アーノンクールのハイドン/交響曲第94番「驚愕」

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ハイドン/交響曲第94番ト長調「驚愕」Hob.Ⅰ-94
ニコラウス・アーノンクール指揮
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
Recording: 1990.2 Concertgebou, Amsterdam (Teldec)
Exective Producer: Wolfgang Mohr
Recording Producer: Helmut Mühle
Recording Engineer: Michael Brammann
Length: 23:08 (Digital)
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ベルリン生まれ、グラーツ育ちのアーノンクールは、Hを発音しないフランス風の姓からユグノー教徒の末裔を連想させるが、本人によるとロートリンゲン地方の名前で「ハルノンクーア」またはフランス風に「アルノンクーア」(ルはわずかに発音)と発音し、貴族の家系であるらしい。

sv0068b.jpg古楽の旗手アーノンクールは、1980年代になるとモダン楽器のオーケストラであるコンセルトヘボウ管を指揮、カラヤン亡きあとは、ベルリンフィルやウィーンフィルの楽壇にも登場したが、生前はカラヤンが振らせなかったという俗説もある。

古楽の演奏で培ったノウハウを武器に独自の解釈で作品に付いた手垢を洗い落とし、“新鮮な響き”で聴き手を楽しませてくれるのがアーノンクール演奏の魅力。

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ここに収めた《驚愕》は、新しいことをやらずにはいられないアーノンクールにうってつけの曲といってよく、「何か変わったことで聴衆を驚かせたい」作曲者の思惑とぴたり一致する。何よりもアーノンクールが作曲者の仕込んだユーモアに激辛のスパイスをくわえて切り込んでゆくのが痛快で、聴き慣れた古典作品から刺激と興奮をあたえてくれる。

富んだおもしろい演奏を展開してくれる。あいかわらず主張はこの上なく明確であり、随所になるほどと感じさせるが、これまたいつものように、これほどまでにやらなくてもとも思わせられる。そんなアーノンクール解釈の全てが出た演奏で、好き嫌いが分かれそうだ。」 樋口隆一氏による月評より、WPCC4301、『レコード芸術』通巻591号、音楽之友社、1997年)


「ドラティが楷書体の剛腕投手的であるならば、このアーノンクールは隷書体でコントロール抜群の変化球投手といったところだ。ハイドン音楽の明るさの中にあるユーモアや皮肉といった側面をさらにスパイシーに味付けし、それが強い説得力を持つ表現体としてさらに磨きをかけている。コンセルトヘボウ管も伝統あるオーケストラだが、アーノンクールのしなやかでかつ求心力の強い指揮に十全に対応し、指揮者の個性をオーケストラ自らの原動力にしていく感じだ。」 草野次郎氏による月評より、WPCS5780、『レコード芸術』通巻675号、音楽之友社、2006年)



第1楽章 アダージョ・カンタービレ
sv0045p.jpg導入主題のもったいぶった木管の問いかけ、意味ありげな弦の応答と湿っぽい歌がただならぬ予感をあたえている。

主部は短めのスラーと漸強弱をともなった古楽特有のフレージングを実施して幾分音が薄くなるが、さっぱりと清々しい歌が流れてゆくのがアーノンクール流。

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管楽器のリズム打ちがくわわる総奏は、固い強音が杭を打つようにしっかり鳴りきるところは無骨といえるが、音楽の輪郭はすこぶる明瞭。ホルンの音を割った強奏や、管楽器のリズムを「ガシガシ」打ち込んで、弦の分散和音をかき消してしまう荒ワザを仕掛けるあたりは、武闘派アーノンクールの面門躍如たるところだ。

sv0068c.jpg朗らかな第2主題(66小節)もユニークだ。短く切り刻むようなシンコペーションと、ちょこまかとコマ鼠のように動きまわる16分音符のフィギュレーション(70小節)がコミカルなハイドン像を伝えている。

ダンスを踊り出すようなコデッタ主題(80小節)も洒落っ気とお色気たっぷりで、宮廷的な雰囲気がそこかしこに漂っている。

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「アダージョ・カンタービレではじまる序奏は、まさにこれから何がはじまるのかという期待をもたせるような問いかけがあり、こうしたところはアーノンクールの独壇場だ。そしてヴィヴーチェ・アッサイの第1主題も、8分の6拍子のリズムに乗って、雄弁な語り口だ。ニ長調の第2主題も軽妙で、アーノンクールの音楽的な語彙の豊富さに関心する。」 樋口隆一氏による月評より、WPCC4301、『レコード芸術』通巻591号、同上)


sv0068e.jpg展開部(108小節)はオーケストラの歯切れの良さが際だってくる。GからAに変わったティンパニの連打でアクセントを鮮明につける管弦の打撃(125小節)や、ティンパニの気持ちのよい一撃で駆け上がる再現部の力強いユニゾン(176小節)は音楽に活力がみなぎっている。

再現部の終止(コデッタ)の目の覚めるような総奏(210小節)の鮮度の高さも抜群である!

