ドラティの歌劇〈エウゲニ・オネーギン〉ワルツとポロネーズ

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チャイコフスキー/歌劇「エウゲニ・オネーギン」作品24
からワルツとポロネーズ
アンタル・ドラティ指揮
ミネアポリス交響楽団
Recording: 1959.12 Northrop Auditorium, Minneapolis
Producer: Wilma Cozart (Mercury)
Sound Engineer: C.Robert Fine
Length: 10:26 (Stereo)  UCCP7063


“You are there”謳い文句で名高いマーキュリーのリビング・プレゼンス・シリーズは、その場に居合わせるような臨場感を再現した高音質の録音として知られている。リビング・プレゼンス(生き生きとした存在感)とは、ニューヨーク・タイムズ紙のタウブマンの“賞賛の言葉”に許諾を得て、同社のスローガンとなったものだ。
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3本の無指向性の高性能マイクをオーケストラ前面に吊り下げ、補助マイク、リミッター、ブースター、イコライザーを使用せずに、35ミリ・マグネティック・フィルムにおさめたマーキュリー録音は、広いダイミックレンジ、楽器の遠近感、空間の拡がりを現出して一世を風靡した。

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「マーキュリーのCDは一番最後に聴くこと。その後では、どんな録音も色あせてしまうから」という言葉は欧米での常套句となり、「気味の悪いほどの実在感で楽器が浮かび上がり、そのはるか後方にステージ後壁面が現れる。」 田中成和・船木文宏編『200CDクラシックの名録音』より嶋護氏による、立風書房、1998年)



sv0063c.jpgリビング・プレゼンス・シリーズの復刻盤の中でもピカいちの存在が、チャイコフスキーの管弦楽作品をおさめた一枚だ。
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ブロンズ・カノン砲と鐘の実音入りの大序曲《1812年》がとくに有名だが、演奏の質の高さではこれに勝るとも劣らないのが同アルバムの最後におかれた《エウゲニ・オネーギン》のワルツとポロネーズ。筆者がCDを指揮する時に決まって手が伸びる勝負曲。

sv0063d.jpgここではオーケストラ・ビルダーとして卓越した手腕を発揮したドラティが、職人芸ともいえる妙技を存分に披露し、華麗な管弦楽を心ゆくまで堪能させてくれる。

何よりもすばらしいのが決して一流ではなかったミネアポリス響(現ミネソタ響)のパフォーマンスで、ピシッと整った緻密なアンサンブルはもとより、きびきびとしたリズム感冴えた管弦楽が耳の快感を誘っている。

「ドラティは、その実力の割にはオーケストラに“恵まれなかった”指揮者である。晩年になってようやくヨーロッパのメジャーなオーケストラとの録音もいくつか残してはいるが、数は決して多くはない。にもかかわらず、今なお名指揮者としてその名をファンの間にクッキリと印象づけている。最近大量にCD化された、50~60年代のマーキュリー録音は、ロンドン響、ミネアポリス響といった、当時まだ発展途上にあったオーケストラから、いずれも切れる如く、はじける如き生気に満ちた音を引き出していて、その資質を余すところなく伝えている。」 『200CD指揮者とオーケストラ』より中野和雄氏による、立風書房、1999年)



〈ワルツ〉テンポ・ディ・ヴァルス
sv0063f.jpg歌劇《エウゲニ・オネーギン》は、プーシキンの同名作品をもとしたロシア・オペラの最高傑作。ここでは、田舎の領主の娘タチアーナと、その妹オリガの婚約者の友人で、ニヒルな厭世主義者オネーギンとの恋が抒情的に描かれている。

物語は全22曲のナンバーから構成され、第13番ワルツは第2幕の幕開きに、第19番ポロネーズは第3幕第1場冒頭の夜会の場面で演奏される名曲だ。

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ティンパニのトレモロから開始するワルツは優美さと躍動美を併せ持った職人ドラティにうってつけの音楽で、序奏部の木管の断片と、弦の精密なスタッカートの刻みから「行くぜよ」という予感めいたものを感じさせてくれる。ぴちぴちとはじけ飛ぶような管弦のリズム打ちと呼び交わしが気分を大きく高めている。 [幕があがる]

sv0063g.jpg舞台は1820年代のペテルブルク。タチアーナの命名祝日に招かれた大勢の客たちが、ラーリン家の大広間で催された舞踏会に集まっている。

弦の優雅なフレージングによって晴朗に歌うワルツ1(73小節)は、あたかも舞台の情景が目の前にあらわれるかのようで、木管が吹奏するワルツ2(94小節)の軽やかさがすこぶる心地よい。ワルツ3(127小節)ではブラスがくわわり、トロンボーンの和音ががっつりと噛み合わされるとオーケストラは聴き応え充分。   TOWER RECORDS  amazon

