フリッチャイのベートーヴェン/交響曲第9番「合唱付」

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ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱付」
フェレンツ・フリッチャイ指揮
ベルリンフィルハーモニー&聖ヘドヴィヒ大聖堂聖歌隊
Soloist: Seefried, Forrester, Haefliger, Fischer-Dieskau
Executive Producer: Prof. Elsa Schiller (DG)
Recording Producer: Otto Gerdes
Tonmeister: Werner Wolf
Recording: 1957.12.28,1958.1.2&1958.4 Jesus-Christus-Kirche, Berlin / Length: 68:24 (Stereo)
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1957年から58年にかけて、ダーレムのイエス・キリスト教会で録音されたフリッチャイ指揮の《第9》(4日間で6セッション)は、DGがベルリンフィルとおこなった初のステレオ録音で、しかもフィッシャー=ディースカウが参加した唯一の《第9》として注目を集めたレコードである。

sv0059c.jpg“リトル・トスカニーニ”と呼ばれた速いテンポによる厳格なスタイルから、ロマン主義的な巨匠風のスタイルに変貌をとげたフリッチャイだが、雄大でロマンティックな芸風からは、すでに巨匠の片鱗がうかがえる。

ベスト・メンバーで臨んだ声楽陣も秀逸で、ディースカウのみならず、脂がのった30代のヘフリガーの艶美な歌声を聴けるのもうれしい一枚だ。   amazon

「このベートーヴェンには強引なところや無理なところがひとつもない。ベルリン・フィルは柔らかくみずみずしく自然に歌い、この音楽の姿を虚飾なく再現する。特に第3楽章の澄み切った美しさは、その早すぎる晩年にフリッチャイが達した境地を示す最良の例のひとつだ。」 『200CDベルリンフィル物語』より増田良介氏による、UCCG3032、学習研究社、2004年)


「フリッチャイは前半を採りたい。第1楽章は真にドイツ風であり、表面は柔らかいが内部に意味とコクを持った響きがすばらしく、遅めのテンポが立派で、スケールも大きい。再現部冒頭やコーダはまさに精神の嵐である。第2楽章は逆に軽快な足取りの中に、ホルン強奏などの翳の濃さをあたえてゆく。第3楽章は音をたっぷり響かせすぎてデリカシーを欠き、第4楽章は第1楽章を受けるにしてはいかにも小型だ。フィッシャー・ディースカウの巧すぎるほどの巧いバリトンが印象的である。」 宇野功芳著『僕の選んだベトーヴェンの名盤』より、音楽之友社、1982年)



第1楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0059b.jpg壮大に立ち上がり、勢いよく落下する第1主題のフリッチャイの力強い棒さばきは、開始から巨匠の貫禄十分で、造形はぴしりと決まり、しかもスケール感がある。強音は杭のように打ち込まれ、その緊密なアンサンブルと豪毅なサウンドはフルベン時代のベルリンフイルを彷彿とさせるではないか。


この時期のベルリンフィルは、カラヤンが音楽監督に就いて間もない頃で、コンサートマスターなどの首席奏者の一部はすでに入れ替わっていたものの、フィンケ(チェロ)、二コレ(フルート)、ツィラー(ホルン)といったフルトヴェングラー時代のキイ・プレイヤーがまだ現役で活躍していた。そのサウンドは華美なものになる以前の、ドイツ風のゴツゴツとした渋い響きと、かっちりと引き締まったフレージングが印象的である。

sv0059d.jpg大きな聴きどころは、第2主題への導入動機(74小節ドルチェ主題)。この動機は、第2楽章〈トリオ〉、第3楽章〈第2変奏〉、第4楽章〈歓喜の主題〉を予示する《第9》の“統一動機”もいえる旋律で、清澄な歌によって第2主題へ繋げる絶妙のフレージングと木管のおおらかな歌が聴き手の耳をひきつける。

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展開部(160小節)の主題変奏からフリッチャイは魂を込めて歌い出す。すすり泣くように弦が歌う“フリッチャイ節”は哀切の極みで、しみじみと聴き手の心に訴えかける弦楽フガートは“涙の音楽”。木管とチェロが淋しげに揺れる分散和音(267小節)、右チャンネルから聴こえる密度の濃いチェロのテーマ(279小節)、濡れたような弦のカンタービレ(284小節)など、フリッチャがその奥義を余すところなく伝えている。

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sv0059j.jpg再現部(301小節)は、フリッチャイが「ここぞ」とばかりに荒武者ぶりを発揮する。飾り気のない粗野な響きは質実剛健といえるが、決して荒れ狂ったり威圧的にならないのがフリッチャイの上手いところだ。

ティンパニの最強打を叩き込む“決めどころ”は、まるでフルベンの魂が乗り移ったかのような鬼気迫るタクトにベルリンフィルの面々が必死に喰らい付くさまが伝わってくる。チェロのトレモロ(331小節)が抜群の分離感で迫ってくる音場の生々しさも、この盤の聴きどころのひとつだろう。

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雄大な流れにのって突入するコーダ(427小節)は、悲しみを満面に宿してオーケストラが歌い出す。深沈とした弦にのって木管は悲痛な叫びを繰り返し、両者が掛け合いながら序々にテンポを速めて揺れ動くスタイルは“浪漫の大家”を思わせるもので、入念な分散和音のトレモロから導き出される気宇壮大な終止打撃は、“運命”に真正面から立ち向かっていくフリッチャイの気魄が漲っている。(501小節の第1ヴァイオリンをオクターブ上げ、538小節に32分休符を入れて演奏)
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第2楽章 モルト・ヴィヴァーチェ
sv0059e.jpg贅肉をそぎ落とし、シャッキリと明晰なリズム感覚でフリッチャイはスケルツォを料理する。

