朝比奈のショスタコーヴィチ/交響曲第5番

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ショスタコーヴィチ/交響曲第5番ニ短調 作品47
朝比奈隆 指揮
大阪フィルハールモニー交響楽団
Recording: 1981.2.16 Festival Hall, Osaka (Victor)
Recording Director: Naohiko Kumoshita
Recording Engineer: Fumio Hattori
Length: 47:32 (Stereo Live)
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タワーレコードが復刻したショスタコーヴィチ《第5番》マーラー《第8番》の交響曲を組み合わせたアルバムは、3大Bのスペシャリストの朝比奈にとっては珍しい演目で、とくにショスタコはこの曲の邦人初のレコーディングとされ、朝比奈特有のコクのある骨の太い“大フィル・サウンド”が完成した時期のものだ。

sv0021f.jpg朝比奈によるとショスタコ作品は大フィルの前身である関響時代から交響曲第1番と第5番を好んで取り上げていたというが、大フィルと第1回定期演奏会(1960年5月)で演奏した以外は、北ドイツ放響とのライヴ録音(同年1月)が知られていた程度で、第172回定期演奏会をライヴ収録した当盤は録音条件が整った貴重な録音といえる。

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京大オケ時代に亡命ロシア人のエマヌエル・メッテルに師事した朝比奈(以下オッッサン)にとって、ロシア音楽は音楽人生のいわば原点といってよく、メッテル仕込みの豪快な気風はショスタコーヴィチの作品においてもいかんなく発揮されている。

本番一発録りのテイクであるが故に、合奏の綻びや危うさも随所にみられるが、討ち死を覚悟で真剣勝負に打って出る猛々しさと、荒々しい“大フィルサウンド”が聴き手を圧倒する。

「骨太の音楽にあらわれた朝比奈の存在感に圧倒される。彼が手兵の大フィルとともに手がけた記念碑的なライヴ録音で、現場の熱気まで感じさせるところがいい。じつに生真面目で真っ向勝負の、信念に貫かれた演奏で、今は亡き名指揮者の資質をじかに伝えてくれる。とくに深く感じ入ったのはショスタコーヴィチのきりっと引き締まった迫真の音楽である。巌として迷いのない歩み、常に緊張を失わない弦楽器の響き、やや遅めのテンポで醸し出す雄大なスケール。諧謔味には欠けるとしても、これだけの凄みをみせる演奏はめったにない。」 白石美雪氏による月評より、NCS561/2、『レコード芸術』通巻第678号、音楽之友社、2007年)



第1楽章 モデラート
sv0064a.jpg「ぐい」と強い筆圧で弾ききる低音弦のカノン進行は力強く、「出だし千両」が口癖のオッサンらしい気魄に充ちた緊迫感が、のっけから聴き手を圧倒する。

1音1音を厳粛に紡ぐオッサンの生真面目な足取りは確かな手応えを感じさせてくれるもので、高弦がたなびく澄みきった響きからは、崇高な気分すら漂ってくるではないか。

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もってりと吹き出されるフルートとクラリネット、滔々と副主題を歌い上げるヴィオラのコクのあるフレージングも特筆モノで、弓をたっぷりと使い、息を大きく吹き込むことを重んじる“朝比奈節”が苦悩に充ちた楽想をあますところなく描き出す。死者を弔うかのような鎮魂の気分の中に、一本筋が通っているのがいかにもオッサンらしい。

sv0064b.jpg音楽が動き出すのは、第2主題を拡大して示威的な行進曲となる展開部(練習番号17)。不気味なピアノのリズムにのって、ブラスが鈍い響きで打ち込むマーチは威勢がよく、リズムは重く美感を欠くが、オーケストラを力づくで引き回して高揚するところは音楽が勇ましい。

その頂点(練習番号27)で小太鼓をガンガン叩き込んで突き進む壮大なファンファーレ(ポコ・ソステヌート)は、オッサンが岩だらけの山道を素手でよじのぼるような骨っ節の強さがある。

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圧巻は序奏と上下を逆転した弦楽カノンに、ブラスが副主題をぶつける強大な二重カノン(練習番号32)。マシンガン銃のような小太鼓の生々しい衝撃感には仰天するが、赤穂浪士の討ち入りのごとく敵陣の中へ正面きって突進する猛々しさは比類がなく、「ぶぁ~と思い切って吹け!」と楽員を鼓舞するように、野性的な“大フィル・サウンド”を全開させて強行突破するオッサンの力業をとくと堪能させてくれる。

sv0064c.jpg第1主題を総奏で歌い上げる再現部(練習番号36)もオッサンの荒武者のような気魄に揺るぎがない。メッテル師仕込みの強烈な打撃を叩き込み、オーケストラが軋むような音を立てて絶叫する強烈なユニゾンは、ゴツゴツとした原石剥き出しの武骨さで聴き手をねじ伏せる。その威厳にみちた足取りと尚武の気風はオッサンの面目が躍如している。

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苦悩と闘争のあとに、ひとときの安らぎを感じさせるフルートとホルンのカノン進行(練習番号39)も聴き逃せない。夜のしじまの中で秘めやかに漂い、儚く消えてゆく独奏ヴァイオリンの澄みきった抒情美(コーダ)は、木訥剛毅なオッサンが曲尾でみせる“奥の手”といってよく、聴き手には嬉しい不意打ちだろう。



