アンセルメ/スイスロマンド管の幻想交響曲

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ベルリオーズ/幻想交響曲 作品14
エルネスト・アンセルメ指揮
スイス・ロマンド管弦楽団
Recording: 1967.9
Location: Victoria Hall, Genève (DECCA)
Disc: Australian Eloquence 4800053 (2010/6)
Length: 51:01 (Stereo)
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アンセルメ指揮の《幻想交響曲》は、ロンドンレコード15周年記念として発売されたもので、リハーサルの特典盤付の豪華な2枚組アルバム(SLA1002)だった。アンリ・ルソーの『蛇使いの女』をあしらったジャケットも美しく、月光に照らし出された蛇使い女が、密林の中で笛を奏でる幻想的な情景が筆者の目に焼きついている。

sv0058b.jpgわが国では「オーケストラが二流」「名演奏は録音のマジック」と評され、デッカが実力以上のものを刻んだと揶揄されるスイス・ロマンド管だが、絹の手触りのようにキメ細かな高音質録音は、“シルキー・ハイ”という異名をもつデッカの看板だった。

シュヴァルベがカラヤンに引き抜かれるまでコンサートマスターをつとめた時期(1944~57年)が全盛期といわれるが、終身指揮者として矍鑠として指揮台に立ち続けたアンセルメ最晩年の当録音は、満を持してのレコーディングだった。

sv0058d.jpgここでは、デッカ録音の素晴らしさ(あざとさ)がマニアの耳を捉えてはなさない。2台のハープが宝石のように煌く〈舞踏会〉、ティンパニの打点がすべて見える〈遠雷の情景〉、弔鐘、低音弦のフーガ、弦のコル・レーニョが生々しい〈地獄の饗宴〉など、この曲定番の聴きどころが満載。

〈断頭台への行進〉を猛烈にクレシッェンドして叩き込むティンパニの連打のド迫力は、ショルティ指揮のシカゴ盤でさえ手ぬるく感じるほどだ。

「ジュネーヴのヴィクトリア・ホールで録音。69年に亡くなったアンセルメの晩年の録音であり、アンセルメの一連のCD中で鮮度、音質は抜群に高い。分離が比較的明瞭、低音域の芯がしっかりし、高音楽器に生彩とつやがあって美しく、明るい色彩に富んだ、かなりなめらかなサウンドを展開、全強奏でもあまりにごらない。」 三井啓氏による録音評より、223E1135~『レコード芸術』通巻第468号、音楽之友社、1989年)


「全篇、アンセルメの名人芸に彩られた驚くべき演奏だ。スコアのすべてがアンセルメによって制御されており、一音たりともその設計図から外れることがない。第1楽章では、序奏から木管アンサンブルがきわめて明晰で、主部へ入るときのテンポの良さも比類がない。第2楽章の華やぎも、第3楽章の寂寥感の表出にも真実味がある。第4楽章では、古風なティンパニの音色に魅せられ、ピツィカートとファゴットの対照も鮮やかだ。フィナーレは、どんな熱狂の時にもすべての楽器が聴こえるほどに透明さを失わない。ボワーンと鈍く鳴る鐘の音がユニークだが、これが、異次元の不可思議な恐ろしさを醸し出している。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)



第1楽章 「夢、情熱」ラルゴ
sv0058e.jpg心臓の鼓動のような低音ピッツィカートが生々しく、小刻みに走り出すピウ・モッソの緻密な弦、切々と奏でるコクのあるフレージング、柔らかく逍遙するホルンなど、細やかなニュアンスが序奏の中にしっとりと込められている。

主部(64小節)は骨力のある和音打撃の開始音に腰を抜かすが、鬱々とした湿っぽい〈恋人の主題〉(固定楽想)とは異なり、明るい音色と快適なテンポによって、サクサクと風韻よく奏でてゆくのが魅力的。  amazon

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sv0058p.jpg弦が爆発的に駆け上がる総奏は、瀟洒なオーケストラ・サウンが「ここぞ」とばかりに立ち上がる。幾何学的な伴奏弦をシャッキリと弾ませながら、管楽器が放歌高吟するところはアンセルメがカラフルな音色を香水のようにまき散らす。

