ミュンシュのメンデルスゾーン/交響曲第5番「宗教改革」

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メンデルスゾーン/交響曲第5番ニ長調作品107「宗教改革」
シャルル・ミュンシュ指揮
ボストン交響楽団
Recording:1957.10.28 Symphony Hall, Boston (RCA)
Producer: Richard Mohr
Recording Engineer: Lewis Layton
Length: 27:08 (3ch-Stereo)
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メンデルスゾーンの交響曲は出版の順に番号が付されたため、第5番は作曲の順序でいえぱ2番目にあたる21歳の若書きの作品だ。 ルター改革300周年の祝典のために作曲されたものの初演は失敗におわり、その後に改訂を試みたが作曲者が納得しないまま放置されてしまった経緯がある。楽譜のタイトルは“教会改革の祝典ための交響曲”

筆者がこの曲を知ったのは学生のときで、小遣いを貯めて買った廉価盤が《イタリア》とカップリングされたミュンシュ盤だった。LPはボヤけた貧相な音質だったが、メンデルスゾーンらしいロマンティックな楽想と静謐な雰囲気をたたえた第5番の虜になってしまい、このレコードを骨までしゃぶるように聴いたのが懐かしい思い出である。

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ここで聴くミュンシュの演奏は一筆書きで仕上げたような豪快なスタイルで、敬虔な気分を宿しながらもクライマックスに向けて劇的に高揚する音楽がじつに感動的だ。中間楽章の美しい楽想をロマンティックに歌わせる手口も特筆モノで、とくに弦の上手さは抜群である。フィナーレの決めどころで絶叫する“やぐらの主題”の勝ち鬨を上げるような解放感も比類がなく、ボストン響の輝かしいオーケストラ・サウンドを堪能させてくれる。

SACDで甦った「リビング・ステレオ」はステレオ初期のRCAの高音質録音で知られるが、オリジナルは3チャンネルで収録されている。とてつもないダイナミック・レンジ、シルクのような弦楽器のしっとりとした味わい、木管のみずみずしい冴えた響き、目の覚めるようなブラスのシャープな輝きなど、クオリティの高いボストン・サウンドが目の前に鮮やに再現する。オーケストラの左右の広がりなどは驚異的でおよそLPの比ではない。

「ミュンシュらしく、直截な表現で、内部に情熱が燃えるような演奏だが、オーケストラを強引に引き締めており、造形は端然としている。このレコードでは〈宗教改革〉がいっそうスケールの大きい名演奏で、豪放な力と情熱がこの指揮者の堂々とした風格を示している。これは同曲中のすぐれた演奏のひとつである。」 小石忠男氏による月評より、RCL1009、『レコード芸術』通巻第363号、音楽之友社、1980年)


「メンデルスゾーンの交響曲第5番は、57年の録音。今日の感覚からすると重厚にすぎる印象もうけるが、いったんミュンシュの緩急自在な表現の術中にはまると、そうしたことなどどうでもよいと思えてくる。ボストン響の緻密で、自発性に満ちた溌剌としたアンサンブルはここでもきわめて雄弁に音楽を語りかける。」 岡本稔氏による月評より、BVCC7908、『レコード芸術』通巻第574号、音楽之友社、1998年)


第1楽章 アンダンテ-アレグロ・コン・フォーコ

sv0007e.jpg序奏部の敬虔な主題は《ドレンデン・アーメン》を借用した基本動機でカトリック教会をあらわす旋律だ。17世紀頃よりドレスデンの宮廷教会堂で用いられ、讃美歌567番の3として歌われているもの。管楽器の放つ鮮明なコラールとシルキーな弦の奏する〈アーメン〉の上昇旋律が静謐な気分をしっとりと湛えている。

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主部(42小節)は劇的で力強い。ロンドン交響曲(ハイドン)風の重厚な楽想を太い筆致でぐいぐい弦を押し込んで突き進むところがミュンシュらしく、主題の発展(86小節)から分散和音を華麗に弾き飛ばす凄腕の弦楽セクションに腰を抜かしてしまう。フガートから一気呵成に第2主題に突っ込む気っ風のよさが痛快といえる。

晴れやかな第2主題は、ボストン響の上質の絹を思わせる弦の美しい音色と、軽やかなフレージングを堪能させてくれる。大きな聴きどころは展開部(200小節)で、不気味に響く管のコラールに弦の刻みが緻密に応答を繰り返し、うねるようにクレッシェンドを重ねて総奏へ盛り上がってゆく場面に鳥肌が立ってくる。ゆるやかな進行形主題が劇的に盛り上がってゆくクライマックスは手に汗握る展開で、音楽はドラマティックだ!

sv0007h.jpgトランペットがつんざき、テンパニを加えた管と弦が2分音符の和音を交互に叩きつける371小節の決めどころは、指揮者が手の内に収めた“暴れどころ”で、百戦錬磨の強者であることをまざまざと感じさせてくれる。それもそのはず、家系がドイツ系であるミュンシュは、メンデルスゾーンにゆかりの深いゲヴァントハウス管弦楽団のコンサート・マスターをフルトヴェングラーやワルター指揮の下でつとめ、メンデルスゾーン演奏の妙諦を会得したと考えても不思議はない。

