ムラヴィンスキーのバルトーク/弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽

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バルトーク/弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 Sz.106
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラードフィルハーモニー管弦楽団
1965.2.28 Grand Hall of the Moscow Conservatoire
Engineer: David Gaklin
Length: 21:35 (Stereo Live)
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ムラヴィンスキーのレコードの中でも筆者の印象につよく残っているのが、 1965年2月のモスクワ公演の実況録音集だ。1975年に「来日記念盤」と銘打って発売されたものだが、分離のよい鮮明なステレオ録音に驚いた。それまでムラヴィンスキーのメロディア盤といえば、骨と皮だけの痩せた硬い音のモノラル盤しか知らなかったから、これを聴いた時の筆者の衝撃はひとかたならぬものだった。

sv0099b.jpgこのコンビ半世紀の歴史の中で最盛期は60年代前半といわれ、フルシチョフ政権下の自由な空気の中で楽員の士気も高かったという。

このモスクワ公演集は4回のコンサート・ツァーを収録したもので、シベリウス、オネゲル、ストラヴィンスキー、ヒンデミットといった20世紀の作品を含む意欲的なプログラムが並ぶ。中でもバルトークの《弦チェレ》は、62年ハンガリー公演と、それに先立つソ連初演のために1ヶ月をかけて準備されたものだ。

「65年2月。ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルはモスクワを訪れ、音楽院ホールで4回の演奏を行った。当時彼らが力を入れていた、バルトークやヒンデミットなどの20世紀作品を含む意欲的なプログラムをひっさげ、万全の準備をもって臨んだこのツアーの録音は、LPとして発売され、大きな反響を呼んだ。極めつけの《ルスランとリュドミラ》序曲をはじめとする鉄壁の演奏は、何度聴いても驚異的としか言いようがない。」 特集「栄光の1960年代」より増田良介氏による、~『レコード芸術』通巻第694号、音楽之友社、2008年)


sv0099c.jpg演奏は、贅肉を削ぎ落としたような弦楽のスリムなフレージングを基本とし、ムラヴィンスキーの厳しい意志と統率力が全曲を貫いている。怜悧ともいえる緩除楽章の緊迫感も無類のもので、フィナーレで見せるロンド主題の爆発的なダイナミズムと、ザグサクと弓をいれる鋼鉄の弦楽集団の離れワザが聴き手の興奮を喚起してやまない。

循環主題が回帰するクライマックスの筆圧の強い表現も圧巻で、氷のように冷たい響きの中から沸々と湧き出ずる雄大な音楽が聴き手を圧倒する。

「当時のライヴ録音にしては音がよいので、ムラヴィンスキーの至芸を存分に堪能することができる。これらの中でまず筆頭にあげられるのは、バルトークであろう。これは、実に精緻に構築された演奏で、ムラヴィンスキーは一点一画をゆるがせにせず、音楽の核心に鋭く迫っている。全楽章を通じて、一種独特の緊迫感にあふれた、凄みすら感じさせる快演である。」 志鳥栄八郎氏による月評より、VIC9545、『レコード芸術』通巻416号、音楽之友社、1985年)


「バルトークがことにすばらしい。ムラヴィンスキーはこれを純然たる古典曲として指揮しており、一切の夾雑物を取り除き、純音学的な表現に徹しながら、そこに詩的な香りや孤独感やすさまじい緊張力を漂わせる。ことに燃え立つような精神力に充ちた第2楽章と、疾風のようなテンポで息づまる進行を見せる第4楽章が見事だ。」 宇野功芳氏による月評より、MKX2009、『レコード芸術』通巻296号、音楽之友社、1975年)



第1楽章 アンダンテ・トランクィーロ
sv0099f.jpgヴィオラに始まる冒頭の神秘的な半音階旋律は、これがフーガとなって上下に5度重ねながら声部を順次拡大してゆくところがユニークで、この主題は循環主題となって全曲を支配する。  TOWER RECORDS  amazon [SACD]

