ピエルロのマルチェッロ/オーボエ協奏曲ハ短調

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マルチェッロ/オーボエ協奏曲ハ短調
ピエール・ピエルロ(オーボエ)
クラウディオ・シモーネ指揮 
ヴェネツィア室内合奏団
Recording:1968.6.26,27 (Erato)
Location: Villa Camellini, Piazzola sul Brenta
Length: 11:36 (Stereo)
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アレッサンドロ・マルチェッロ(1669~1774)はバロック後期の作曲家で、裕福なディレッタント音楽家のみならず、詩人、哲学者、数学者としても活躍した。

sv0062b.jpg代表作のオーボエ協奏曲(1716年アムステルダム出版)は、バッハがチェンバロ独奏用に《BWV974》として編曲・復元して広く知られるようになった名曲だ。そのため、「ニ短調」と「ハ短調」の2つ異稿が存在する。

この曲は、長い間、原作者が一体誰であるのか判然とせず、ヴィヴァルディの作品ではないかともいわれてきたが、バッハの編曲がきっかけとなって、ようやく楽譜がヴィヴァルディによって再発見された。

しかし、“対位法を愛好するヴェネツィアの貴族”と自称した弟のベネデット・マルチェッロ(1686-1739)の作とする説もあり、いまだ謎は多いとされる。


2つの稿では、第2楽章アダージョ(とくに中間部以降)の独奏パートの旋律線が大きく異なっている。8分音符の旋律線が主体のニ短調に対し、ハ短調は16分音符の中に32音符を配したなだらかな音階風メロディーといった違いがあるが、哀愁に満ちたカンティレーナをしみじみと味わうには、やはり「ハ短調」で聴きたい。

sv0062u.jpgところが市販のディスクでは演奏の自由度が高いからか、ホリガー、シェレンベルガーをはじめとする現代の名手のほとんどがニ短調で演奏し、ハ短調はコッホ、ピエルロなどのごく少数派で聴けるにすぎない。

演奏するにあたっては、原曲の和声や構造が簡素であるために、通奏低音の処理や独奏パートの装飾の入れ方などが演奏者の即興に委ねられる度合いが大きく、版の違い以上に演奏者によって異なった演奏に聴こえるのがこの作品の魅力といえる。

SolistVer.LevelSourceTotal
Pierlotc mollEratoRECD28283:134:423:4111:36
Kochc mollRCABVCC374543:295:043:2111:54
Schellenbergerd mollDENONCOCO704653:024:212:309:53

ここでは、フレンチ・スタイルのピエール・ピエルロのオーボエが大きな聴きものだ。短いドイツ・カットを施したリードを大柄な体で操るローター・コッホの突き抜けるような高音と硬いクリスタルのような響きに対し、ピエルロのそれは葦笛のような、いかにもフランスのオーボエらしい軽やかな冴えた発音と、気品のある響きが最大の魅力だろう。

「ピエルロが、60年代後半から10年間にシモーネ指揮で録音したこのジャンルのオーボエ協奏曲から名品を集めたアンソロジー。なによりもピエルロの柔らかく気品のある音色が魅力だ。マルチェッロやアルビノーニのアダージョ楽章の、美しく旋律の余韻嫋々とした演奏はエレガンスの極みである。」 美山良夫氏による月評、WPCS10319、 『レコード芸術』通巻591号、音楽之友社、1999年)


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                   1992.10 in Venezia by Rag_Nyans

第1楽章 アレグロ・モデラート
ピエール・ピエルロ(1921~2009)はフランスを代表するオーボエ奏者で、ハインツ・ホリガーの師匠でもある。ここではエレガントな風情と抜群のセンスによる歌い回しの秀麗さが特筆モノで、やや細めの音で軽やかに舞う“フレンチ・トーン”がすこぶる魅力的である。

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(Arranged for 4 Recorders and Basso continuo in G-minor : Annette Mondrup & Christian Mondrup)

甘美な音色によって、哀愁をたっぷりと感じさせてくれる第2句(14小節)もたまらない。ごく自然に振る舞いながらも目の覚めるような凝った装飾を強音でいとも鮮やかに決めるコッホや、歯切れ良い技巧的な装飾を華麗に散りばめるシェレンベルガーのような達人に比べれば、ピエルロはこれ見よがしな名人芸は控え、語尾に入れる装飾(モルデント)以外はひたすら楽譜に忠実に、ゆとりを持ってたゆたう語り口が心地よい。