第2楽章 アレグレット
sv0064e.jpgリズムは野暮ったいが、低音弦を「ズンズン」打ち込んで勇ましく突き進むところは浪花の親方そのものだ。

祝典的なファンファーレにひと呼吸のパウゼを入れるのも田舎臭く、打楽器を「ドカドカ」とぶっきら棒に叩き込むところは、まるでヤクザの親分が組員を引き連れて殴り込みをかけるような武骨さで、軽妙なユーモラスや諧謔味にはほど遠い。
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ここでは管楽器の独奏やアンサンブルの調子が今ひとつ上がらず、キメの粗さやリズムの甘さ、ピッチの不正確さなど、かつて「関響はひどい、あれでは管狂だ」と揶揄されたこのコンビの“泣きどころ”も随所に露呈する。

sv0064d.jpgとくにマルチ的な録り方と響きの不足のせいか、演奏が丸裸にされたように聴えてくるのは奏者にはいささか気の毒だろう。そのようなコンディションの下で、コンサートマスター(稲庭達か)の独奏ヴァイオリンの腕の確かさがひときわ光る。

ティンパニの痛烈な打撃で「がつんがつん」と締め括るコーダの荒々しいまでの気魄も圧巻で、「とにかく力いっぱい大きな音で弾け!」と檄を飛ばすオッサンの心意気を感じさせる力強いフィニッシュといえる。
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第3楽章 ラルゴ
sv0021a.jpgオッサンは極太の毛筆に墨をたっぷりつけて、抒情的な楽想を壮大に歌いぬく。「これでもか」と弦に圧力をかけ、クレッシェンドでぐいぐい盛り上げていく頂点のラルガメンテ(58小節)は、マーラー音楽のような重厚さで音楽の肝を鷲掴みするのがユニークだ。

第2主題のフルートとハープ(練習番号79)、第3主題のパニヒーダ(練習番号84)を切々と紡ぐ木管とグロッケンシュピールなどマルチ・マイクで捉えた音場もじつに明瞭。

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「真ん中の2つの楽章は大変面白く、まあ全体に傑作といっていいですな。私はこの曲をハンブルクの北ドイツ放送交響楽団でやったことがあるんですが、第3楽章をやっていると楽員同士コソコソといっているんです。〈これ、マーラーじゃないか〉と・・・・」 『朝比奈隆 音楽談義』より、芸術現代社、1978年)


sv0021c.jpg中間部の音楽は真実味に溢れ、「ここぞ」とばかりに低音弦をごりごり打ち返して激高する頂点(練習番号89)の決めどころは、このコンビらしい豪快なサウンドを堪能させてくれる。

最大のクライマックスは、チェロが「ぐい」と最強奏で弾きぬくデクラマシオン(練習番号90)。オッサンは身をよじるように精魂を込めて〈パニヒーダ〉を歌いぬく。

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ひたむきに己が心情を音に託し、音を抉るような勁烈な力は確信に充ちたもので、内部に強い緊張感と威厳を秘めた迷いのない音楽が感動的だ。「楽譜を理解するだけでは十分ではない、音楽は魂で掴み取るものなんじゃ」といってはばからぬオッサンの声が聞こえてきそうだ。



第4楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0021b.jpgどっしりと立ち上がる行進テーマはオーソドックスなドイツ風のスタイルを継承したもので、堅固な構築物のように威風堂々と突き進む。オッサンが東ドイツの楽団に客演した際に、「アーベントロートそっくりだ」と言われたことに「なるほど」と頷けよう。

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めくるめくテンポの変転や機動力を生かした名人芸に背を向けた腰の重いマーチはモッサリしたスタイルだが、革命歌調のファンファーレ(練習番号108)を凱歌のように「がっつり」と吹き上げる総奏(練習番号110)は、“浪花のど根性”というべき野性味に溢れ、野武士を思わせる指揮者の芸風にぴたりマッチする。
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sv0004c.jpg聴きどころは、トランペットのオスティナートの後に銅鑼をくわえた強烈な打撃で再現する第1主題の総奏(練習番号111)。猛獣の大咆吼のごとく発射された大音響は凄まじいばかりの破壊力で、牙を剥き出しにした大フィルのパワーに腰を抜かしてしまう。

「よよ」と泣き崩れるように浪花の浪漫をこってりと織り上げる2つの〈エピソード〉(練習番号113,119)や、行進曲が帰ってくる再現部(練習番号121)の緊迫感も無類のものだ。

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ホルンが回想する革命歌がずっこけるなど大きな綻びも飛び出すが、複数のテイクを繋ぎ録りした音盤に演奏芸術の本質を云々する批評家が、演奏技術の精度によって朝比奈=大フィルを論ずるのはけしからんことで、適度に荒れた雑味の中にこそ本物の旨味と音楽の醍醐味が仕込まれている朝比奈芸術の本質を見誤ってはならない。

sv0021e.jpg喨々と吹き上げるロシア民謡風の主題(練習番号129)は、戦時中に白系ロシア人が多く属していた満州のオーケストラを指揮した経験を思わせるスケール感があり、シコを踏むように闊歩するコーダの威勢も絶大! 

とどめはこのコンビの代名詞たる「ずしりと響く重低音と金管の豪快な咆哮」をぶちかまして、オッサンは最後の博打に打って出る。
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ピッチの不正確さや合奏のキメの粗さもなんのその、息も絶え絶えに絞り上げる全管弦楽の猛烈な怒号と、あらん限りの力を込めて叩き込む打楽器の大連打は、ライヴならではの壮絶なフィナーレを伝えてあますところがなく、浪花の親分が討ち死に覚悟の一発録りで大勝負を挑んだ渾身の一枚だ。


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[ 2016/03/19 ] 音楽 ショスタコーヴィチ | TB(-) | CM(-)