ムラヴィンスキーのモククワ・ライヴからモーツァルト/交響曲第39番

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モーツァルト/交響曲第39番変ホ長調 K.543
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラードフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1965.2.23 (SCRIBENDUM)
Location: Grand Hall of the Moscow Conservatoire
Engineer: David Gaklin
Length: 26:25 (Stereo Live)
TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [SACD]


ムラヴィンスキー=レニングラードフィルといえば、1975年に「来日記念盤」と銘打って発売されたモスクワ公演の実況録音盤ほど衝撃的なものはなかった。それまでは骨と皮だけのメロディアのモノラル盤に馴染んだ筆者にとって、ステレオで収録されたオーケストラの鮮明な響きと生々しい超絶技に肝をつぶした記憶がある。

sv0057c.jpgこのコンビの半世紀にわたる歴史の中で、その最盛期はフルシチョフ政権下の60年代前半といわれるが、1965年2月、ムラヴィンスキーとレニングラードフィルはモスクワを訪れ、4回のコンサートを行った。

この中には、天下御免の向こう傷で突っ走る〈ルスランとリュドミラ〉序曲を収めた小品集や、バルトークとストラヴィンスキーといった20世紀の諸作品のほか、来日公演の演目だったモーツァルトの交響曲第39番が筆者の印象につよくのこった。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [65年モクスワ公演集]
No.DateSource1-mov.2-mov.3-mov.4-mov.Total
1950MK107810:0910:153:424:5929:05
1965.2.23BVCX40088:018:413:485:2325:53
1972.5.6MK10788:018:313:495:1625:46
1975.6.7ALT0588:048:213:455:1125:21

「1975年6月、第2回目の来日時におけるモーツァルトの39番の演奏を筆で表すとなると容易ではない。極めてユニークでありながら、表面は何事もなく過ぎ去ってゆくモーツァルト。あまりにも混じり気がなく、純粋無垢で、あたかも谷間に咲く一輪の百合を想わせるようなモーツァルト。しかし、その純音学的な表現の中に、何とデリケートなニュアンスがこめられ、そくそくと胸を打つ香りが溢れていたことか。結晶化し、きりりと締まった純潔な響、透明なハーモニー、色彩は白一色に統一されているが、冷たい淡泊さの中に無限の変化がかくされる。まことにそれは、ぼくの考えも及ばぬモーツァルトであった。」 宇野功芳氏によるライナー・ノートより、VIC5066、ビクター音楽産業、1977年)



sv0057e.jpgステレオの初出盤(MKX-2011)は、眉をつり上げて睨みつける強面のムラヴィンスキーを据えたジャケットが強烈で、「鬼の仕業としか思えない」という誇大広告と共に、峻厳な、感傷を寄せつけぬ鋭い眼差しと鋼鉄のような弦楽器で、モーツァルトを冷酷に切り刻むさまを想像させるに十分なインパクトをあたえていた。

なるほど、ここではモーツァルトのダブついた肉をゲッソリと削ぎ落としたようなスリムな響きは特異といえるが、一切のムダを排除し、古典音楽をギリシア彫刻を思わせるような均整の取れたプロポーションに仕上げてゆくさまは、丹念にノミをふるう匠の技を連想させる。

TOWER RECORDS  amazon  HMVicon [65&72モスクワ公演集7CD]

sv0057f.jpgしかも楽音はストイックに統制され、その結果として響きは純化され、リスタルのような透明度を増してくるところがこの演奏のすごいところだ。

切れのあるアインザッツと強靱なリズムで突き進むフィナーレの厳しさは、アンサンブルの極限の姿が示されている。とくに1枚に255分を収めたSACDは大変聴き応えのある鮮明な音質である。

Mravinsky Edition Vol. 2 - Mozart: Symphony No. 39, Sibelius: No. 7

「まるで一片の塵も身につけず、ぜい肉を全て完全にそぎ落とし、きき手の生ぬるい音楽の楽しみ方を拒絶する演奏で、ふつう音楽に一般の聴衆が求める楽しさはここには全くない。こういう演奏に接することは、いわば厳しい修験道にでも参加し、一片の妥協容赦もなく叩きのめされることを求めにゆくようなものであろう。モーツァルトの変ホ長調は一段と徹底しており、ムラヴィンスキーの指揮が、より音色がはっきりし、音がみずみずしくきこえるとき、更にいっそうすさまじい潔癖主義をあらわしてくるのは驚くばかりである。」 大木正興氏による月評より、MKX2011、『レコード芸術』通巻297号、音楽之友社、1975年)



第1楽章 アダージョ-アレグロ
sv0057d.jpg歯切れの良いファンファーレ風の序奏動機と固く叩きつけるようなティンパニのリズムからして、楽員と聴衆を睥睨するムラヴィンスキーの世界がある。左右に振り分けたヴァイオリン群のスリムな下降動機が交差する中を、冷ややかなフルートが心機を凛とひきしめるようにたなびくさまは、北国の冷たい空気を運んでくるかのようだ。

