントリーをはてなブックマークに追加


[ 2015/10/24 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)