バレンボイム=シカゴ響のシューマン/交響曲第4番

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シューマン/交響曲第4番ニ長調 作品120
ダニエル・バレンボイム指揮
シカゴ交響楽団
Recording: 1975.3.28 Medinah Temple, Chicago
Recording Producer: Günther Breest (DG)
Recording Engineer: Klaus Schaibe
Length: 28:40 (Stereo)
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この全集アルバムはかつてLPで一度発売されただけでオクラ入りし、長らく日の目を見なかった珍しい音盤である。当時(1978年)はベーム、カラヤン、バーンスタインといった指揮者が現役でバリバリやっていた頃だったから、バレンボイムなど駆け出しの小者扱いされて影が薄かったのは無理からぬことといえる。

sv0061q.jpgシューマンの〈交響曲第4番〉といえば、いかに天才バレンボイムといえども、目の前に立ちはだかる大きな壁がある。万人が認めるフルトヴェングラーのグラモフォン盤(1953年)だ。
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フィナーレ開始の、弦のさざ波がクレッシェンドしていく中から崇高なファンファーレが勇躍して立ち上がる“あの名場面”を一度でも耳にすれば、その呪縛から逃れることが出来ないのは筆者だけではないだろう。

「第4交響曲など、レコードできくとなれば、古くさいけれど、フルトヴェングラーのを、やっぱり、きいてしまう。この曲で特徴的な、終楽章に入る前の長い経過をはさみながら、次第にクレッシェンドしてゆくところなど、フルトヴェングラーのそれは、正にうってつけだった。精神的緊張が官能的陶酔を生み、その上、そこには一種神経症的な痙攣とほんとんど隣りあわせといってもよいような神経質な戦慄の味わいさえまざっていた。」 吉田秀和著『レコード音楽の楽しみ』より、音楽之友社、1982年)


sv0061p.jpgフルトヴェングラーを他の誰よりも崇拝し、その演奏解釈を賛美してやまないバレンボイムは、1954年ザルツブルクで死の1ヶ月前の巨匠と会い、「11歳にして驚異的だ!・・」との賛辞をもらっている。

その後、指揮者としても成功をおさめたバレンボイムのドイツ音楽への傾倒ぶりと、テンポ・ルバートを多用するロマンティックな演奏スタイルは他の追随を許さない。
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sv0106a.jpgそのバレンボイムがシューマンの交響曲を演奏するとなれば、フルトヴェングラーを意識せぬはずはなく、史上最強のヴィルトゥオーゾ楽団を指揮したバレンボイムが、果たして巨匠を彷彿とする演奏をアナログ完成期のステレオ録音によって再現してくれるのか、聴き手の興味はまさにその1点に尽きよう。



「バレンボイムのシューマンは、ちょっときくとドイツの伝統様式を踏襲しているように思われるが、実は精神構造と感覚においてドイツとは何の関係もなく、そこに新しさと弱さがある。第4番は夢幻的な情緒の表出という意味では不満が残るが、シューマンのスコアがリアルに音にされたおもしろさがあり、それがバレンボイムの主張と感じられる。」 小石忠男氏による月評より、15MG3075、『レコード芸術』通巻第417号、音楽之友社、1985年)


「バレンボイムの天才的ともいえる音楽性を感じさせる演奏である。第4番は、暗い情念に満ちた音楽を、楽譜の隅々を掘り起こす鋭い筆致で描き上げている。このオケの力強い響きにこれほどに柔軟な表情を与え得たのは、尋常ならざる力であったと言うべきであろう。」 根岸一美氏による月評より、POCG4049、『レコード芸術』通巻第527号、音楽之友社、1994年)



第1楽章 かなりおそく ニ短調
sv0040j.jpgゆたかなオーケストラ・サウンドをなみなみと注ぐ導入部は、デュナーミクの幅をたっぷり取り、強い筆圧で高潮する。

神秘の中に潜む憧れと苦渋、そこから湧き上がる闘争的な精神を聴き手に予感させるか否かは別として、濃厚なロマンを充溢させながら入念に弦を練り回して主部へ突入するストリンジェンドのスケール感はフルベンを思わせるものだ。
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主部(提示部)は、見得を切るような和音の打ち込みがいかにもフルベン流。若きバレンボイムは気負いからか、前のめりになって前進するが、聴き手に印象づけるのが「変ホ音」の斉奏で突入する展開部(87小節)。天啓のごとく聴き手に強烈なインパクトを与える巨匠の“警告的な宣言”の向こうを張るように、骨の太い威嚇的なブラスを極限まで引き伸ばすフェルマータが途轍もない緊迫感を生み出している。

sv0077e.jpg聴きどころは、弦の下降トレモロが管の跳躍動機へと雪崩れ込む121小節で、ユニゾンで刻み返すメカニックな弓さばきは、モノラル盤では絶対に味うことの出来ない解像度の高さがある。

