アンセルメのサン=サーンス/交響曲第3番

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サン=サーンス/交響曲第3番ハ短調 作品78「オルガン付」
エルネスト・アンセルメ指揮
ピエール・スゴン(オルガン)スイス・ロマンド管弦楽団
Recording: 1962.5 Victoria Hall, Genève (DECCA)
Engineer: Kenneth Wilkinson
Disc: UCCD7065(2001/4)
Length: 34:15 (Stereo)
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アンセルメ指揮のサン=サーンス交響曲第3番は、録音の優秀さで音楽マニアの度肝を抜いたアナログ期の有名な音盤だ。スピーカーの前にタオルを掛けておくと重低音で揺れることで評判になったというが、筆者は学生時代に貧しい装置であったにもかかわらず、針で擦ったオルガンの震動音に腰を抜かした記憶がある。

sv0088b.jpgデッカ・サウンド最大の“マジック”の1つが、決して一流ではなかったスイス・ロマンド管弦楽団をヴィルトゥオーゾ・オーケストラように聴かせてしまったこととされる。

はからずも1968年の日本公演で「オーケストラが二流」、「名演奏はレコード録音のマジック」という風評が巻き起こり、わが国ではこのコンビの評価と人気が急落したという。


「残響の少ない日本のホールでは、オーケストラの本当の音を聴いてもらえないのが残念です。ロマンド管の音を味わっていただくのには、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールで聴いてもらわなくてはなりません。」 志鳥栄八郎著 『人間フルトヴェングラー』より、音楽之友社、1979年)


sv0088c.jpgアンセルメが残念そうに語ったように、ダニエル・バートン設計の同ホールは低音が極端に抑えられ、高音は艶やかさと華やかさにあふれた独特の響きをもつために、ドイツ音楽には不向きだがフランス音楽には最適とされる。

「スイス・ロマンド」とは、「ロマンス語圏(フランス語)のスイス」という意味で、ここでは管楽器の独特の音色やニュアンス、とくに鼻にかかったような木管のイントネーションとラテン的で華麗なブラスの響きに特徴があり、今では失われてしまったフランスの古き良き香りが音盤に刻まれている。


sv0058p.jpgこの録音ではデッカ特有のオーケストラ各楽器の生々しさは後退し、距離感のあるクールな音づくりが指向されている。

これはオルガンの音でオーケストラ全体を包みこむように録る“デッカ・ツリー”のマイク・セッティングによるもので、やわらかな金属和音がオーケストラにしっとりと溶け合う第1楽章[第2部]など、合成して仕上げた不自然な響きとは次元の異なる質の高いサウンドを堪能させてくれる。

「サン=サーンスはおびただしいレコードのなかでも白眉の一枚。全体を通じて、純粋に、感覚的に、演奏しているが、そこにサン=サーンスの古典性とロマン性の融合をあざやかにとらえている。しかもまったく無理をしない手作り的な詩情には、指揮者の悠揚とした風格が自ら反映しており、スイス・ロマンド管弦楽団もふしぎなくらい色彩的なアンサンブルをくりひろげる。録音はかなり以前のものだが、いまきいても第一級の音質である。」 小石忠男氏の月評より、K20C8639、『レコード芸術』通巻第411号、音楽之友社、1984年)


「骨格的にはやや弱いが、極彩色の豊麗なオーケストラの響きに魅せられる、彫琢された美しさをもった演奏である。表面はサラッと流しているようだが、その実、細部まで神経のよくゆきとどいた表現で、ことに管楽器のバランスと、リズムの扱いの巧妙さという点では抜群だ。オルガンの明るい音色と、スイス・ロマンド管との息がぴったりと合っているのも、こころよい。2楽章形式のなかでさまざまに変化する曲想を明確な指揮で描き分けながら、作品の対位法的な性格を堅実に表現した演奏だ。」 志鳥栄八郎著『不滅の名曲はこのCDで』より、朝日新聞社、1988年)


