ラウテンバッハーのバッハ/2つのヴァイオリンのための協奏曲

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バッハ/2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調 BWV1043
スザーネ・ラウテンバッハー(第1ヴァイオリン)
ディーター・フォアホルツ(第2ヴァイオリン)
ギュンター・ケール指揮 マインツ室内管弦楽団
Recording: 1962 (Vox)
Licensed by Ariola-Eurodisc GbmH, Munich
Length: 18:17 (Stereo)
Disc: COCQ-84713


このディスクは、コロムビアのヴォックス・ヴィンテージコレクション Vol.2の〈バッハ協奏曲集〉として米Vox原盤から復刻された1枚である。同シリーズはドイツを中心とした往年の名演奏家による録音が数多く含まれており、地味ながらレトロな味わいのある演奏が多い。この《2つのヴァイオリン》は国内初発売とのこと。

sv0097e.jpg独奏を受け持つラウテンバッハー(1932~)は、すでに引退した過去の人だがレコード録音は多く(70枚以上といわれる)、一時代前にバロック音楽でも名を馳せた名女流ヴァイオリニスト。

アウグスブルクの音楽一家に生まれ、ミュンヘン音楽大学でカール・フロイントに師事し、シェリングの門下生でもある。
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1964年にケルン合奏団の第2ヴァイオリンの首席奏者として来日、1983年には東京でリサイタルをひらき、バッハの無伴奏から3曲ほかを演奏している。若い頃の写真をみると、これがなかなかの美人。

「ラウテンバッハーはピリオド系スタイル以前の、いわゆる“正統派”とされてきた流れを代表する演奏家といえよう。ラウテンバッハーの特質である師シェリング譲りの高潔さ、整った造形、折り目正しいフレージング、明確に際立たせた1つ1つの音とその連なり、楷書体ともいえる端然たる直裁な弾きぶりであり、ドイツ人らしい堅実な資質とも相俟って、細部まできっちりと弾きこんだ演奏となっている。」( 寺西基之氏による「ライナーノート」より、コロムビア・ミュージック、2008年)


sv0097b.jpgここで聴く《2つのヴァイオリンのための協奏曲》(通称ドッペル)はラウテンバッハーの飾り気のない端正な演奏スタイルが特徴で、ドイツ流の拍節をまもった安定感のあるフレージングによって、女性らしいたおやかな情感と、しっとりとした哀しみが綴られているのが特徴。

ゆとりのあるテンポから旋律線はしっかりと弾き出され、果肉のみっちり詰まった濃密で、しかも温かみのある音色がたまらない魅力である。  COCQ-84714

「このバッハの協奏曲3曲の録音は、当時としては知的で斬新な録音ながら、ラウテンバッハーの録音としては珍しい部類に属する。演奏については、知的、端正、オーソドックスというにつきる。第1番など、そのパッショネイトな性格を反映した見事な演奏で、音程の取り方ひとつにも知性が感じられる。」 渡辺和彦氏による「ライナーノート」より、コロムビア・ミュージック、2009年)



第1楽章 ヴィヴァーチェ
sv0097c.jpgゆるやなトゥッティ主題のたっぷりした弦楽合奏が心地よく、レガート主体の低音部の対位をしっかりと響かせるあたりは、いかにもドイツ流で、中部ヨーロッパ的なサウンドといえる。

指揮者のギュンター・ケール(1920~89)はマインツ室内管の創設者で、ヴァイオリニストで学者でもある。
COCQ-84529

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sv0097d.jpgニ短調で完全終止して開始する10度跳躍のソロ主題(22小節)を、ラウテンバッハーがしっとりと憂いを漂わせながら、1音1音丁寧につむいでゆくところが印象的だ。

高音部の絹擦れのような美しい音色がとくに魅力的だが、それにも増して中低音の肉感のある温もりのある音が聴き手の耳を惹きつけてやまない。

TOWER RECORDS [TWSA-1033] 
amazon [COCQ-84441]
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sv0097f.jpg16分音符の分散和音は決して弾き急がない。勢いにかられて指をとばすことなく、1つ1つの音をしっかりと拾っていくスタイルは端正で実直の一語に尽きる。ヴァイオリンを習う者にとっては良きお手本になる演奏になろう。

