カラヤン=ウィーンフィルの《白鳥の湖》

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チャイコフスキー/バレエ組曲「白鳥の湖」作品20a
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Soloist: Josef Sivo (vn), Emanuel Brabec (vc)
Recording: 1965.3.19 Sofiensaal, Wien (Decca)
Producer: John Culshaw
Engineer:Gordon Parry
Length: 25:38 (Stereo)
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カラヤンは1959年3月から65年にかけて、ウィーンフィルを使って英デッカと一連のレコーディングを行っている。50代の才気煥発なカラヤンが、ウィーンフィルのまろやかな音色を生かしてLP15枚分の管弦楽の名曲を指揮し、これを名物プロデューサーのジョン・カルショウ率いる録音チームが収録した。このウィーフィルとの録音を絶賛する声は多い。

sv0075b.jpg1959年1月、カラヤンはEMIとの専属契約が切れると、ベルリンフィルとグラモフォンで、ウィーンフィルとはデッカでのレコーディングがはじまった。商魂たくましいカラヤンにとってデッカの技術力と、提携するRCAのアメリカ市場が魅力だったのだろう。

おりしも世がステレオの時代に入る絶好のタイミングだった。前年10月にはパリでファッション・モデルをしていた26歳年下のエリエッテとの再婚を果たし、カラヤンが心身共にもっとも活力が漲っていた時期の録音である。
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sv0075c.jpgこの《白鳥の湖》は、カラヤン=カルショウ・コンビの最後のセッションとなったもので、カラヤンらしいエレガントな歌い回しと、ウィーンフィルの蠱惑的な音色が大きな魅力。

決めどころでゴージャスなサウンドによって聴き手を酔わせる演出の巧さはカラヤンの右に出る者はなく、宝石のように煌めくハープのアルペジオ、トライアングルのつぶ立ち、ブラスの対位などを露骨に強調するデッカの立体的なサウンドが聴き手の耳を刺激する。

このデッカという名称の由来であるが、これがさっぱりわからない。中には「ハテ、どういう意味デッカ?」などと大真面目に書いた文献にまで出くわす始末だが、本当のところはギリシア語のダーカ(10)からとられているらしい。1956年頃にはすでにひそかに2チャンネル・ステレオ録音にも手をつけ、1958年ステレオ時代到来と同時に“Full Frequency Stereophonic Sound”ではなばなしい名のりをあげることになる。この新進気鋭の精神はデッカのポリシーとして伝統化され、名物プロデューサーといわれたモーリス・ローゼンガルテンや、これを継いだジョン・カルショウなどの力も大いに評価されなければなるまい。 出谷啓著『レコードの上手な買い方』より抜粋、音楽之友社、1977年)


sv0075d.jpgここでカラヤンは、フィナーレにおいて組曲版でカットされたオーボエのソロで続く第29曲後半(アレグロ・アジタート)から最後までの〈終曲〉(一部カット)を従来の組曲版(第28曲~第29曲アンダンテまで)に代えて演奏しており、劇性を重視した編曲に拠っている。

おなじウィーンフィルとデジタル録音したレヴァイン盤と聴き比べてみるのも一興だろう。


「カラヤンは彼独特の巧妙な演出で、それぞれの曲の美しさを実に見事に再現している。そのリズム処理や、表情のつけ方のうまさには惚れ惚れとしてしまう。《白鳥の湖》は、全体にいくぶん、ねっとりとしすぎている感じもするが、第2幕の〈情景〉の美しさは格別で、コンサート・スタイルの演奏としては最右翼にあげてよいレコードだ。」 志鳥栄八郎氏による月評より、L25C3027、『レコード芸術』通巻第388号、音楽之友社、1983年)


「精妙なベルリンフィル盤(DG)やニュートラルな響きのフィルハーモニア管盤(EMII)とはひと味異なり、オーケストラの独特の色合いが前面に押し出され、渋みのあるオーボエやメロウなホルン、艶っぽい弦楽セクションなど、ウィーン・フィル特有のサウンドが演奏に華を添えている。デッカの録音チームが、打楽器やチェレスタのバランスを強調気味にしている一方で、十分な推進力が確保されており、魅力的な名演が刻み込まれている。」( 満津岡信育氏による月評より、UCCD9505、『レコード芸術』通巻第689号、音楽之友社、2008年



情景(No.10) モデラート
sv0075e.jpgもの悲しげに歌うウィンナ・オーボエの〈白鳥の主題〉に、ハープのとろけるようなアルペジオが宝石のように彩りを添える録音の見事さにのっけから驚かされてしまう。なみなみと主題を吹き上げるウィンナ・ホルンの力強い響きも圧巻で、2分音符の音の伸びは絶大!