コーダ(ア・テンポ)はティンパニとトランペットのリズムに導かれて第1主題が行進曲風に再現する。弦楽器が大きく波打ち、管楽器が絶叫するフィナーレが楽章最大のヤマ場で、ティンパニの乱打がくわわって音楽は烈火のごとく高揚する。指揮者が「ニヤリ」と“悪魔の笑み”を浮かべるや、指揮棒を風車のように振り回して大暴れする様が目に浮かんでくるようで、フィニッシュの暴力的ともいえるダメ押しの一手もすさまじい。


第2楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ

sv0007b.jpg記念祭を祝う人々の喜びを歌った舞曲は、“スケルツォの達人”といわれたメンデルスゾーンらしい軽快な音楽で、〈アーメン〉の進行形と反行形を用いて高雅で妖精的な雰囲気を漂わせている。ここでは歯切れの良いリズムにのって、チャーミングに歌うボストン響の木管楽器がものをいう。指揮者のパッションが爆発するような総奏は、豪快で馬鹿陽気に弾んでいるところがユニークである。
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トリオは牧歌調のメロディーをオーボエが情緒ゆたかに歌い回す。ここで対声部のチェロとヴィオラが優美なメロディを滔々と歌い上げるところが大きなご馳走で、後半では哀愁を漂わせた楽想がうねるように流れ出すところは中世のロマン的香りが溢れんばかり。最後にクラリネットが楽譜にない装飾を入れる改変は、当時のアメリカで流行したものだろうか(トスカニーニは入れるがカラヤンは入れない)。

第3楽章 アンダンテ

〈アーメン〉の形を使った歌謡調の調べはロマンティックの極みで、美しいカンティレーナをしっとりと紡ぐボストン響の弦の美しさに酔わされてしまう。とくに第2楽句(21小節)の無言歌はこの楽章の白眉であり、哀しみを湛えた弦楽が啜り泣くように メランコリックな表情を擦り込んでゆくところは涙もの。第1楽章の第2主題を力強く回想し、“来たる勝利”への高まりを聴き手に早くも確信させるあたりがミュンシュらしい。

第4楽章 アンダンテ・コン・モート-アレグロ・ヴィヴァーチェ

sv0007g.jpgフルートの序奏主題は、ルターが民謡から着想したコラール《われらが神は堅き砦なり》(Ein feste Burg ist unser Gott)で、賛美歌267番《神はわがやぐら》を引用したもの。ボストン響の輝かしいブラスのコラールが魅力たっぷりで、コントラ・ファゴットとセルパン(教会音楽用の低音楽器でテューバで代用)がくわわって、屁のように「ぶりぶり」と生々しく聴こえてくるのが驚きだ。
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「やぐら主題」を吹奏するクラリネットが動き出すと、いよいよアレグロ・マエストーソの主部(63小節)から力強い管弦楽が立ち上がる。とくに、この曲のキモといえるフガート楽想(92小節)では、8分音符の〈やぐら主題〉に16音符の分散和音を織り込む緻密な変奏を、巨匠は一筆書きのアーティキュレーションによって豪快に捌いてゆく。中低音をたっぷり響かせて弾きぬくボストン響の弦楽セクションの名人たちの弓さばきをお聴きあれ!

第2主題(121小節)も聴きのがせない。付点リズムを使ったコラールは楽天的な愉悦感に満ちあふれ、これが総奏となる141小節でミュンシュがダイナミックに爆発する。トロンボーンとセルパンを「バリリ」と打ち込むドスの効いた音楽は有無をいわせぬ迫力があり、熱気が漲っている。エピソード的なチェロの憂愁を帯びたメロディー(165小節)や、エネルギッシュに駆けめぐる第2フガート(198小節)にも耳をそば立てたい。

sv0007f.jpg大きなクライマックスは弦のフーガ伴奏の上に、全管楽器がユニゾンで〈やぐら主題〉を重ねる228小節。やぐらの歌を管楽器が「スカッ」と吹き抜く鮮烈な音場は驚異的で、間髪を入れずに第2主題の総奏がパンチを効かせて炸裂するところは、手綱をいささかもゆるめぬミュンシュの熱い心意気が伝わってくる。
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カトリックの〈アーメン〉を圧倒するように、プロテスタントの〈やぐら〉をユニゾンで絶叫するコーダ(305小節)もすさまじい。ホルンとトランペットが勝ち鬨をあげるように、ものものしくダメ押しする3連打が聴き手の興奮を誘っている。ミュンシュが類い希なパッションとボストン響の鮮烈なサウンドによって、忘れ去られた名曲の魅力をたっぷりと伝えてくれるお薦めの一枚だ。


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[ 2014/04/06 ] 音楽 メンデルスゾーン | TB(-) | CM(-)