いやらしいレガートでぬめりながら、厚ぼったいフレージングで「とろり」と塗り込めるカラヤン盤に比べると、半音階がスッキリと明瞭に聴こえ、端然とした進行とクールな響きが印象的だ。
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sv0099d.jpgセンプレ・クレッシェンドから頂点に向かってぐいぐい上り詰める弦楽集団の鉄壁のアンサンブルも聴きどころで、シンコペートされた変ホ音の斉奏からグリッサンで下降する切れのある弓さばきは、名刀もかくやと思わせる鋭さと強靱さを見せている。

チェレスタの繊美な分散和音で彩るコーダは、氷のような透き通った響きの中で、鋭利な刃物で「す~」と旋律線を描くがごとく、怜悧で透明度の高い弦の響きは筆紙に尽くし難い。「冷たく光る針金のような弦の動きが、この曲のもつ抽象的な美を描き出す」(増田良介氏)


第2楽章 アレグロ、4分の2拍子
sv0099g.jpgここでは2群に分かれた弦楽グループが左右でかけ合い、オーディオ的なステレオ感を存分に堪能させてくれる。

「がっしり」と叩き込まれるティンパニを合図にえぐり出す第1主題は力動感に充ち、舞曲調の第2主題の巧緻なリズムさばきと、一糸乱れぬ強靱な弦楽アンサンブルがすさまじい勢いで進行する。

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各パートを寸分の狂いもなく噛み合わせる機械職人を思わせる精密さもさることながら、痛烈なアタックを仕掛け、一切の感傷をも寄せ付けぬ厳しい眼差しで鋭く切り込んでゆくところは、楽員と聴衆を睥睨する冷酷な仕事師ムラヴィンスキーの独壇場! 音の贅肉を徹底して削ぎ落とし、作品の地肌が輝きを帯びるまで研磨する錬金術師を思わせる。

sv0099e.jpg大きな聴きどころはピアノの連打が加わるコデッタ主題(155小節)。「ザクザク」弓を入れる和音打撃の鮮烈さと抉るようなリズムの切れに鳥肌が立ってくる。

バルトーク・ピッツィカートとスネア・ドラムの打ち込みを交えた展開部(187小節)もムラヴィンスキーは攻撃の手を緩めない。ひきずるようなフガート主題(310小節)は生き物のようにうごめき、凄腕の弦集団がダイミックスと持てる駆動性を十全に発揮する。

「効果を狙ったり、聴衆に媚びたりするところは皆無だが、音楽の本質を厳しく追及する眼が炯々と冴えている。第1楽章のひそやかで孤独な告白、フレーズをすっぱりと断ち切り、夾雑物を取り除き、純音学的な表現に徹しながら、そこに詩的な香りがいっぱいに漂う。第2楽章の張りつめた緊張感も見事で、燃え立つ魂は何ものにも比較しがたい。」 宇野功芳氏による月評より、VIC5066、 『レコード芸術』通巻326号、音楽之友社、1977年)


sv0099h.jpg決然と回帰する再現部(372小節)も力感が漲っている。ストレッタで畳み掛ける2群のせめぎ合いは苛烈を極め、ストレートで張りつめた緊迫感が有無を言わせぬ迫力で迫ってくる。

弦楽群が軋みを立てるように追い込むコーダの攻撃的な突進も実演ならではの気魄に充ちたもので、「ぐい」とねじ伏せる力瘤のある終止は、指揮者の“鉄の意志”を感じさせる。


第3楽章 アダージョ
sv0099i.jpgムラヴィンスキー劇場の開始を告げる拍子木を打つようなシロホンと、死の恐怖を語り出すヴィオラ(重奏)のパルランド・ルバート風主題がきわめて意味深である。