これを歌い返す弦の〈応答のモチーフ〉(26小節)は、“カラヤン節”の独壇場としか言いようがなく、レガートに潤いを込めて、艶っぽく横揺れさせながら歌うメランコリーな味わいは比類がない。

sv0075l.jpgあくまで自然に装いながらも、吸い寄せられてしまいそうな色気をまき散らすメロディアスな美しさが、俗耳をたっぷり楽しませてくれる。

弓がしなるような柔らかさで3連音の反復をさばく一方で、悪魔を暗示するトロンボーンの対位を切れのある音で明瞭に強調するところは、カラヤン=カルショウ・コンビの“あざとさ”を感じさせるところで、目を剥いたようにバス・トロンボーンとテューバが吠えかかる筆勢の強さとゴージャスなサウンドに度肝を抜かされてしまう。

「派手な音でカッコ良く決めたいんだけど・・」(カラヤン)
「承知しました、ここは私に任せてください」(カルショウ)



ワルツ(No.2) テンポ・ディ・ヴァルス
sv0075g.jpg舞台は第1幕「王宮の庭園」。村娘たちの踊るワルツの音楽は、オーストリア生まれのカラヤンにとってはお手のもの、エレガントな中にもウィンナ・ワルツ風の小ぶしを効かせた歌わせぶりがユニークだ。  amazon

「ここぞ」とばかりに立ち上がる総奏の力強さもカラヤンの自信に満ちた棒さばきが印象的で、ぴたりと決まったテンポに骨力のあるブラスと打楽器をくわえて、華麗に、しかも豪毅に立ち振る舞うさまはカラヤンならではのカッコ良さがある。

トリオ(中間部)は、歌心あふれるカンタービレやニュアンスの豊かさはお任せあれといったカラヤンの手慣れた歌わせぶりが魅力的で、コルネットの独奏を弦の清冽なオブリガートで彩る〈クープレB〉や、そこはかとない哀愁を漂わせる〈クープレC〉も聴きどころだろう。オーケストラを煽ることなく、迷いのないテンポによって、シンフォニックに盛り上げるコーダの手綱さばきも絶妙の一語に尽きよう。
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4羽の白鳥たちの踊り(No.13d) アレグロ・モデラート
sv0075i.jpgファゴットがスタッカートで刻むリズムがぴたりと決まり、みずみずしく躍動する木管のメロディーが聴き手の快感を誘っている。

気品のある弦のスタッカートと絶妙のレガートによって切分音をさばくあたりは、カラヤンの秘術が巧みに配されている。思い切りのよい和音終止も颯爽として、じつに気持ちがいい。 amazon


オデットと王子のパ・ダクシオン(No.13e) アンダンテ
sv0075f.jpg〈グラン・アダージョ〉と呼ばれるパ・ドゥ・ドゥは、目の覚めるようなハープのアルペジオの出現に仰天するが、まるで音符が見えるように聴こえる“虚妄の音場”はまさしくデッカ・マジック! そこから甘美なヴァイオリンがしっとりと導き出される音楽は、蠱惑的な響きでむせるようなロマンが横溢する。

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ここで独奏ヴァイオリンを受けもつのは、ヨーゼフ・シヴォー(33歳)。ウィーンフィル第17代コンサート・マスター(1965~72年在任)として腕を鳴らしたハンガリー出身の名手。