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主部は速めのテンポでスッキリと歌われる。《美しく青きドナウ》とよく似た上行アルペジオの“まろやかさ”をきっぱりと拒絶するように、鋭利なフレージングと痩躯な響きによって、清冽なカンタービレを歌い上げるのがムラビン流。
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sv0057g.jpg全管弦楽の強奏は「ここぞ」とばかりにレニングラードフィルが鉄壁のアンサンブルを披露する。ことに弦楽器の上手さは唖然とするほどで、G音から高いEs音へ「チチチチチー」と跳ね上がるところ(61小節)のシャープなフレージングや、めまぐるしく弾き飛ばす分散和音の凄まじさは言語に絶するものだ。

第2主題(98小節)の優美な曲想はロマン的な情趣なぞ無用とばかりに、余情を削ぎ落として整然と進行する潔さ。

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sv0057k.jpg展開部(143小節)は無用に高ぶらず、古典作品としての造形を頑なに崩さぬ北国の巨匠の厳然たる棒ざはきが印象的だ。淡々と歌いはじめる再現部も甘ったるい憧憬やノスタルジーなど微塵もなく、ひたすら冷厳にカンタービレをさばくムラヴィンスキーの高潔な精神と強固な意志が伝わってくる。

あたかも指揮者が左右の二刀流で、モーツァルトの柔肌をスパスパと情け容赦なく切り裂いてゆくさまが痛快で、切れば血の出る鮮やかさで一気呵成に畳み掛けるコーダは、作品の地肌が透けて見えるまでに研磨する究極の職人技といえる。


第2楽章 アンダンテ
sv0057h.jpg虚空を見つめるように無我の境地で歌われる主題は、磨き抜かれた音と透明な抒情美に貫かれている。
ストイックなまでに統制されたアンサンブルを聴かせる第2主題や、木管の美しいカノンと弦が浄化する第3主題の品格の高さも特筆モノ。

閃光が煌めくように先鋭な刃を突きつけるフォルテの鋭さといったら!(96小節fの手前でヴァイオリンが1人飛び出すアクシデントも・・・) 
Shostakovich: Symphony No.8, Mozart: Symphony No.33

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コーダの研ぎ澄まされた繊細な味わいも格別で、虚飾を取り払ったムラヴィンスキーの潔癖さと、そこから紡ぎ出される無限のニュアンスに心打たれるのである。

「まるではがねのような見事な造形を成立させているレニングラード・フィルの、ことに弦楽器の合奏力の唖然とさせられるような達者ぶりが、まるで閃光のようにところどころでひらめいている。それは一般の通念ではモーツァルトの柔らかい肌にメスを突き立てるように受けとられる性質のものかもしれないが、そういうことに一片の妥協も感傷も介入させないのがムラヴィンスキーのゆき方である。しかし、第2楽章の抒情の透徹しきった、悲しいほどの清冽さなどは、やはりそういう指揮以外には絶対に生まれえない表現なのである。」 大木正興氏による月評より、MKX2011、『レコード芸術』通巻297号、音楽之友社、1975年)



第3楽章「メヌエット」 アレグレット
sv0057i.jpg“モーツァルトのメヌエット”として親しまれている快活な舞曲は、整然と統制され、ザクザクと雪中行軍する軍隊のようで、筋の通った芯の強い音楽になるのがムラヴィンスキーらしい。

何か“意地で作り上げた精密さ”という感じがして音楽の楽しさがちっとも伝わってこない、という意見にも一理あろう。トリオの愛想のなさも天下一品で情趣を排した謹厳実直ぶり。   Mravinsky Complete Live 1961
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毅然と回帰するメヌエット主題の明晰なリズムから繰り出す清廉潔白な進行は直裁すぎる感もあるが、モーツァルトが纏った貴族的な衣をすべて剥ぎ取り、素肌と骨格を格調高く示したものといえる。


第4楽章「フィナーレ」 アレグロ
sv0030h.jpg目の醒めるような速ワザで弾き飛ばすフィナーレの無窮動的な舞曲は、“冷血の完璧主義者”ムラヴィンスキーの独壇場だ。めまぐるしい弦のフィギュレーションをいとも鮮やかにさばくアンサンブルの妙味もさることながら、鋼鉄の弦で切り刻むような鋭いフレージングは人間離れした玄人集団の腕の見せどころで、厳めしく張りつめた雰囲気が会場を飲み込んでいるのがすごい。

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ガリガリと弦を削るように突入する展開部もすさまじい。主題の断片を力の限り打ち込むゼクエンツ進行と強圧的に取り回すストレッタ・カノン(125小節)の豪壮さはまぎれもなく「鉄の規則でもって統一された冷徹な荘厳」(吉田秀和氏)。凍てついたロシアの大地に薄明かりが射すような主題再現(153小節)などは、ことさら開放的な歓喜に媚びぬ禁欲的なムラヴィンスキーの慧眼があろう。

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sv0057j.jpgムラヴィンスキー=レニングラードフィルの超絶技は第2主題部に入っても揺るぎがなく、さらなる躍動感を増して攻撃的に突進するところが聴きどころ。

弦の和音打撃を「ザクザク」と打ち込む冷酷さは、モーツァルトの柔らかな肉を決然たる意志をもって削ぎ落としてゆく“鉄血シェフ”を思わせるではないか。入念に研磨された鋭利な刃物を武器に、緻密なアンサンブルとライヴ特有の白熱した勢いで全曲を締め括った必殺の一枚だ。

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[ 2015/11/28 ] 音楽 モーツァルト | TB(-) | CM(-)