第2ヴァイオリンのフォアホルツも同様のスタイルで、低音域で太い音を響かせて第1ヴァイオリンをしっかりと支え、安定感のある演奏を繰り広げている。

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sv0097o.jpgトゥッティの繰り返し後にはじまる主題の展開(50小節)も、落ち着きのある手堅いアプローチで、息をのむような華麗な弓さばきや、ゾクゾクさせるようなヴィルトゥオジティとは無縁の、型にはめて一歩一歩生真面目に歩む感がつよい。
しかも厳粛に内面を掘り下げながら、しっとりと哀感をにじませて歌い込んでゆくところがじつに感動的だ。

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独奏楽器を左右のチャンネルに振り分けた録音は分離感があり、ところどころ音にひっかかりあって年代を感じさせるが、厚味のある自然でのびやかなサウンドが耳にやさしく、昨近の古楽奏法による切れのするどいデジタル音には感じられない温かみと手づくりの味わいがある。


第2楽章 ラルゴ・マ・ノン・トロッポ
sv0097h.jpgバッハの創作した最も美しい音楽のひとつに数えられるラルゴは、悠久の流れを感じさせる落ち着きのある演奏で、いつ果てることも知れぬ綿々とした流れの中に身を浸したくなってしまう。

女性らしい艶をしっとりとのせた情緒纏綿たる歌い回しや、心に沁み入るような切分音は言わずもがな、トリルのひとつをとっても奏者の心が込められている。

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sv0097m.jpg物思いにしずむようなエピソード風の間奏曲(16小節ほか)の味わい深さや、緩やかに飛翔する第2主題ウェットな歌い口も聴きどころのひとつだろう。

中間部(24小節から)で16分音符の美しい綾を織り込みながら、とめどもない哀しみが綴られてゆくところはバッハにそっと寄り添うような清楚なたたずまいがある。


高音域で高揚することを避けるかのように、やさしく第2ヴァイオリンの第1主題を導くアプローチも心憎く、ラウテンバッハーの芸格の高さを伝えてあますところがない。

sv0097n.jpgなお、第1主題が再現する44小節で、第2ヴァイオリンが冒頭の4小節と同じように、記譜上にはないH音にトリルを入れているが、これは、多くのヴァイオリン奏者が慣習的に採用しているものだろうか。

トリルを入れずに楽譜通り演奏しているのは、手持ちのCDではハイフェッツ盤のフリードマンだけである。また14小節(および48小節)については旧バッハ全集のes(変ホ)ではなく、バッハの手稿通りe(ホのナチュラル)で弾いている。


第3楽章 アレグロ
sv0097j.jpg独奏楽器が目まぐるしく追いかけるようにストレッタされたカノン主題を、独奏者は楷書風の折り目正しいフレージングによって、キメ細やかな味わいをしっとりと紡ぎだしてゆく。

緊張感には乏しいが、うるおいと香りを添えて音楽に快いポエジーを与えてゆくあたりがラウテンバッハーらしい。

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大きな聴きどころは、第1と第2の独奏楽器が合一となる重音による和声進行(41小節)。弓をいっぱい使い、背筋をぴんと伸ばして厳正に和音をさばいてゆくさまは実直そのもので、あれこれと小細工を弄せずバッハの核心に真正面から毅然と切り込んでゆく独奏者の潔さが印象的だ。

sv0097k.jpgソロ主題の再現(48小節)は艶をたっぷりのせて、さらにスケールを増した表現によって大きく歌い回してゆくところがすこぶる感動的だ。

3連音を決して弾き急がず、ゆったりしたテンポと左右に分かれた独奏楽器の分離感によって、バッハの緊密なポリフォニーの書法が明瞭に解き明かされているあたりもこの演奏の大きな聴きどころだろう。

分散和音の波がたゆたう中を、太い音でしっかり歌い出される第3主題(73小節、112小節)も音楽の密度は濃く、悲哀感を織り込みながらも、快い流動感と安定感のあるフレージングによって音楽が大きくゆたかに息づいている。

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sv0097l.jpg2度目の重音パッセージのヤマ場(127小節)もカッチリしたフレームの中で厳粛な気分を張り巡らせているが、結びのストレッタの第1主題と3連音パッセージは名人芸とはおよそ無縁の、実直で崩しのないスタイルを貫き、全曲を格調高く締め括っている。

分離の良いまろやかな録音と相まって、バッハのポリフォニーを心ゆくまで堪能させてくれる掘り出し物の一枚だ。


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[ 2017/08/26 ] 音楽 J.S.バッハ | TB(-) | CM(-)