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第2楽章 アンダンテ
sv0068a.jpg速めのテンポで歌うズテーテン民謡は、典雅な曲想に背を向けたような素っ気なさ。「がっくり」と気のぬけたような終止など芝居じみているが、16小節目の唐突の一撃は、固定観念を打ち破らんばかりの気合いを込めて、「えい!」と力まかせに叩き込む。

これはかなりびっくりする。アーノンクールがぎょろ目をむいて、突然怒りを露わにして爆発するところがディレッタント的で、音楽マニアには嬉しい“不意打ち”だろう。

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「第1楽章ではリズムが弾み、アクセントも明瞭で心躍るようなフレーズの起伏を楽しませてくれる。やがて来る第2楽章の“びっくり音”の仕掛けをほくそ笑んでいるかのようなここでの明るさだ。」 草野次郎氏による月評より、WPCS5780、『レコード芸術』通巻675号、音楽之友社、2006年)


「第2楽章は何度聴いてもびっくりする。衝撃の鮮度が抜群にいいのだ。当時の演奏の再現ではなく、初演時に聴衆に与えた感銘を今の聴衆にパラレルに伝えたいというアーノンクールの演奏ポリシーが示された演奏である。」 ハイドン没後200年特集「期は熟した! 104曲を味わい尽くそう」より那須田務氏による、~『レコード芸術』通巻第705号、音楽之友社、2009年)


sv0068f.jpg第2楽句は、うってかわって抑揚をつけて歌い出すが、変奏部にはいると、素朴な民謡がいつしか荒れた音楽になってゆくところが傑作だ。

とくに装飾的なバロック調のオブリガートが出現する第2変奏の後半など、派手なフレージングと強いアクセントでバシバシと強圧的に決めているところに仰天してしまう。激辛スープの後の第3変奏は、清楚な木管アンサンブルが一服の清涼剤になっている。

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アーノンクールが、やたらムキになって管弦のパンチをお見舞いするダイナミックな第4変奏もかなり過激で、やおら怒りをぶちまけてやりたい放題。軍隊行進曲のような金管の連呼も苛烈で、それだけに、コーダの「とほほ・・・」と後悔するかのような気の落ち込みようは、まるで喜劇である。


第3楽章「メヌエット」アレグロ・モルト
sv0068g.jpg速いテンポのメヌエットは、ウキウキと弾むような楽しい気分に溢れている。まるで舞踏会でひらひらと舞うような軽やかさで、演奏者がノリにノって興じるさまが浮かんでくる。

トリオはちょっと思わせぶりな表情が心憎く、ドレスで着飾った女性が舞踏会で“いい男”を見つけ、「ちろちろ」と流し目でお色気を振りまくような宮廷的な雰囲気を漂わせている。
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後半では厚化粧の年増の女性(第1ヴァイオリン)の香気に惑わされた気の弱いオタクの男性(ファゴット)が、騙されてふらふらとついて行くさまを連想せずにはいられない。


第4楽章「フィナーレ」アレグロ・モルト
sv0068h.jpgフィナーレもメヌエットの気分を引き継いで、朗らかなニュアンスが満開だ。第1主題はフィギュレーションの走句で駆け走る愉悦感とみずみずしさに溢れ、テンポがぴたりと決まっている。ここで第1のサプライズは74小節の突然のゲネラル・パウゼ

2つの主題の間に「ぽっかり」と開いたエア・ポケットは、まるで別の時代に迷い込んだような不思議な気分に浸らせてくれるではないか。

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アーノンクールは「ゲネラル・パウゼは、音楽をドラマティックに盛り上げる効果を生み出す重要な道具なのです」と語るように、まるでハイドンの時代にタイムスリップしたかのように歌う第2主題の貴族的な気分は、まぎれもなくアーノンクールの世界である。


sv0068i.jpg展開部(104小節)は小気味のよいティンパニの打点にのせて、歯切れの良いアンサンブルがスピーディに展開、第2のサプライズはティンパニのトレモロがくわわる再現部のコデッタ(226小節)にやってくる。

第1主題のウラで、まるで遠雷のように轟く不気味な鼓動音が、「すわ、何ごとか」と聴き手を不安な気分に陥れるところはまるで劇音楽。

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「待ってました」とばかりに「バタバタ」と立ち上がるティンパニの物々しい連打は、思わず「やってくれるぜ!」と快哉を叫びたくなる名場面で、皮の質感を感じさせる打点のつぶ立ちの良さが耳の快感である!

爆発的な勢いをつけて突っ走るコーダの荒武者ぶりもすこぶる刺激的で、歯ごたえのあるサウンドが聴き手を興奮の坩堝に誘い込んでいる。驚きと刺激をあたえてくれること請け合いの一枚だ。


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[ 2016/05/28 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)