録音会場のヴィクトリアホールは低音が極端に抑えられ、艶やかさと華やぎのある独特の高音を生み出すことから、フランス音楽にはおあつらえ向きのホールと云われるのも、なるほどと頷けよう。

聴きどころはオーボエに新たな主題が出るテンポ・プリモ(358小節)。葦笛のような木管の音色や漸強弱を重ねて波打つヴィオラとチェロを巧みにコントロールする老巨匠の棒さばきは巧妙で、力強いマーチとなった〈恋人の旋律〉を「カラっ」と打ち放つブラスの鮮烈な響きはラテン的な解放感に溢れんばかり。「ゴツン!」と打ち込むティンパニの衝撃感も抜群で、木のバチで叩きつけるような硬質な衝撃音をデッカの録音が見事に捉えている。


第2楽章 「舞踏会」ヴァルス・アレグロ・ノン・トロッポ
sv0058g.jpgアンセルメが舞踏会で奏でるのは、フランス風のお洒落なワルツだ。何よりもつぶ立ちの整った歯切れのよいハープの装飾和音が心地よく、ポルタメント楽句をサラっと弾き流し、サクサクとしたアクセント付けは、衣をうすく付けた“てんぷら”を連想させる。

ヒラヒラと舞うドレスの間を掻い潜って恋人(固定楽想)が見え隠れする第2部の情景は、16音符の弦のパッセージを装飾的に絡めながら、老巨匠がエレガントな舞踏会を演出する。
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sv0058h.jpg第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロがワルツを歌い、第1ヴァイオリンが合いの手の装飾を華麗に絡める再現部も色鮮やかだ。ここでも伴奏ハープが美しい和音を宝石のように散りばめているのがたまらない魅力で、グリッサンドの和音を「ポロリン!」とあざとく響かせて決めるところはマニアの耳をくすぐる名場面といえる。

急速なコン・フーコのコーダは高音部へ淀みなく流れる低音弦のフーガ進行が爽やかで、リズミカルなステップが聴き手の耳の快感を誘っている。


第3楽章 「野の風景」アダージョ
sv0058f.jpg“音の画家”アンセルメは、パステル・カラーの淡い色調でデリカシーにとんだ田園情緒を描写する。鳥の模声と弦の対話の秘めやかな風情や、ヴィオラとチェロが滔々と歌う歌謡主題に、哀しげな高弦オブリガートの綾を絡めるところに耳をそば立てたい。  amazon

「ここは純粋に気高く美しい歌なのです。第1ヴァイオリンの皆さん、弾きながら考えてください。野に立たたずむ作曲者のことを。彼は恋人のことを考えていましたが、心はいつも絶望だけだったのです」

sv0058i.jpgクライマックスはチェロ・バスが木管の〈固定楽想〉と対峙する87小節。低音弦を噛むような弓使いが直に伝わってくる音場は、奏者が目の前で実際に演奏しているような錯覚を覚えるほどで、恋人のことを思いながら、恐ろしい不安に苛まれる芸術家の激しい胸の内が生々しく迫ってくる。

ユニゾンの総奏の和音打撃も凄まじく、木の撥で叩きつけるティンパニの硬い衝撃音に仰天するのは筆者だけだはないだろう。
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大きな聴きどころは、クラリネットの〈牧歌主題〉(117小節)。ピアニシモの弱音からクレッシェンドするところの透明度は抜群で、チェロのメロディーが滔々と重なる心地よさといったら! 4台のティンパニの鳴動で締め括る〈遠雷の情景〉も聴き逃せない。「ペタペタペタ」と皮が擦れる振動音や、弱音の打点がすべて見えるように聴かせるあたりは痒い所に手が届くデッカの成せるワザで、“音の視覚化”とは巧く言ったものである。


