マルティノンのチャイコフスキー「悲愴」

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チャイコフスキー/交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
ジャン・マルティノン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1958.3.31-4.3 (DECCA)
Location: Sofiensaal, Wien
Recording Producer: John Culshaw
Length: 49:36 (Stereo)
TOWER RECORDS  HMVicon


このディスクは、LPで発売されたときに大ベストセラーになった屈指の名盤で、デッカの“名物プロデューサー”ジョン・カルショウが制作した名録音として名高いものである。とくにマルティノンがウィーンフィルを指揮した唯一のものであることから、マニアの間では珍重されている“隠れ名盤”といえる。

sv0009c.jpgフランス人シェフがウィーンの名門オーケストラを使ってロシアものを料理するという異色の組み合わせは、カルショウによって巧妙に仕組まれた“デッカの配剤”と言うべきもので、マルティノンは手練手管の限りをつくして老舗の楽団を自在に操り、類い希なセンスで音楽ファンの度肝をぬく名演奏を成し遂げている。

筆者がかつて愛聴したのは、輸入レコード店で買った米デッカ盤(ステレオ・トレジャリーシリーズFFrr)のLPだったが、その音の良さに腰を抜かした記憶がある。

sv0009d.jpgウィーンフィルの甘美な弦に木管の柔らかなハーモニーを溶け込ませながら、粋なセンスで躍動するマルティノンの巧妙な棒さばきがすこぶる魅力的であった。

何よりも驚いたのがティンパニの音で、まるで、目の前で叩くような生の衝撃感というか、皮の質感を感じさせる録音に快感を覚えたほどである。

このレコードを骨までしゃぶった筆者にとって、その感動をとても書き尽くせるものではないが、近頃、英デッカ盤から板起こしされたグランドスラム盤は、LPレコードのもつ独特の質感やニュアンスを懐かしく思い出させてくれる。

「マルティノンとウィーン・フィルの唯一の競演盤。デッカの初期ステレオLPからの復刻ということだが、音の劣化やひずみは皆無に近い。深みと柔らかさ、温かみのあるLPならではの質感をそのままに感じ取れるのは得がたい。第1楽章や終楽章での主題の扱い方や歌わせ方には、“フランスなまり”のような微妙なニュアンスがうかがえるのも一興。しかしアクセントや要所の際立たせ方は鋭敏で引き締まった表現をする。優美な第2楽章、とりわけ第3楽章のスケルツォなどは奏法やメリハリのあるテンポ感が出色。」 斎藤弘美氏による月評より、GS2038、『レコード芸術』通巻第709号、音楽之友社、2009年)


「マルティノンはいつにない激しさと厳しさと、そして甘さとで他のオーケストラの追随を許さぬ奥の手を見せている。まさにひと主張もふた主張もある大家の音楽である。マルティノンの切れ味は鋭く目立つ。」  大木正興氏による月評より、GT9042『レコード芸術』通巻第304号、音楽之友社、1976年)



第1楽章 アダージオ-アレグロ・マ・ノン・トロッポ
sv0009b.jpg弓の動きが見えるようなバス、弦をガリガリと削るヴィオラ、上質の絹をつよく擦るように音階を駆け上がる第1ヴァイオリンなど、のっけからデッカの生々しい録音に腰を抜かしてしまう。木管と弦楽器は転げるように激しくかけ合い、ウン・ポコ・アニマート(67節)の爆発的な総奏が聴き手の興奮を誘っている。

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第2主題(アンダンテ)は、フランス人の名シェフが腕によりをかけて名旋律を歌い出す。94、98小節の4拍目の8分音符にルバートをかけて、微笑むようなニュアンスを紡いでゆくところがたまらない。カンタービレ(130小節)のしっとりと濡れたような肌触りと、練り絹のような弦の美しさは冠絶したもので、夢幻のフルートや、とろけるようなクラリネットも天下逸品。

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sv0009e.jpg展開部のアレグロ・ヴィーヴォ(161小節)はウィンナ・ブラスが「ここぞ」とばかり吼えかかる。総奏のすさまじい衝撃音には度肝をぬくが、弦の分散和音が馬車馬のように走り出し、トランペットが決然と打ち込まれる189小節あたりから、優美なウィーンフィルが野性味をくわえて牙を剥き出しにするところが聴きどころだ。

197小節のティンパニの粒立ちは現実にはあり得ぬ虚妄のバランスだが、この“あざとさ”が当盤の大きな魅力といえる。

再現部で弦の16分音符パッセージに対峙する裏拍のティンパニ(245小節)にも注目だ。小躍りするように叩き込むティンパニは、撥の木があたる衝撃か、皮の振動によるものか、「パカっ、パカっ!」と景気よく打ち響く打点の生々しさは、何度でも繰り返して聴きたくなる大きな“耳のご馳走”だ。

sv0009k3.jpgウィーンフィルが伝統的に使っているヘッドは「山羊の皮革」とよばれるもので、これをフランネルのマレットで叩くことで独特の音色を生むという。

デッカはマイクを鼓面から10センチの至近距離にセットしたとされるが、適度な硬度と温もりを持つ「野性的なウィーン・フランネル」が皮革を叩くときに生ずる触感をデッカの録音技術が見事に捉えている。


