ロストロポーヴィチのサン=サーンス/チェロ協奏曲第1番

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サン=サーンス/チェロ協奏曲第1番イ短調 作品33
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ独奏)
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
ロンドンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1977.4.29-5.1 Abbey Road Studios, London
Producer: David Mottley (EMI)
Balance Engineer: Neville Boyling
Length: 19:08 (Stereo)
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ロストロポーヴィチはアゼルバイジャン(旧ソ連)出身のチェリスト、指揮者で、チェロは7歳より始め、すでに10歳でサン=サーンスの協奏曲を弾きこなしたという。同曲のレコーディングはストリャロフ盤(MK)、サージェント盤(EMI)に続く3度目となるが、ここではイタリアの名指揮者ジュリーニとの初協演が大評判になったと記憶する。

sv0082k.jpgサン=サーンスのチェロ協奏曲は、フルニエに代表される軽妙で洒落たセンスやリリシズムが求められる名曲だが、本来チェロという楽器がもつグラマラスな要素は軽視され、一般には品の良い演奏が好まれていた。

ヴィルトゥオーゾ的な“がっつり系”の演奏を好む筆者としては、そのようなおとなしく生ぬるい演奏がいつも物足りなく感じていた。
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そこに50歳のロストロポーヴィチが満を持して録音したのが当盤で、何よりもジューシイで肉汁のしたたるビフテキのようなチェロの音がたまらない魅力。荒削りだが迫力満点のデュ・プレ盤(EMI、Teldec)、骨太で雄大なシュタルケル盤(マーキュリー)とならんで筆者の指が伸びる愛聴盤にくわわった。

sv0082l.jpgここでは、豪快なボウイングで技巧パッセージを易々と弾き上げるロストロ(以下スラヴァと書く)のヴィルトゥオジティもさることながら、巧緻な棒さばきでしっとりと抒情味ゆたかに寄り添うジュリーニの伴奏が聴きものだ。

クライマックスでは独奏の決めどころの重音パッセージに激しいトゥッティをぶつけて燃え上がる指揮者の熱い心意気も嬉しい不意打ちといえる。
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残響をたっぷり取り込んだまろやかな音場も心地よく、どぎつい音でギンギンと鳴るDG録音とは対照的に、丸みを帯びたやわらかなEMIトーンが味わいをより深めている。

sv0082m.jpg黒のコートを羽織ってスラヴァに向き合うジュリーニのジャケット写真も見栄えがよく(奥さんのマルチェッラの演出だろうか)、マフィア親分のように“渋く”決めたいでたちにぐぐっときて、思わずジャケ買いしてしまう女性ファンもさぞかし多いことだろう。

当セッションとは別に収録された映像(1977年11月ヘンリー・ウッドホール)も見ごたえがあり、CDと併せてDVDも是非とも鑑賞したい。

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「ジュリーニが指揮者として起用されたことはロストロポーヴィチの意向が入っていたかどうかつまびらかではないが、結果からみて適任であったといえる。ジュリーニはこのところすぐれた協奏曲の録音を立て続けに行っている。彼自身非常に立派な音楽を持っているが、同時に独奏者を立てるのがうまいからだろう。ここでも、こまかいところにまで神経を配りながら、急所をピシッと押えた巧者な伴奏指揮に助けられて、この曲のラテン的な特性をものの見事に表出している。さすがロストロポーヴィチは、軽やかな、そしてラテン的で流動感のある表現で精妙にひきあげている。この表現力の幅の広さにはまったく脱帽の外はない。」 志鳥栄八郎氏による月評より、『レコード芸術』通巻第332号、音楽之友社、1978年)



第1部 アレグロ・ノン・トロッポ(1~207小節)
sv0082d.jpg奔流のごとく勢いよく流れる3連音の第1主題からしていかにもスラヴァ風で、ガッガッと弦を削るような低音の弓さばきも豪快。
たっぷりと太い音で奏でる第2主題(54小節)の安定感のあるフレージングも特筆モノで、ほどよきテンポ・ルバートでたゆたう心地よさがたまらない魅力である。

独奏の上行句で高揚するコデッタ(小結尾)は、アニマートのダブル・ストッピングをぐいと引き抜くスラヴァの独壇場。
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sv0082e.jpg大股の歩みで総奏の頂点へと上り詰める“力ワザ”に膝を打ちたくなってしまう。リズミックな舞曲風の総奏(アレグロ・モルト)を間断なく打ち込むジュリーニの颯爽とした棒さばきも印象的で、長いアームスから繰り出される緩やかな振幅運動がじつにさわやかだ。