これまで、ボスコフスキー、セドラック、バリリといった名うてのコンサート・マスターがウィーンフィルを支えてきたが、肘を痛めたバリリの後に、カラヤンがウィーン交響楽団からひき抜いたピヒラーの登用に失敗し、高齢のセドラックの引退とともに、1965年にコンサート・マスターに就任したのが、若きワルター・ウェラー(ジュニア)とシヴォーである。ちょうど要のポジションが世代交代を余儀なくされた時期にあった。

NoConcertmasterBorn19591960196119621963196419651966
11Willi Boskovsky1909        
14Fritz Sedlak1909        
15Walter Barylli1921        
--Günter Pichler1940        
16Walter Weller Jr.1939        
17Josef Sivó1931        


sv0075k.jpgこのセッションで、ボスコフスキーに代わって新任のシヴォーが独奏を受け持った経緯は詳らかではないが、ここでは、とろけるようなブィヴラートによって、甘い香りをそこかしこに放つシヴォーの独奏の美しさに超嘆息するばかり。

とろみのある艶をのせた滑らかなフレージングとエレガントな歌い口から悲哀な気分をしっとりと漂わせ、その妖艶ともいえる音色の美しさは、スタリーク(フィストラーリ盤)と双璧だろう。

チェロ独奏が加わる75小節も聴きどころだ。リヒャルト・クロチャクとともに、ウィーンフィル史上最高のチェリストと謳われた名手・ブラベッツが、たおやかに、温もりのあるフレージングによって詩的な情緒を訥々と紡ぎ出す。
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シヴォーのすすり泣くようなオブリガートと協調しながら、肉感のある音で深みのある表情を入念に織り込んでゆくところがたまらない魅力で、まさに空前絶美のデュエットといえる。[コーダは組曲版を使用]


ハンガリーの踊り(No.20) チャルダーシュ モデラート・アッサイ
sv0075h.jpg5曲のディヴェルティスマンの中でも最も華やぎのある舞曲がチャルダーシュだ。思わせぶりな表情によって抜き足差し足で奏でる〈序奏〉〈ラッサン〉いやらしい立ち回りは、高い地位と美しい女性を虎視眈々と狙うカラヤンの臭気がムンムンとたちこめる。

ヴィヴァーチェに転ずる〈フリスカ〉は、「待ってました」とばかりに颯爽としたテンポによる身のこなしは、いかにもカラヤン流。
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「ガシッ!」と決める総奏の力強い打撃や流れるような木管の妙技にも目を見張るが、「これでもか」と、いささかも加速の手をゆるめぬカラヤンの職人的な手綱さばきと、寸分の狂いもなくこれに反応するウィーンフィルの名人的な合奏能力に舌を巻く!


情景・終曲(No.29) アレグロ・アジタート [練習番号19から最後まで]
sv0075j.jpg儚げに悲しみの波間をたゆたうウィンナ・オーボエの〈白鳥の主題〉に、横揺れをともなうシンコペーション・リズムを配して、聴き手を誘い込むカラヤンの巧妙な手口に思わず「上手い!」と膝を打ちたくなるが、圧巻は力強く盛り上がるモデラート・マエストーソ

冴えたコルネットのメロディーにティンパニが硬い音で叩き込まれ、骨のあるブラスの対位が嵐のように吹きすさぶ音場の鮮烈さは、フィナーレにふさわしいゴージャスな展開。「ここぞ」とばかりに奏する〈応答モチーフ〉は、ウィーンフィルの甘美な弦が最大限に威力を発揮する。

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名器にやわらかなレガートをかけて聴き手を陶酔させる手口はカラヤンの秘術といってよく、みずみずしくも濡れたような感触は涙もの。トロンボーンが〈悪魔の断末魔〉の対位を強調するところのアゴーギクも絶妙で、美麗さと力強さが渾然一体となった〈愛の勝利の歌〉によって、劇的なフィナーレを演出する。

sv0075m.jpg [23小節カット] ハープの伴奏がくわわるモデラートの終結部(アポテーズ)はじつに感動的で、大きく吹き上げるホルンと豪放な和音打撃が、未来へ向かって大きく羽ばたこうとするカラヤンの精気の迸りを伝えてあますところがない。

名器ウィーンフィルの甘美な音をデッカの名録音が克明に刻んだ出色の一枚だ。


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[ 2016/09/10 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)