「第1楽章、ファゴットのppppppによるニ音が消え、アレグロ・ヴィーヴォで全管弦楽で爆発するときときの突発感、ティンパニの強打によるあの痛いような衝撃。ここはきっとマニアの間で熱っぽく語られるシーンではなかろうか。その効果たるや、もの凄いものがある。筆者は30年前に、ここで失笑を漏らしたものだが・・・」 『クラシックジャーナル』039、船木篤也氏の推薦ディスクより、アルファベータ、2009年)


sv0009x.jpg高音部の第1主題にブラスが3連音のリズムを打ち込むクライマックス(263小節)の衝撃感もすさまじい。ホルンとトロンボーンの空気圧すら感じさせるエッジの効いた録音は悪魔的といってよく、センプレ・フォルテ(277小節)の凄絶な音場が聴き手を奈落の底に突き落とす。

ティンパニの壮絶なクレッシェンドとともに、ffffで「べぇ~~ッ!」とぶちかますトロンボーンのグロテスクなまでの断末魔に身が震え上がってしまう。
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第2楽章 アレグロ・コン・グラツィア
sv0009m.jpgチェロが奏でる柔和なワルツは感興たっぷりで、6小節目の「ラッタラッタラ~」を少し間延びして歌わせ、7小節目のグリッサンドに大きな“ねばり”を入れる指揮者の“遊び心”に快哉を叫びたくなる。

この楽団が備えている音の旨味を絶妙のパフォーマンスで開陳してみせるフランス人巨匠の粋なセンスに、ただもう感嘆の言葉しかない。中間部(57小節)の甘美な語り口も雅趣にとみ、古き良き時代のノスタルジーを感じさせてくれる。

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第3楽章 アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ/スケルツォと行進曲
sv0009l.jpgスケルツォは辛口の付点処理と短いフレージングによって、歯切れよく展開する。軽快なフットワークで駆け走る弦のスピーッカートや、刻むようなオーボエの行進メロディ、ピッコロを加えて軋むような音をたてるピッツィカート主題(37小節)など、すこぶる個性的といえる。弦がクレシッシェンドを重ねて走り出すダイナミックな躍動感と、頂点(69小節)で一発打ち込まれる大太鼓の衝撃感もチェックしておきたい。
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行進曲(71小節)は溌剌とした音楽運びが爽快だ。踊るように歌うクラリネットや短く切り刻む弦のフレージングは指揮者のセンスが際立っている。小結尾でティンパニのトレモロ(195小節)の「ペタペタ」と“つぶ”を強調した餅のような感触が耳の快感をあざとく誘っている。爆発したような総奏マーチの律動も聴き手の興奮を喚起し、思わずCDを指揮をしたくなる衝動にかられてしまうのは筆者だけではないだろう。

sv0009g.jpg2回目の行進曲の総奏に入る直前に、劇的な見せ場がやってくる。大太鼓とシンバルの一撃をぶち込むところ(282小節)で、マルティノンは大きくリタルダンドをかける。聴き手の度肝をぬく一発必中の大ワザだ。レトロな大家がやる“必殺の大減速”をフランス人指揮者が乾坤一擲、「阿吽の呼吸」でやってのけている。

怒涛ごとく突き進むコーダの迫力もすごい。切って捨てるようなリズムさばきや、獅子吼するブラスの生のような衝撃音には、ただもう驚くしかない。

「演奏そのものについていえば、第1楽章さいごの妙にピッチの高いホルンや、第2楽章の、主要主題の頂点でいちいちかかるルバートとか、第3楽章さいごの大見得を切ったような減速(よくある手)とか、首を傾げたくなるところもなくはないのだが、基本的にストイックな音楽の運び・音響で、非常に魅せられる。」 『クラシックジャーナル』039、船木篤也氏の推薦ディスクより、同上)



第4楽章 フィナーレ、アダージオ・ラメントーソ
sv0009z.jpg「ぐい」と弾き抜く不揃いのアインザッツから密度の濃い音楽が流れ出し、ホルンの切分音にのせて甘美な弦が「これでもか」と色艶をのせて名旋律を歌い出すところが聴きどころ。

主題を発展させて、綿々とストリンジェンドの頂点に向かって高揚してゆく場面は、この楽団特有のもってりとした厚味のあるハーモニーが名状しがたい気分を醸し出している。断罪の一撃が打ち落とされる81小節の骨力のある音とその衝撃感といったら!
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sv0009h.jpg号泣するようなブラスの対位や、えぐっては切って返す弓が魂をゆさぶるクライマックスは、まるで実演に接しているかのように音楽が生々しい。

パニヒーダ風の弔いコラールが絶望の影を落とし、悲痛な弦の調べがのたうつように流れてゆく。深々と弓を入れるバスの喘ぐような刻みも象徴的で、半世紀過ぎた今なお色褪せぬこの演奏は、後世に語り継いでゆきたい一枚である。


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[ 2014/04/26 ] 音楽 チャイコフスキー | TB(-) | CM(-)