第4楽章 「断頭台への行進」アレグロ・ノン・トロッポ
sv0058j.jpgゲシュトップのホルン、6連打のティンパニのリズムの不気味な振動音が生々しく、16小節からクレッシェンドして叩き込むティンパニの立ち上がりは肌が粟立つ凄まじさ。

デッカの録音技師が「ぺろっ」と舌を出しているのが目に浮かんでくる。「ぐい」と力をこめたチェロ・バスの決然とした弾きっぷりや、底意地の悪そうなファゴットの「ぶりぶり」とした嘲笑が突如目の前に出現する“虚妄の音場”にも驚かされる。

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sv0058m.jpgアンセルメはクールな感覚で刑場に向かって行進する。骨力のある打楽器、切れのあるピッツィカート、シンバルの生々しい衝撃音が炸裂する迫力ある音場を堪能させてくれるが、主題を展開する115小節からひた押しに押してゆく老巨匠の力技が痛快である。

足枷をしたような重量感のある行進曲はオーケストラ・パワーが全開で、「これでもか」と打ち込むすさまじい総奏打撃はとても老人の力仕事とは思えない。84歳の老巨匠の何所にこんなスタミナが隠されていたのだろうか。

アンセルメは、86歳とは思えない健啖家で、料理を次々に口に放り込んだ。食べるというよりは、丸飲みにしているという感じだった。「マエストロはよく召し上がりますね」と言ったら、「そう、指揮者というのは体を動かすからね、青年のように食べなければならんのだよ・・・」と言いながら、バーベキューのほかに天ぷらまで食べたのにはびっくりした。 志鳥栄八郎著『嵐が奏でる』より、芸術現代社、2002年)


クラリネットが思いを込めて回想する〈固定楽想〉を吹き飛ばし、死刑執行を告げる小太鼓が轟く時、ギヨタンの刃が無情に落とされる。処刑の衝撃を生々しく伝える抜群の臨場感は、デッカ録音の威力を最高度に発揮した“音のドラマ”といえるもので、まるで刑の執行が生中継されているような錯覚にとらわれてしまう。


第5楽章 「魔女の祝日の夜の夢」 ラルゲット
sv0058k.jpg音楽が動き出すのはクラリネットのトリル変奏からで、固定楽想は軽薄な旋律に変形され、ジンタ風に演奏する小クラリネットがグロテスクな雰囲気を生々しく演出する。爆発的な総奏が一気呵成に「弔鐘の場」に雪崩れ込んでゆくところのオーケストラの切れの鋭さと、鮮度の高い響きにも驚いてしまう。

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3オクターブのユニゾンで奏する弔鐘の場面(102小節)は、高音のチューブラ・ベルとは異なり、低い音域で「ゴイ~ン」と緩やかに響くメタリックな感触が心地よく、教会のような荘厳な雰囲気を演出しているのがこの盤のユニークなところだ。

ファゴットとテューバがグレゴリオ聖歌《怒りの日》を重ねる場面(127小節)が最大のヤマ場で、陰々滅々と吹奏する《怒りの日》に弔鐘の低い金属音が重なる音場は、まさに地獄の情景。「ズババ~ン・ズババ~ン」と低音弦のテヌートと大太鼓をオフ・ビートでどっぷり重ねるゆたかな音場はデッカ録音の独壇場! 低音弦のフーガから行進曲へ拡大する〈魔女のロンド〉(241小節)は、老巨匠があらん限りの力を込めてオーケストラを駆り立てて突進する。

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sv0058o.jpg衣擦れのような弦の〈ロンド〉光沢のある響きで朗唱する管楽器〈怒りの日〉を重ねるラストシーンが最大の聴きどころ。弦のコル・レーニョがカチカチと響く〈骸骨のダンス〉、落雷のような大太鼓のロール、弾むような調子でトロンボーンが変奏する〈怒りの日〉色彩感溢れる管弦楽を心ゆくまで堪能させてくれる。

決して羽目を外さず、溢れんばかりのパッションと鮮度の高い響きで理性的に締めたアンセルメ会心の一枚だ。

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[ 2015/12/12 ] 音楽 ベルリオーズ | TB(-) | CM(-)