切れのよい拍節感とスリムな響きが心地よく、清新溌剌たる躍動感が聴き手の快感を誘っている。副主題(93小節)の旋律にホルンを重ねるのはレトロな巨匠の常套手段(ワーグナー改変版)であり、太い音でたっぷりと歌い出される勇壮なファンファーレが気分を大きく高めている。

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聴きどころはスケルツォの乱舞(272小節)で、フリッチャイはゴツゴツと固いティンパニを杭のように打ち込んで攻めの音楽を展開。ここではフルベン時代の“鉄血サウンド”が全開で、畳み掛けるようにトリオに乱入する無骨な棒さばきは古武士のようである。トリオは滔々と流れるチェロの歌、艶消ししたホルンの響き、小鳥が囀るオーボエの対旋律(カデンツァ)など、密度の濃い名人芸のオンパレードだ。


第3楽章 アダージョ・モルト・エ・カンタービレ
sv0059g.jpgアダージョはフリッチャイが心で奏でる崇高な音楽だ。ゆたかな歌が溢れんばかりの第1主題、深沈と祈りを込めて歌われる第2主題など厳粛で気高い気分が流れている。たっぷり注がれる弦楽にのって、清らかに歌い出される木管のハーモニーの美しさといったら!

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変奏部(43小節)はベルリンフィルの弦楽セクションが、フリッチャイの敬虔さに応えるように腕によりをかけて歌い出す。

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ゆったりとしたテンポにのって、装飾的な音型を1音1音、実直に紡ぎ出す真摯な音楽とその味わい深さは比類がなく、何ら虚飾のない清らかなフレージングが聴き手の心を掴んで離さない。クラリネットとホルンが天上のデュエットを奏でる星空の高み(第2変奏)や、極上の音色を聴かせる第3変奏など、美しい楽の音が聴き手を遙かなる高みへと導いてくれる。

sv0059h.jpgしかし、フリッチャイは決して幸福な気分に浸ろうとはしない。〈警告のファンファーレ〉(131小節)で荒々しいまでの気魄を込めて、我とわが身に鋭いムチを当てて最後の闘いに臨まんと決意する。耳が痛くなるようなのブラスの強奏から痛切さがひしひしと伝わってくるが、その解決をフィナーレに委ねるかのようなリタルダンドも印象的だ。

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第4楽章 プレスト-レチタティーヴォ [開始]
“恐怖のファンファーレ”はフルートが明瞭に鳴り響き、低音弦の“レチタティーヴォ”は強固な信念は後退して気分は穏やかである。速いテンポで晴朗に流れる“歓喜の主題”はことさら劇的な起伏は作らずに淀みなく流れ、管楽器が朗唱する《歓喜》の総奏(164小節)も大らかである。

sv0059p.jpg大きな聴きどころは、フィッシャー=ディースカウ(当時32才)のレチタティーヴォ。まるで徳のある高僧か弁者の説法を聴いているかのような知性ゆたかな、しかも説得力のある歌いっぷりは圧巻の一語に尽きるといってよく、「フロイデ!」と大見得をきるあたりは抜群の存在感を示している。

ゼーフリート、フォレスター、ヘフリガーといったの独唱陣もフリッチャイのオペラ・レコーディング・チームのレギュラー・メンバーで、当時の最高のキャスティング。

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最大のクライマックスは《歓喜の主題》がトルコ風の行進曲となるアレグロ・アッサイ・ヴィヴァーチェ。オーケストラを鞭打つように速いテンポで突き進むところは実に勇ましく、次第に熱を帯びて苛烈なシンバルを「これでもか」と打ち込んで喧嘩腰で仕掛けるところはフリッチャイの気魄が漲っている。

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sv0059i.jpgこれに負けじとテノールのヘフリガー(当時38才)が、張りのある美声で《太陽賛歌》を轟かせ、勇猛果敢にオーケストラに対峙する。

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ここではヘフリガーがカラヤン盤(1955年)ほどゆとりを持たない。まるで指揮者に鞭で尻を叩かれ、綱渡りをやっているようなスリリングな歌い回しがすさまじく、鬼気迫るような切迫感は尋常ではない!

サクサクと軽快に駆け走る弦楽フガートの緻密な器楽アンサンブルと、精気溌剌とした聖ヘドヴィヒ聖歌隊の《歓喜の合唱》も秀逸だ。落ち着きと深みのある《抱擁の主題》、弦楽合奏に柔らかくとけ込ませた《星空の彼方に》など、その澄み切ったハーモニーと歌詞が明瞭に聴き取れる奥行き感のある音場は特筆モノである。

sv0059f.jpg最後の大見せ場はオペラのフィナーレを思わせる歌唱アンサンブルによるアレグロ・マ・ノン・タント。弦の小走りのフレーズに続いて、独唱陣が絶妙のカデンツァを聴かせてくれる。

〈あなたのやさしい翼の憩うところで〉を独唱が纏綿と歌いまわすところが最高の聴きどころで、女声の歌い方に古臭さを感じさせるところはあるが、年齢のわりにはクールで分別くさいF=ディースカウを後目に、ゼーフリート(当時47才)が気持ちを込めて艶美なカデンツァを決めている。  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

プレスティシモのコーダは、フリッチャイがフルベン顔負けのアッチェレランドによって聴き手の興奮を喚起する。マエストーソから合唱と管弦楽を雪崩れ込ませ、一気呵成にプレスティシモのフィニッシュに突入する荒武者ぶりが刺激的で、最後にトランペットを突出させて締めるあたりは実演さながらの音のドラマといえる。“フルトヴェングラーの再来”と謳われたフリッチャイがステレオで遺したお宝の一枚だ。


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[ 2015/12/26 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)