「アンセルメは、理知的な演奏を心掛ける指揮者であり、サン=サーンスの演奏にはうってつけだ。スイス・ロマンド管の音がいい。鼻に掛かったフランス語のようなオーボエや、お洒落で軽みのある弦の歌が魅力的である。アンセルメ盤はサウンドが全体にしっとりしていて、サン=サーンスの天才性を明らかにするよりは、きわめて自然体のものとして聴かせる。」 福島章恭著『交響曲CD絶対の名盤』より、毎日新聞社、2005年)



第1楽章 [第1部] アダージョ~アレグロ・モデラート
sv0088d.jpg〈怒りの日〉に由来する第1主題が弦の16分音符の裏拍から開始するのがユニークで、同じ音が拍を跨っているために聴き手は感覚的に“ズレ”を感じるのがこの曲のツボといえる。

アンセルメは遅いテンポによって、このズレの妙味を最大限に提示する。16音符1つ1つに、これほど丹念にズレを感じさせてくれる演奏もめずらしく、老巨匠は縦の線をあわせるドイツ流の拍節感から生ずるズレの感覚を逆手に取り、これを明瞭に示して聴き手に快感をあたえている。

しかも「サラサラ」とやって小粋に聴かせているのが“音の魔術師”アンセルメの上手いところだ。  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

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sv0088e.jpgサン=サーンスは詩、絵画、天文学、数学と幅広い才能を持った作曲家だったが、アンセルメもまた、幾何学者の父と小学校の教師を母に持ち、“数学の神童”として才能を発揮した。ローザンヌの工業学校と大学で数学と物理を、ソルボンヌ大学で数学と哲学を学んで数学の教師をやっていたアンセルメにとって、幾何学的な音型を緻密にさばくことなど朝メシ前。  TOWER RECORDS  amazon

作品の持つ構成を重視し、デフォルメは一切なし。「音符というのは、数字ですからね・・・」とアンセルメは語る。

コール・アングレとファゴットで演奏する副主題(55小節)は、“こぶし”を入れると演歌風になる日本人には親しみやすい旋律たが、鼻に掛かかったようなコール・アングレの詩情味ゆたかな音色、高揚する弦のパッセージ、トゥッティの明るい音色が個性的だ。
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sv0088f.jpg木管がゆったりと逍遥する第2主題(102小節)やコデッタ総奏(132小節)のカラっとした華やぎのある響きも特筆モノで、そのエレガントな風情はロマンド管ならでは。

拍節感のある弦のピッツィカートを打ち込む展開部(159小節)は理路整然と音符をさばくアンセルメの独壇場。木管リズムに輪舞のような弦を絡めて洒脱軽妙な甘さと粋を散りばめているところが心憎い。
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せわしく駆動する総奏の頂点(232小節)の決め所は、パンチ力や圭角の鋭さが欲しい気もするが、皮をゆるく張ったティンパニのやわらかな打点から繰り出すどっぷりした〈怒りの日〉のテーマがユニークで、放歌高吟する〈演歌主題〉、明るい響きで風韻よく刻む弦の16分音符リズムなど、いささかも角張ったところのないラテン的な開放感に溢れている。


第1楽章 [第2部] ポコ・アダージョ
sv0088g.jpg弦楽4部がユニゾンで歌う静謐なコラールは、オルガンのA♭の和音がオーケストラ全体を包み込むような、しっとりとした響きに耳を奪われる。

弱音で奏する弦のオブリガートは敬虔な気分に溢れ、リリカルに歌い継ぐ木管の歌や静謐にたゆたう第2句の弦楽ユニゾンの美しさにため息が出てしまう。

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何よりもすばらしいのがパイプ・オルガンのやわらかな響きで、ペダルの感触やパイプに送り込まれる空気の振動すら伝わってくる生々しい音と、オルガンのストップ効果による余韻を心ゆくまで味わいたい。
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sv0088h.jpg変奏部(400小節)は、アラベスク風のフレーズを美しいカノンで織り上げるアンセルメの緻密な棒さばきがものをいう。不安な影を落とす〈循環主題〉のピッツィカート・リズムの中から再現する〈祈りの旋律〉が最高潮に達するクライマックス(439小節)が最大の聴きどころだ。