明るい気分で晴朗に駆けめぐる中間部(22小節)も魅力たっぷりだ。生き生きとした生命力と気品を満面に湛え、おおらかで明るい音色と冴え冴えとした技巧によって、淀みなく歌い込んでゆくところは名人ピエルロの独壇場である。イ・ソリスティ・ヴェネティの弾力感のあるアンサンブルも出色のもので、バッソ・コンティヌオ(通奏低音)が水も漏らさぬようにピタリと付けているところなど、緊密な合奏美を堪能させてくれる。
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第2楽章 アダージオ
独奏オーボエが奏でる哀愁に満ちたアダージョは、イタリア映画『ベニスの愛』(原題 Anonimo Veneziano、1971年)のテーマ音楽に用いられたことで一躍有名になった音楽で、アルビノーニとならぶバロック期の名アダージョ。「ハ短調版」の魅力は、語尾に装飾(モルデント)を施した8分音符による上昇音階風のメロディーが、16分音符、32音符をくわえた細やかな揺らぎを伴って、しっとりと哀感を込めて歌われるところにあろう。

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sv0062c.jpg装飾(一部を改変)を取り払い、クリスタル・ガラスのような深く強い音で聴き手を酔わせるコッホ、夜鳴きラーメンのチャルメラのような響きで随所に高度な装飾を入れてよろめくシェレンベルガーに対し、ここではピエルロのしみじみとした情感と、切々たる悲哀感が紡がれるカンティレーナがすこぶる魅力的である。

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とくに中間部のゆったりとしたテンポと、リテヌートをかけたモノローグのような語り口の巧さは比類がなく、これが決して安っぽくならないところがピエルロの名人たるゆえんだろう。楽譜にほぼ忠実に、品の良いビブラートによって高貴な芳香を放ちながら、淡くたゆたうところは涙ものである。

sv0062d.jpg旋律を詠嘆調のカンタービレで染め上げる後半のクライマックスも纏綿たる悲しみが感涙を誘うが、甘く人なつっこい音色で聴く者の心を慰め、やさしく語りかけてくれるところが最高の聴きどころである。

繊美にゆらぐ弦楽伴奏も感興をそそり、バッソ・コンティヌオを省くことによって、独奏の名旋律を心ゆくまで味わえるのもこの盤の魅力だろう。
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ピエルロのマルチェッロには4種の演奏が残されているといわれるが、同じエラート盤で、パイヤール室内管弦楽団と演奏したレコードも廉価盤で再発売された時に大評判になったもので、録音データは不詳ながら、これも筆者の愛聴盤のひとつである。

かつてフランス映画 『昼顔』(原題 Belle de jour、1967年)を民放テレビで放送した際に、“セブリーヌの幻想”部分にアダージョを吹替で挿入したのは、この演奏ではなかったかしら(オリジナルには音楽は挿入されていない)。

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第3楽章 アレグロ
リトルネロ形式による快活な終楽章は、いかにもイタリア的な陽気な気分と明るい音色で歯切れ良く駆け走るところがピエルロらしい。音痩せしない突き抜けた高音と難易度の高いウルトラCの装飾を繰り出すコッホ、装飾は無用とばかりに唖然とするような早ワザで直球勝負するシェレンベルガーに比べると、ピエルロは音は細身だが歌心に溢れ、いかにも笛の音らしい洒脱軽妙な粋と甘美な味わいがたまらない魅力。

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後半部を繰り返して演奏しているのも嬉しい不意打ちで、あざとさを感じさせぬ腕の確かさもさることながら、滑らかなキイタッチ、艶やかな音色、爽快なテンポ感によって、解放感あふれる演奏を展開し、聴き手の心さっぱりと洗い流してくれる。

キメ細やかな弦楽合奏がほどよく弾み、独奏を引き立たせるシモーネの采配もツボを心得たもので、透明度の高い伴奏をつけて全曲を爽やかに締め括っている。名人ピエルロが甘美な音色と、歌に満ちたカンティレーナで聴き手を酔わせてくれる出色の一枚だ。

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[ 2016/02/20 ] 音楽 A.マルチェッロ | TB(-) | CM(-)