モントゥー=ロンドン響のブラームス/交響曲第2番

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ブラームス/交響曲第2番ニ長調 作品73
ピエール・モントゥー指揮
ロンドン交響楽団
Recording: 1962.11.29-12.1
Rocation: Kingsway Hall, London
Disc: DECCA/UCCD-7303 (2016/4)
Length: 43:21 (Stereo)
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ピエール・モントゥーはフランス人(セファルディム)でありながら、ブラームスの作品をこよなく愛し、なかでも交響曲第2番は生涯に4度レコーディングを行ったほど愛着が深かった。カイザー髭をたくわえ、どこか19世紀的な風貌のモントゥーは、18歳の時に創設されたカペー四重奏団にヴィオラ奏者として参加し、ブラームスの作品を本人の目の前で演奏した経験をもつ。

sv0072b.jpg対面したブラームスの“悲しげな眼差し”をモントゥーは終生忘れることがなく、自分が作曲者に対して随分と失礼な演奏をしたのではないかと自責の念にかられていたという。

自室の壁にはブラームスの肖像画を飾り、死の間際には《ドイツ・レクイエム》のスコアを胸に抱いだほど敬愛していたことが伝えられている。

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モントゥーの〈ブラ2〉は、晩年に2種の録音がステレオで残されている。それは1959年のウィーンフィル(DECCA盤)と1962年のロンドン響(PHILIPS盤)。近い時期に異なるオーケストラとセッションが組まれたのが興味深いが、ロンドン響との当盤はモントゥーが86歳で同楽団の首席指揮者に就任した翌年に録音されたもので、繊細なフレージングによって楽想の隅々にまでモントゥーの意図が浸透した屈指の名盤だ。

sv0072d.jpgウィーン盤もロンドン盤も、オーケストラの配置がヴァイオリンを左右に振り分ける当時としては珍しい対抗配置をとり、これがすばらしい効果をあげている。

ともに第1楽章の提示部を反復しているために演奏時間が長くなっているが、当盤では、みずみずしい弦のフレージングとそこから紡ぎ出される繊細なニュアンスが随所に散りばめられ、明るい色調で自然への賛歌がキメ細やかに歌われている。  TOWER RECORDS  amazon

方やウィーン盤は、チャーミングなオーボエや、もってりとコクのあるチェロのテーマが魅力的だが、奏法ひとつをとっても楽団の伝統の枠内にとどまり新鮮味には乏しい。リズムの冴えニュアンスのうつろいといった点で、聴き手の耳を惹きつけるロンドン盤の方に筆者の指は自然と伸びてしまう。

「モントゥーはフランス人なのに、すべての作曲家の中でブラームスをいちばん愛していた。その彼が死の2年前、87歳で録音したのが本ディスクであり、音楽への思いのたけを全部ぶちまけてしまったような、情愛にあふれた名演である。それは懐古的なまでの老熟の味であり、やるせないほどの情緒とのどかな陶酔に満ちた夕映えのブラームスなのだ。テンポの動きも非常に多い。レコーデングは62年の末だが、その半年後、モントゥーはロンドン響とともに来日、大阪で1回だけ振った。そのときの感動は今もって忘れられない。」 宇野功芳著『宇野功芳のクラシック名曲名盤総集版』より、講談社、2007年)


「モントゥーは最晩年に2つの〈ブラ2〉を録音した。特に素晴らしいのがロンドン響との録音である。かねてより定評ある名盤で、ある程度オケの自主性任せ、全体の雰囲気で聴かせるウィーン盤に対し、隅から隅までモントゥーの意志が反映されたのがロンドン盤といえるだろう。一音たりとも曖昧に扱わず、すべてのアーティキュレーションや息づかいにモントゥーの意志が宿る。全体のトーンはより華やぎがあり、色彩感に秀で、それでいて、人生の哀愁が滲み出るというところがモントゥーの素晴らしいところだ。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)



第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0072c.jpgなんと新鮮でみずみずしく、耳にやさしいブラームスだろう。「ちょっと工夫してみました」と作為を感じさせるようなところは微塵もなく、繊細なアーティキュレーションと繊美なフレージングによって、南仏の長閑な風物詩がのびやかに歌われている。

オーボエの導入句をリタルダンドする語り口の上手さもさることながら、鳥の囀りを模したような木管のスタッカートや、小川のせせらぎのように清々しく奏する間奏主題(クララ・モチーフ)から喜びの気分が溢れんばかり。

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sv0072j.jpgここでは左右に配置したヴァイオリンが交互に応える場面(67小節~)で抜群のステレオ効果を発揮する。これを聴くと、1881年にヘンシェルが試したこの配置をブラームスがたいそう気に入ったという逸話に「なるほど」と頷ける。

ヴィオラとチェロが奏でる第2主題(82小節)は旋律がこの上なく上品に扱われ、寄り添うようなヴァンオリンの伴奏音型にまで指揮者の細やかな配慮が行き届いている。旋律の裏でフルートの3連音の装飾的なオブリガードがたゆたうところ(156小節)の美しさといったら!

