ミンツのメンデルゾーン/ヴァイオリン協奏曲

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メンデルゾーン/ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64
シュロモ・ミンツ(独奏ヴァイオリン)
クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団
Recording: 1980.2.18,23 Orchestra hall, Chicago
Recording Producer: Reiner Block (DG)
Recording Engineer: Klaus Heymann
Length: 21:35 (Stereo)
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シュロモ・ミンツはモスクワ生まれ、イスラエル育ちのヴァイオリン奏者。アイザック・スターンに認められてジュリアード音楽院で学ぶとともに、アメリカ=イスラエル協会の強力な援助により、コンクールを経ることなく16歳でピッツバーグ響のソリストとしてカーネギーホールでのデビューを果たしている。デビュー・アルバムとなったメンデルスゾーンとブルッフを組み合わせたレコードは、発売当時、大変評判になったと記憶する。

sv0071b.jpgここで聴くミンツのヴァイオリンは、ふっくらと肉付きのある豊饒な響きで、伸びのある艶やかな音色は音楽史上あまた活躍するユダヤ系奏者の中でも極上のものだ。

「協奏曲の女王」と称えられたメンデルスゾーンの名曲を、肉感のある柔らかなヴィヴラートゆたかな和声感覚によって、めるように歌い込まれていくのがこの盤の大きな魅力。  amazon

指の筋肉や関節からヴァイオリンは日本人とユダヤ人向きとよく言われるが、ユダヤ人は手工業にたずさわってきた歴史が長いために器用で、その上、弦に必要な独特の音程を持ち、平均律をもとにしたヨーロッパの五線譜では表現できない複雑な旋律の祈祷歌がユダヤ教にあるという。ヴァイオリンは東欧のユダヤ人社会において、祝祭の際に演奏されてきた重要な楽器だった。 中丸美繪著 『嬉遊曲鳴りやまず』より、新潮社、1996年)


このメンデルスゾーンのレコーディングには裏話があり、予期せぬアクシデントが起こっている。ミンツはこの時、1752年製作の「ロレンツォ・グァダニーニ」を携えてセッションにのぞんだが、第1楽章の演奏途中で楽器が破損し、やむなくコンサート・マスターのヴァイオリンを借りて録音を敢行したという。

「新譜として発売されたミンツのデビュー盤のメンデルスゾーンは、ちがった楽器でひいているのにお気づきになった方がいるだろうか? 各誌の月評ご担当の先生方もお気づきになられた方はおられなかったようだ。ある楽句の途中で、ミンツの前に置いてあるマイクロフォンが音もなく徐々にずり落ちてゆくじゃないの! ミンツは、さながらリンボー・ダンサーのように、アクロバティックに、その下降についていった。ところが、思いもかけないヴァイオリンの外傷的分解が起こったとは!」 三浦淳史著 『続・演奏家ショート・ショート』より、音楽之友社、1984年)


sv0071i.jpg幸い、シカゴ響は名器のコレクションを備えており、その中には2丁のストラディヴァリウスが含まれていた。1715年製作の「フォン・デア・ライデン男爵」と、同じく1715年製作の「アレグレッティ」

これらはコンサートマスターのヴィクター・アイタイとサミュエル・マガドゥに貸与されていたが、はからずもミンツはどちらかのストラディヴァリを弾いて録音を続行したらしい。「いわば、バーガンディ(ブルゴーニュ)とボージョレの相違ですよ」と、ミンツは事も無げに語っている。



第1楽章 アレグロ・モルト・アパッシオナート
sv0071k.jpg柔らかな肉の付いた音で、しっとりとメゾ・フォルテで歌い上げる独奏ヴァイオリンが心地よく、したたるようなレガートによって高音域を伸びやかに決めている。

そのメロディックな美感は極上のもので、3連音符の経過句の滑らかな弓さばきも絶妙。重音で駆け上がる決めどころは力感を巧みに配して冴えわたり、一点の濁りもない。

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ぴたりと伴奏をつけるシカゴ響の総奏も聴きごたえがある。“暴れ馬”をしっかりと御すアバドの精確な棒もさることながら、「がっつり」と打ち込む分厚い和音打撃の衝撃感がすさまじい。聴き手の肉体に「ズシリ」と伝わってくる一体感はグラモフォンならではの名録音で、第1主題のパンチの効いたオーケストラ・サウンドは痛快といえる。

経過主題(76小節)は“貴婦人”を思わせる気品をたたえ、むせるように歌い上げるミンツの独壇場。ロマンティックな芳香を漂わせ、早めのテンポによって音楽は淀みなく清冽に流れてゆく。重音をいたずらに力まず、上下に波打つ分散和音は楽譜に忠実なアーティキュレーションによって、冴え冴えとした響きを実現している。
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sv0071d.jpg開放弦のG音を大きく膨らませて響きを確かめるようにテンポを落とし、心を込めて歌い上げる第2主題(131小節)が最高の聴きどころだ。

しっとりと艶をのせて、濡れたように歌い上げるメロディアスな歌い口は涙もので、脂っこいねばりやキザなポーズは微塵もなく、心で奏でる清楚なカンティレーナがじつに感動的である。

