マタチッチのベートーヴェン/交響曲第3番《英雄》

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ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調 作品55「英雄」
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮
チェコフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1959.3.15-17 Rudolfinum, Praha
Producers: Miloslav Kulhan (Supraphon)
Engineer: Miloslav Kulhan, Jiři Očenasek, Havliček
Length: 47:22 (Stereo)
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マタチッチといえば、N響の名誉指揮者としてわが国ではお馴染みの指揮者で、最後に来日した1984年N響定期公演(第926回)を筆者はNHKホールで聴くことが出来た。

sv0091i.jpgマタチッチ作曲「対決の交響曲」とベートーヴェン交響曲第2番という地味なプログラムだったが、歩行すらおぼつかぬ85歳の巨匠は名演奏をやってのけた。これをやさしく見守るように聴き入る聴衆の暖かな雰囲気がとても印象的なラスト・コンサートだった。

1899年クロアチア生まれのマタチッチが最も愛したオーケストラがN響であり、マタチッチを最も温かく迎え入れたのが日本の聴衆であったといわれ、楽団員は 「マタちゃん」 という愛称で呼んでいた。
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「芸術家は舞台に出てくれば、その真価は一目瞭然だ。それが分からなかったヨーロッパ人の目は節穴か? マタチッチが東京文化会館とNHKホールで聴かせてくれたハイドン、ベートーヴェン、そしてとりわけブルックナーとワーグナーの名演の数々は、ぼくの一生の宝である。そのスケールの大きさ、その豪快さ、その生々しさ、その内容の深さ、胸をわくわくさせるような人間的な魅力は、疑いもなくベームのライヴを超えていた。彼はN響の名誉指揮者だった。なんと幸せな一時期であったことか!」 宇野功芳著『クラシックCDの名盤・演奏家編』より、文藝春秋、2008年)



sv0091k.jpgマタチッチはその実力に比してレコードの数が少なく、ベートーヴェンの交響曲はライヴ録音がCD化されているものの、セッション録音はチェコフィルとの第3番(当盤)のみで、これはきわめて貴重な録音といえる。

ここで60歳のマタチッチが指揮する演奏は、男性的な力強いスタイルによって貫かれ、古武士のような趣を持つ辛口の《エロイカ》 といえる。

デフォルメはいっさいなし、音楽の造形をいささかも崩さず、キビキビとストレートに押していく演奏が痛快で、そこから滋味溢れる情感が滲み出てくるのがこの演奏のすばらしいところだ。  TOWER RECORDS  amazon

sv0091l.jpg驚くべきはチェコフィルのピシッと整ったアンサンブルの見事さで、全盛期といわれるアンチェル時代の卓越した合奏能力と古風な音色がチェコの国営レーベルによって見事に捉えられている。

とくに “燻し銀” と讃えられた管楽器セクションのくすんだ響きと、弦楽セクションの光沢のある音色が聴きもので、マタチッチの構えの大きな音楽づくりをさらに味わいゆたかなものにしている。
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「冒頭から凄いほどの気迫を表した演奏である。アンサンブルも凝集力が強く、音楽的に純粋である。したがって随所に見事な表情があり、とくに第1楽章はすばらしいが、第2楽章はさらに悠揚とした流れが欲しく、スケルツォも意気込み過ぎた感がないわけではない。これはかなりの長所と短所が併存した演奏である。」 小石忠男氏による月評より、28C374、『レコード芸術』通巻第459号、音楽之友社、1988年)


「アゴーギクが薄めで直線的だが恐るべき推進力を備えた第1楽章はスコアの隅々までがクッキリと鳴って小気味よさすらある。葬送行進曲の前進力もすごい迫力。スケルツォと終楽章の一気呵成に突進する思い切りの良さときたらどうだろう。金管の音型の変更や、コントラバスによる低音の増強、さらにヴァイオリンのピッツィカートからアルコへの変更など、随所にマタチッチらしい豪快さを聴かせているが、ベートーヴェンの音楽は聴き手の胸に猛烈に突き刺さってくる。ベートーヴェンを愛するすべての聴き手の必聴盤。」 松沢憲氏による月評より、COCO70659、『レコード芸術』通巻第644号、音楽之友社、2004年)



第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ
sv0091b.jpgこれはまさしく一風格をもった大家の演奏だ。冒頭2発の和音を「びしっ!」と打ち込む力強いアタックからして聴き手の耳を惹きつける。

強靱ともいえるチェコフィルの引き締まったアンサンブルは冠絶しており、どっしりと力強いバロック風リズム(65小節)、緻密でキメの整ったスタッカート、キビキビと打ち込む和音打撃、哀愁が明滅する木管楽器の鄙びた音色など、当時のチェコフィルに備わった個性的な音色と腕の確かさ に仰天してしまう。 
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sv0091c.jpg展開部もオーケストラをぐいぐい躊躇なくドライヴするマタチッチの武骨で力強いスタイルに揺るぎはなく、弓が弦をひっかく荒っぽい音がスピーカーから聴こえてくるのも驚きだ。