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sv0072e.jpg提示部の反復をまったく感じさせない自然な流れで演奏しているのもモントゥーの上手いところで、展開部に入っても力瘤を廃したモントゥーの棒さばきは老熟を極めている。

各パートの対位の綾が透かし彫りのように聞こえてくるあたりは、まるで室内楽を聴いているような趣きがあり、ティンパニの強打をくわえた地獄落ちのような闘争の頂点(227小節)で昂奮を高めるフルトヴェングラーの演奏とはおよそ対照的といえる。 TOWER RECORDS  amazon

絶妙のテンポ・ルバートでたゆたう再現部も繊細なフレージングの妙味は格別で、ニ長調でしっとりと息づく牧歌主題をはじめとして、ヴィオラを随所でたっぷりと響かせているのもこの盤の魅力のひとつだろう。

トランペットが冴えた音で放歌高吟する晴朗な総奏(403小節)、ホルンの夢幻的な独奏(455小節)、弦楽のやわらかなサウンドで叙唱歌風に揺れるコーダの味わい深さなど、楽想の隅々にまでモントゥーの自然への慈しみと平穏な心の喜びが溢れており、最後まで聴き手の耳を惹き付けてやまない。


第2楽章 アダージオ・ノン・トロッポ
sv0072f.jpgチェロの奏でる物憂い旋律をウィーン流にこってりと粘らず、風韻の良い響きで清々しくエレガントに歌われるのがモントゥー流。

中間部のエスプレッシーヴォ主題(45小節)では、劇的なドラマ性を内在して“暗い死の影”を漂わせるデモーニッシュなフルトヴェングラーに対し、モントゥーにとっては日が翳り、雲間からうっすらと陽の光が差し込むような情景のうつろいでしかない。  amazon
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3連音型のドルチェ主題(68小節)を早いテンポで奏する再現部の足取りは軽快で、まるで好好爺が野山の景色を楽しみながら散策にふけるといった風情。詠嘆的な弦の変奏主題(73小節)に大きなルバートをかけて清らかに奏するのも象徴的で、まるでこの作品がクララへの“愛の詩”であるかのように、老境のモントゥーが微笑みながら、心を込めて歌い上げるところがじつに感動的である。
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ワルター、バルビローリ、ジュリーニといった抒情派の巨匠たちが10分以上かけてこの楽章をじっくり演奏しているのに対し、モントゥーは8分台半ばでさりげなく駆け抜けているのもユニークで、経過主題から強奏展開するクライマックス(87小節)やコーダもむやみに高ぶることはなく、モントゥーにとって家路へ足を運ぶ“夕暮れの情景”なのだ。


第3楽章 アレグレット・グラチオーソ(クワジ・アンダンティーノ)
sv0072g.jpgモントゥーは間奏曲風の楽想をいかにもフランス人らしく、ブーレ(舞曲)のように生き生きと、しかも愛嬌を振り撒きながら、なごやかに奏するのが魅力的だ。

緻密なスタッカートでさくさくと駆けるプレスト(33小節)も軽妙洒脱の極みといえる。モルト・ドルチェのピアニシモ(225小節)に黄昏時の哀愁を滲ませているのも心憎く、人生の酸いも甘いも噛み分けた老巨匠の慎ましやかなコーダがしっとりと心に沁み込んでくる。 amazon

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第4楽章 アレグロ・コン・スピリト
sv0072h.jpgフィナーレはロンドン響の整然とした合奏美を堪能させてくれる。モントゥーは腕ずくでオケを引きずり回したり煽ったりせず、ひたすらリズムのキメを整えることによって明朗快活な気分とクリアなサウンドを実現。

第2主題(78小節)も朗らかに歌い、踊り、リズミカルなステップで駆け抜けるコデッタ主題(114小節)から春の訪れを待ちわびた小鳥の囀りや村人たちの喜びが伝わってくる。

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sv0072i.jpg展開部では主題の転回や反進行形で哀愁をしっとりと漂わせるが、モントゥーの個性が際立つのが再現部の総奏(264小節)から。

低音の土台を礎に、弓の根元で喰らいつくように弾き飛ばすフレージングは一分のブレもなく、重厚なサウンドを聴かせる第2主題、管弦が陽気に戯れるコデッタ主題、3連音から用意周到に加速して目の覚めるような金管を炸裂させる頂点(387小節)などは、とても87歳の老人の棒さばきとは思えない。
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みずみずしい伴奏弦の分散和音の中から「カラッ」と打ち放つ金管の開放的なカノンと「シャッキリ」と打ち込むトランペットとホルンのファンファーレが感興を大きく高め、燦燦と陽光が降り注ぐ南国的な気分の中で全曲を溌剌と締め括っている。この曲を誰よりも愛したモントゥーが最晩年に残した極上の一枚だ。


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[ 2016/07/30 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)