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展開部(168小節)は丹念に音の綾を紡ぐフレージングが印象的で、急き立てることなく目の詰んだ練れた音によって難技巧パッセージを冴え冴えと織り上げる。決めどころの最高音は、シカゴの猛者たちを前にひるむことなく、「ぐい」と弾きぬく思い切りの良さには脱帽で、先鋭な音の切れは名刀もかくやと思わせるものだ。

sv0071f.jpg肉厚の音を下の声部でたっぷり鳴らす経過主題や、入念な間合いをとってカデンツァへ突入するくだりなど、余裕綽々のパフォーマンスは心憎いばかり。

カデンツァは重厚さはないが、緩急自在の分散和音からぬめるように高域へ上り詰めるところは独特の味わいがあり、ギア・チェンジを重ねるアルペジオの弓運びや、細やかに揺らぐ難度の高いリコシェ・サルタートも格の違いを感じさせてくれるではないか。 TOWER RECORDS  HMVicon

突如、楽器に異変が起きたのは、楽章も終わりに近づいたある楽句とされる。筆者が想像するに、カデンツァ後に独奏がアルペシオ風の分散和音を奏する345小節からG線に不安定な軋みが感じられ、363小節の経過主題から音色が落ち着いたものに聴き取れる。新酒が年代物ワインに変わるような品格がくわわったと見る向きもあろうが、聴き慣れたグァダニーニの艶やかな音色が極上だっただけに筆者にはいささか残念である。

sv0071g.jpgコーダはピウ・プレスト(473小節)からツボを心得たようにミンツが走り出す。

経過主題を美麗に歌いながらオクターヴを上げてひた走るところはゾクゾクさせてくれる名場面。これに応えるアバドの伴奏は決して強圧的にならず、丸みを帯びたオーケストラ・サウンドが柔らかく独奏に溶け込ませるフィニッシュは、絶妙の一語に尽きる。  amazon

「ヴァイオリンはあっさりと壊れちゃったんですよ」と、ミンツは苦笑しながら回想する。「ぼくは楽器を両手でにぎりしめていたんですねえ。空気がひどく乾燥してたことと関係があったのかもしれません。両面で52分ほどの曲を録音するのに、 わずか160分しかかからなかったのに」 ミンツのヴァイオリンはすぐ専門の楽器修理店へ運ばれた。ミンツはコンサートマスターの楽器を借用して緩除楽章を録音した。 三浦淳史著 『続・演奏家ショート・ショート』より、1984年)



第2楽章 アンダンテ
sv0071e.jpgファゴットH音のアタッカで続く抒情的な楽章を、ミンツは艶と情感をしっとり込めて歌いぬく。

こなれた音でわずかにかかるポルタメントが哀愁をそそるが、磨き抜かれた弱音の美しさは比類がない。ほの暗い浪漫が明滅する第2句(27小節)の、濡れたような歌い口も聴き手の心をとらえて離さない。すすり泣くように歌われる最高点G音の澄み切った美しさといったら! 

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中間部は、翳りを帯びた荘厳な管弦の響きをバックに、重音奏法による音の旨味を見事に弾き出している。下の声部で美音を発しながら、上声の旋律線では哀しみを深沈と掘り下げてゆくのが聴きどころ。聴き手の琴線に触れるような分散和音の揺らぎは、ロマンティシズムを極めた感があろう。再現部もやりすぎるぐらいの弱音でテンポを落とし、繊美な抒情によって音楽を彩っている。


第3楽章 アレグレット・ノン・トロッポ
sv0071j.jpg主部はリズッミックなブラスのファンファーレにのって、独奏がみずみずしく進行する。緻密なスピッカートによって最高点を決める精度の高い弓さばきはすこぶる気持ちが良い。

腕の鳴る猛者どもを束ね、「どんぴしゃ」のタイミングで力強い総奏を打ち返すアバドの統率ぶりも格調高く、特注の牛刀で柔らかな鶏肉をさばくような快感をあたえている。

展開部は、ホルンの吹奏をくわえた管弦楽の荘重な対旋律独奏が協動する副主題(132小節)が聴きところだ。歯切れのよいスタッカート・リズムも端正なスタイルで、セコく弓を飛ばして“ヤクザな崩し”を入れる名人芸とは一線を画し、一音一音が丁寧に紡がれてゆく。

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sv0071h.jpg木管が第1主題で応じた後に、スタッカートを織り交ぜて情熱的に下降してゆくコーダ(207小節)は独奏者の“腕の見せどころ”だ。

天下御免の向こう傷で一直線に突っ走るハイフェッツ、ピウ・フォルテで強く押し出すようなスタッカートを繰り出すパールマンやヒラリー・ハーンの必殺ワザに対し、ミンツは最高音とピウ・フォルテでリテヌートして見得を切り、スタッカートで速攻を仕掛けるスリリングな見せ場をつくって聴き手をゾクゾクさせてくれる。   TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

「ここぞ」とばかりに16分音符の分散和音でひた走るところは手に汗握る展開で、およそ人間ワザを超越したハイフェッツは別格としても、清新溌剌と駆け上がって頂点をぴたりと決める弓さばきは、若者らしい生気に溢れんばかり。若きミンツが、みずみずしい感性と甘美な音色で聴き手を酔わせてくれる珠玉の一枚だ。


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[ 2016/07/16 ] 音楽 メンデルスゾーン | TB(-) | CM(-)