展開部(テンポ・プリモ)は主題の断片の綾を繊細に織り込む管弦楽が冴え渡る。
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独奏チェロのスタッカート・リズムやアルペジオは決して出しゃばらず、ロンドンフィルの清澄な管弦の響きに溶け合うように協調して奏でているのも聴きどころだろう。しっとりと濡れたように奏でる第2主題の再現もコクがあり、瞑想的に低回するブリッジの息の長いフレージングにも心を掴まれてしまう。


第2部 アレグレット・コン・モート (208~392小節)
sv0082f.jpg弱音器を付けた弦楽スタッカートで軽やかに奏するメヌエット風の舞曲は、物悲しさを秘めたエレジーのようで、繊細な弦楽にしっとりと対位旋律を付けて静かにたゆたう独奏チェロの味わい深さに耳をそば立てたい。

聴きどころは短調に転じて独奏が歌うエスプレッシーヴォ主題(270小節)で、果肉を含んだ蜜のような甘い香りで聴き手の耳を惹きつける。
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ひと筆書きで緻密に仕上げるカデンツァのアルペジオ、管弦のテーマをしっかりと支える密度の濃いトリル、絶妙のルバートによって大きく歌いまわしで高揚する主題再現など、いずれを取ってもスラヴァの個性が生々しく刻印されており、ジュリーニの歌心あふれる伴奏にのって、独奏者は水を得た魚のようにみずみずしく歌いあげている。太い音で問いかける結尾の一節の意味深さといったら!


第3部 テンポ・プリモ (372~654小節)
sv0082g.jpgオーボエによって第1部の主題が回想されると、管弦楽のトゥッティを原調で力強く再現してジュリーニは独奏と対峙する。アン・プ・モワン・ヴィット(すこし緩やかに)で独奏チェロで歌われる“名旋律”は、第1部の主題後半から発展させたものだ。

ここではスラヴァがヴィブラートをたっぷり効かせ、思いのたけをぶちまけるように、ツボにはまった歌い口で聴き手を魅了する。
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楽器をかかえて身をよじるように弾き上げるスラヴァのコクのあるフレージングと、情熱を秘めてぐいぐい弾き回すドラマチックな歌い口がじつに感動的で、木管の物悲しいエコーが哀愁をそそっている。

sv0082h.jpgスラヴァの熱い音楽に応えるように、ジュリーニが激しい気魄でオーケストラの強奏をぶつけてくるのもスリリングで、急速な独奏パッセージ(練習番号L)から、いよいよ大家が目覚めたように“超絶ワザ”を披露する。

急速な16分音符で弾き飛ばす技巧パッセージは闊達自在としか言いようが無く、均質な目の紡ぎ方など究極の弓さばきといえる。
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決めどころのカデンツァ(471小節)の音階を駆け上がる力強さは比類が無く、大見得を切るようなダブル・ストッピングで「ぐいぐい」弾き抜く圧力のある弓さばきは、まぎれもなく大家のものだ。激しい総奏の嵐でこれを迎え撃つジュリーニもいつになく燃え上がるのが最大の聴きどころといえる。

sv0082j.jpgヘ長調で現れるレチタティーヴォ風の第2主題(練習番号O)は敬虔な“祈りの音楽”だ。

ユダヤ人を遠祖に持つ作曲者への共感が湧き上がるように、ゆったりと上昇する旋律から崇高な気分が立ち込めてくるところがこの盤の最も美味しいところで、スラヴァは聴き手の魂を鷲掴みするように内面を掘り下げながら、絶妙のフラジョレットを決めている。
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sv0082i.jpgコーダ(練習番号P)は大きくうねり回す第1部の主題、リズミカルに駆け抜けるコデッタ主題をスケール感溢れるオーケストラが展開。

主題変奏をたっぷりと、太い線で弾きまわす絶妙のフレージングと、恰幅のよいゆたかな低音を聴かせるところはスラヴァの面目が躍如しており、シャッキリと打ち込む爽快な和音打撃が全曲を結んでいる。ロストロポーヴッチの練達の名人芸を堪能させてくれる1枚だ。

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[ 2017/01/01 ] 音楽 サン=サーンス | TB(-) | CM(-)