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sv0063k.jpgワルツ主題は7度反復されるが、作曲者は5つの短いエピソードを挿入する。ワルツの変形とリズムを組み合わせたエピソード1狩りの情景を連想させる管のきっぱりとした打ち込みと弦の緩やかな応答を繰り返すエピソード2は、力瘤のないみずみずしい管弦の冴えた響きが魅力的。

弦のメロディーにピッコロとフルートが装飾を付けるエピソード3も聴き逃せない。ラプソディックに揺さぶりをかける濃厚な歌わせぶりが感興を高めている。

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sv0063h.jpg弱音で第1ヴァイオリンが奏するワルツ4(207小節)でオネーギンが登場。アナーキーを装いながら、じつは俗世の会話に興味津々。年輩のご婦人たちのそばをわざとゆっくり歩きながら、噂話に聞き耳を立てる。冴えたピッコロとフルートがご婦人たちのお喋りをあらわすワルツ5(259小節)も印象的だ。

「あの男、とんだ不作法者で、礼儀をわきまえない変わり者よ。赤ワインをコップで飲むなんてねぇ、ターニャがかわいそう。」  TOWER RECORDS  amazon

エピソード5(274小節)はタチアーナの妹オルガとその婚約者レンスキーが登場。オルガの気をひいてからかうオネーギンとのやりとりが描かれる。爽やかなワルツの変形モチーフを、チェロのカノンや対旋律で輪郭をくっきりと際立たせるところもドラティのきめ細かな職人ワザで、ステレオの明瞭度と分離感は抜群である! 

sv0063j.jpg舞踏会はいよいよい佳境にはいり、序奏部の刻みが出るとワルツ6が鮮やかに再現する。フィナーレのワルツ7は、ブラスのリズムに力感をくわえて弾むところが心地よく、コーダでは満を持してブラスを解放させて華麗なファンファーレが炸裂! 

ツボを心得たドラティならではのみずみずしいリズム打ちと、そこからから繰り出す精気溌剌としたステップで華やかな宴を締め括っている。ドラティ=ミネアポリスや恐るべし!  TOWER RECORDS  amazon



〈ポロネーズ〉モデラート、テンポ・ディ・ポラッカ
sv0063i.jpgドラティ=ミネアポリス響の底知れぬ実力を知らしめるのが、ポロネーズだ。舞台はグレーミン公爵邸の絢爛たる大広間。夜会のはじまりを告げる壮麗なファンファーレは、今やタチアーナが公爵夫人の地位を得たことを象徴する。

強烈な和音を叩きつけ、弦が力強く駆け上がる逞しさはこのコンビ定番のスタイルといえる。「ぐい」と力で押しきるドラティのポロネーズ・リズムは筋金入りで、付点音符が連続する切分音リズムを鍛え抜かれたフレージングによって力強くさばいてゆく。  TOWER RECORDS  amazon

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「ドラティはオーケストラから聴きたい“音”が引き出せるまでに鍛え上げるそのウデの確かさもさることながら、どんな種類の音楽でも的確にその核心を捉え、よけいな飾り立てをせずストレートにそれを引き出すことのできる、きわめてシャープな音楽センスに支えられていた。それはいわば“即音的”であるが故に、“職人的な技のキレ”に近い耐時性を備えていたのかも知れない。」 『200CD指揮者とオーケストラ』より中野和雄氏による、立風書房、1999年)


sv0063l.jpg軽い転調で変化をつける第2楽句(31小節)は、装飾音符の付いた3連音をハネあげる弦の切れ味が抜群で、シャッキリと弾みをつけたボウイング杭を打ち込むような管の強いアクセントが痛快である。徹底したトレーニングを重ねて楽団を鍛え上げた職人ドラティの面目躍如といえる。

中間部(61小節)は木管の清々しいアンサンブルが興をそそるが、大きな聴きどころはスラヴの哀感をたっぷりと漂わせるファゴットとチェロが奏でるユニゾン主題
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哀調を帯びたメロディーに、暗い影をしのばせるドラティの手口が心憎く、ツボをおさえたようにラプソディックに揺れる歌わせぶりに酔ってしまいそうになる。

sv0063e.jpgファンファーレのきっぱりとしたリズムが帰ってきて、ティンパニと弦が気持ちのよい応答を繰り返すとポロネーズ主題が再現するが、最強奏のクライマックス(124小節)でドラティは熱くなり過ぎない。実直にインテンポをまもって楷書風に弾きぬくタッチが特徴的で、型にはめた“紋切り調スタイル”がある種の快感となっている。

コーダは緊密なリズムにいささかの狂いも生じぬドラティの卓越した棒さばきに驚嘆させられるが、とどめにトロンボーンを「バリッ」とぶち込むスパイスも忘れない。

「ニヤリ」と不気味に笑む“仕事師”ドラティの顔が思わず目に浮かんでくる。ドラティ=ミネアポリス響の骨の太い管弦楽と職人的な名人芸を堪能させてくれる一枚だ。


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[ 2016/03/05 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)