3オクターブあげた第1ヴァイオリンとヴィオラがディヴィジョンで旋律を奏でるところは、光沢を帯びたような“シルキー・ハイ”のアンサンブルを堪能させてくれる。
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第2楽章 [第1部] アレグロ・モデラート~プレスト
sv0058l.jpg〈怒りの日〉のスケルツォはアンセルメが力瘤を廃して爽やかに駆け巡る。硬いティンパニの打点と木管のリズムの目をきっちりそろえ、理性的で落ち着いた音楽運びが印象的だ。

中間部(第3主題)はサラサラと精妙に刻む弦、4手の連弾ピアノ、軽妙洒脱な木管の掛け合いが聴きどころで、オーケストラの機能性や名人芸を味わうには物足りないかも知れないが、理性的で精確な演奏をやってのけている。
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詩的情緒あふれるニュアンスがうつろう第4主題の味わい深さも格別で、アンセルメは馬鹿陽気になって羽目を外したりせず、しっとりと情感を込めて歌われる。荘重なトロンボーンと気高い弦のカノンで織り上げるブリッジ部のモットー主題も聴きどころで、来るマエストーソの“勝利の予感”を格調高く歌い上げている。


第2楽章 [第2部] マエストーソ~アレグロ
sv0058a.jpg大地を揺るがす重低音とはまさにこのことだ。「ギュイ~ン」とヴィクトリア・ホールに鳴り響く力強いオンガンのC-dur(ハ長調)の金属和音は、音楽マニアの耳を恍惚とさせる“極上のサウンド”で、学生時代に安物のステレオで再生してもオルガンの金属音が絶大な伸びで目前に迫ってきたのが忘れられない。

とくに、383小節の和音を引き延ばして鳴りきる桁外れのオルガン音に耳が痺れたのは筆者だけではないはずだ。
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最高の聴きどころは、〈怒りの日〉が勝利の勝ち鬨となる総奏(392小節)。
弦のアタックにオルガンが「ぎゅんぎゅん」力強く鳴りわたる音場は悪魔的といってよく、レースを編むように繊細な分散和音を散りばめるピアノ伴奏、意気揚々とぶちこむシンバル、明るい響きを放つファンファーレの開放感も抜群、理性的な78歳の老巨匠はここ一番の“決めどころ”で力相撲を展開する。

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sv0058o.jpg主部(400小節)はマーチ風の第1主題をアンセルメがクールにフガート展開。田園牧歌的な第2主題は個性的な音を発するオーボエやコール・アングレ、繊細なニュアンスで歌いまわすの弦のメロディーが聴きものだが、圧巻は〈怒りの日〉の4音を引用して絶叫する展開部(519小節)。

カラッと明るい音で放歌高吟するブラスのラテン的な響きが祝典的な気分を大きく高めている。
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コーダ(610小節)はトロンボーンとトランペットが華やかな打ち合いを演ずるところに心躍るが、アンセルメはストリンジェンドでわずかにテンポを速めるだけで決して熱くなりすぎない。
sv0058m.jpgピウ・アレグロではこの楽団自慢の極彩色の管弦楽が「ここぞ」とばかりに炸裂、オルガンの重低音が波打つ和声進行の中を、燦然と打ち込むトランペットの腰の強い響きが全曲を華麗にむすんでいる。

ロマンド管の華麗な音とツボを押さえたオルガンの鳴りっぷりを満喫できるアンセルメ会心の一枚だ。


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[ 2017/04/15 ] 音楽 サン=サーンス | TB(-) | CM(-)