夜のしじまの中でヴァイオリン(ソリ)が歌う主要主題の変奏(夜の歌)は、1音1音が研ぎ澄まされ、その潔癖な旋律線は神経の繊細な糸が透けて見えるかのようだ。

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sv0099k.jpgチェレスタの分散和音とハープのグッサンドがかけ合う中を、弦楽のすさまじい震音が強大なエネルギーを発する中間部(ピウ・レント)が大きな聴きとごろだ。アクセントを利かせた5音を情け容赦なく叩き込むクライマックスは、鬼将軍が圭角のある攻撃を仕掛けてくる。

鉄の意志で氷原を突き刺す先鋭な打撃、地の底までえぐられるリズム、冷たく結晶したような金属音が破局の頂点を形成し、聴き手を奈落の底に突き落とす! 
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チェレスタのアルペジオの中で揺らぐ主題再現は、艶光りした鋼のように冷く響く繊美な旋律から、死者を弔う瞑想的な気分が秘めやかに漂っている。


第4楽章 アレグロ・モルト
sv0099l.jpgフィナーレは裏拍から駆け出すロンド主題(A)と、その間に織り込む3つクープレ(副主題B、C、D)から成り立つ民族的な色彩の濃い音楽だ。

左右にかけ合いながら躍動するロンド主題のリズムの切れは抜群で、ティンパニが4度リズムを刻むクープレB、2度の弦が疾走するクープレCなど、贅肉を削いだ骨と皮の筋張った音楽が途轍もない勢いで進行する。
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ピアノに呼応するロンド主題の総奏は、統率された弦集団の強圧的なフレージングにただもう驚くばかり。

sv0099m.jpg音楽が動き出すのはスタッカート主題が現れるクープレD(85小節)から。行進曲調の音楽が軽快なテンポで緻密なアンサンブルを繰り広げるところは、聴き手をゾクゾクさせる名場面といってよく、苛烈に叩き込む和音打撃が聴き手の快感を誘っている。

ピアノのロンドに呼応して突き上げる鋼鉄のような弦のクープレのすさまじさといったら!
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sv0099n.jpg弦のオスティナート・リズムにのって、ピアノのリズミックな同音7連打が先導するクープレBの再現部(150小節)も大きな聴きどころだ。

鬼将軍が鋭い弦の刃を振りかざし、切り刻むようにストリンジェンドで走り出すところは血も涙もない悪魔としか言いようが無く、「これでもか」とすさまじいトレモロでクライマックスへ追い込むところは手に汗握る興奮を喚起する。

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この時、モルト・モデラート(204小節)で突然視界が開けるかのように、半音階の循環主題が全音に拡大した“強大なクライマックス”が出現する。凍てついた極寒の氷原に熱き血を注ぎ込み、雄々しく歌い上げる音楽はすこぶる感動的で、張りつめた空気の中でロシアの大地を礼賛するムラヴィンスキー将軍の胸の内は熱い!

「終楽章での循環主題の出現はとり分け印象的だ。まず置かれた場所も場所だが、主題の音程がディアトニックに拡げられて、それまでの欝然たる趣が一挙に豁然と開けるような想いがする。然も音程の拡がり方が、今まで長2度だった所は長3度、短3度対増4度という具合に拡大されるのである。これは一体何を意味するのだろう? バルトークの耳が捕らえたのか、それとも冷厳な音響学的計算に基くのか。ともかく、これをきく私たちの感動は動かしがたく、疑いようがない。」 吉田秀和著『主題と変奏』より、初出:芸術新潮、1952年)


sv0099o.jpgチェレスタとハープの夢幻的な音階が束の間の安らぎを与えてくれるが、カノンで突入する熱狂的なロンドと、ポルタメントをかけて美麗に歌うメノ・モッソの音楽がドラマティックに高揚する。  TOWER RECORDS  amazon

3小節の急速な終止は、楽員が一瞬、戸惑ったようなアンサンブルの微妙なズレがスリリングの極みで、最後に「ひやっ」とさせる緊張感がいかにも実演らしい。このコンビ絶頂期の姿をあますところなく刻んだ極めつけの一曲だ。

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[ 2017/09/30 ] 音楽 バルトーク | TB(-) | CM(-)