弦のスフォルツァンドで変拍子リズムを押し込む決めどころ(260小節)ではトランペットとティンパニを突出させたり、エロイカ動機の再現で打ち込むティンパニのトレモロ(319小節)の暴れるような強打にも腰を抜かしてしまう。
低音弦が変拍子リズムをガツガツ刻んで突き進む攻撃的なスタイルがある種の興奮を誘っている。  TOWER RECORDS  amazon  HMVicon

sv0091d.jpgホルンの先行シグナルが聴こえると再現部だ。艶やかな弦の切分音とチャーミングなトリル、ほっこりと古風な響きで独特のヴィブラートを発するF管のホルン、オクターヴ上げてエロイカ動機を気持ちよく打ち込むメタリックなトランペット(440小節)など、チェコフィルがその持ち味を存分に発揮しているのも聴きどころだろう。

付点モチーフの音を割ったホルンの強奏(516小節)や、ティンパニのすさまじい連打(520小節)にも驚かされる。
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sv0091g.jpg引っ掛けては伸ばすバロック風主題から頂点に向かって加速をかけるコーダのゾクゾクするような緊迫感がすばらしく、トランペットがストレートに主題を打ち抜くクライマックス(655小節)の胸をすくような解放感に、「これぞエロイカ!」と膝を打ちたくなるのは筆者だけではないだろう。

まさに巨木のごときたたずまいで峻立する“筋金入りの英雄像”を刻印したものといえる。
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第2楽章「葬送行進曲」 アダージオ・アッサイ
sv0091e.jpgここではチェコフィルの古色蒼然とした木管楽器に耳を傾けよう。ひなびた音色のオーボエや、うら淋しいクラリネットやファゴットなど、艶消ししたようなチェコフィル・サウンドに酔わされてしまう。

これを受け止める厚みのある弦楽器も特筆モノで、重量感のある3連リズムや旋律のコクある歌わせぶりがたまらない魅力である。中間部で爆発するクライマックスの迫力も半端ではなく、トランペットが炸裂するセンプレ・フォルテのすさまじい音場に身が震え上がってしまう。
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sv0091f.jpg大きな聴きどころはミノーレ(ハ短調)の3重フーガ。マタチッチは2つの対位をがっつり響かせて、野太いフーガを豪快に織り込んでゆく。要所で打ち込むトランペットや、朗々と発するホルンの反行主題の強奏(155小節)もすこぶる刺激的だ。

静寂を引き裂く〈最後の審判〉 (159小節)もすさまじい。トランペットがつんざく阿鼻叫喚や「ザラリ」と響く低音弦の威力は絶大! 

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重心の低い響きによって素朴な味わいの中にもぴんと張りつめた緊張感に貫かれている。悲痛な音楽から伝わってくる人間的な温もりも剛毅木訥なマタチッチの魅力であり、血の通った肉厚のサウンドを心ゆくまで味わいたい。


第3楽章「スケルツォ」 アレグロ・ヴィヴァーチェ
sv0091h.jpgチェコフィルが鉄壁のアンサンブルを見せるのがスケルツォだ。音符の目をきっちり揃えた緻密なスタッカートと木管との精緻な掛け合いもさることながら、バスの弓を指板に激しくぶつけながら音量を増してゆく豪快なクレッシェンドは、いかにもマタチッチらしい巨像の歩み といえる。

トリオは「ほこほこ」と根太い音で鳴り響く古風なホルンの3重奏が個性的で、大地に根を張ったような燻し銀の味わいを堪能させてくれる。テンポを維持したままアグレッシヴに決めるダイナミックなアラ・ブレーヴェ(2拍子)も即興的だ。

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第4楽章「フィナーレ」 アレグロ・モルト
sv0091j.jpg「ぐい」と怒濤の勢いで突入するフィナーレは力感に富んだものだが、はて、主題提示のピッツィカートを途中(20~27小節)からアルコに変更しているのは何故かしら?(これは慣用的なものではなく裏付けが不明)。

さて、当楽章では45小節から〈プロメテウス主題〉を使った7つの変奏と2つのフーガ展開が始まるが、ここでもチェコフィルのアンサンブルの精度の高さが特筆されよう。

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sv0091m.jpg木質を感じさせる室内楽的な響きと、総奏では質実剛健ともいえるプロメテウス像をマタチッチは一筆書きの雄渾なタッチで描いてゆく。

聴きところはハンガリー行進曲(第5変奏)で、バスをたっぷり響かせた勇ましい前進駆動がマタチッチの芸風とぴたりマッチする。反行形による走句的なフーガⅡ (278小節)も聴き逃せない。早いテンポで溌剌と弾き飛ばし、ひた押しに押してポコ・アンダンテまで一気に突っ走るところに快哉を叫びたくなる。
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sv0091n.jpg夕映えのようにしみじみと奏でるオーボエの回想(第6変奏)や、野太い音で滔々と歌うホルンのメロディ(第7変奏)が感興を大きく高め、ドラマチックでメリハリ感のある巨匠の豪快な棒さばき がじつに感動的だ。

コーダのプレスト(431小節)は、舞曲風にアレンジした〈プロメテウス主題〉を、肉感のあるホルンが「ブギブギブギブギ」と16分音符を力強く打ち込んでいくところが圧巻で、これが耳の快感を誘っている。

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ガツガツと堅牢なリズムを積み上げてゆく巨匠のスタイルは古武士を思わせるが、胸をすくような和音の豪打で全曲をガッチリ締めている。チェコフィル全盛期の燻し銀の響きと、マタチッチの筋金入りの芸風を堪能できる1枚だ。


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[ 2017/05/31 ] 音楽 ベートーヴェン | TB(-) | CM(-)