パンチの効いた管弦楽も痛快で、“弦付きブラバン”の異名をとる楽団ならではのマッシヴな手応えは、シカゴ教(響)信者にはたまならい魅力だろう。
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歌謡風の第2主題も聴きのがせない。第1ヴァイオリンが「ハ音」のフェルマータの後に、少しためらうように歌い出す147小節、「変ホ音」にしっとりと艶をのせてウェットに歌い上げる221小節のフレージングの美しさは格別で、深沈とたゆたう主題変容はロマンの精髄を極めた感があろう。
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sv0077f.jpgバレンボイムが荒ワザを仕掛けてくるのは低音弦から順次駆け上がるフガートと和音打撃を激しく繰り返す285小節で、フルベン流のアッチェレランドで聴き手の興奮を喚起する。

その頂点で歌謡主題の視界を鮮やかに切り開く見通しの良さもさることながら、威風堂々と確信を持って突き進む音楽は勇壮な気分に充ちている。
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「フルトヴェングラーは、私にとって音楽作りのあらゆるすぐれた面の表象なのです。そして至高の再創造芸術の表象なのです。フルトヴェングラーにおけるテンポの変化は気紛れではなく、自己陶酔でもありません。そこには常に意味があり、楽章における有機的な必然性を強調するためでもありました。」 ダニエル・バレンボイム語る~『レコード芸術』通巻第355号より、音楽之友社、1980年)


「フルトヴェングラーの真似をしてはいけない。あの人の芸は真似できない。真似をすれば偽物になるだけ。偉大な演奏家というのは一種の麻薬みたいなもんじゃ。」(朝比奈隆)



第2楽章 ロマンツェ かなりおそく イ短調
sv0077g.jpg中世のバラードを訥々と奏でるオーボエとチェロの寂びた味わいは格別のもので、深い瞑想の中から情念が迸るようなフルベンの濃厚さはむしろ控え、虚静恬淡な歌い口によって音楽が淀みなく流れてゆく。

中間部の独奏も太い音によって聴き手の心を揺さぶるフルベン盤に比べればあっさりしているが、後半部(35小節)のコクのある低音弦や、再現部の物憂げでロマンティックな情趣はバレンボイムの面目躍如たるところだ。
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第3楽章 スケルツォ いきいきと ニ短調
sv0077h.jpg威厳に充ちた闘争精神と夢幻的な詠嘆を巧みに織り交ぜるフルトヴェングラーに対し、バレンボイムは豪壮で強圧的なジャーマン・サウンドによって、強固な意志を提示する。

カノン進行とシンコペーションを組み合わせた楽句を、切れの良い棒さばきで急迫的に追い込むところはバレンボイムの真骨頂。じっくりと歌い込んだ2つのトリオとコラール風の静けさの中で、来たるフィナーレへの期待感を大きく高めている。
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第4楽章 おそく ニ短調
sv0040g.jpgなみなみと湧き上がる弦楽の壮大なトレモロの中から、泣く子も黙るシカゴ・ブラスのファンファーレが「がっつり」と立ち上がる導入部は聴き応え充分。

パワフルなホルンが3連音で駆け上がるところは、腕の鳴る猛者たちが崇高なフルベン盤を蹴散らして「俺たちが神さまだぜ!」と云わんばかりの存在感を示している。

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主部はバレンボイムが切れのある打撃を打ち込んで、力強く突き進む。鋭いリズムで名人オーケストラを自在にドライヴするさまは痛快きわまりなく、駆け走るように颯爽と捌く第2主題は若々しい覇気に溢れんばかり。付点リズムと低音弦から駆け上がるフガート展開名人オーケストラのパワーが全開で、これがゾクゾクするような興奮を誘っている。

sv0106b.jpg警告的な和音で突入する展開部は、リズムの対位を伴った第1主題の断片をフガート的に畳みかけるところが聴きどころで、「これでもか」とアッチェレランドの手を緩めぬバレンボイムの切れのある棒さばきに鳥肌が立ってくる。

その頂点(104小節)で、4本のホルンの勇壮なテーマが「ここぞ」とばかりに立ち上がる名場面は身の震え上がるような高揚感が湧き上がり、役者をそろえたこの楽団の最高度のパフォーマンスに酔わせてくれる。


バレンボイムがアクセルを踏むのは再現部の小結尾(168小節)から。爆発的な和音のクレッシェンドから第2主題を導いてエネルギッシュに走り出す。フルベンなら196小節あたりから無我夢中に荒れ狂うところだが、バレンボイムは熱くなりすぎない。

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sv0106c.jpgストレッタで見せる威風堂々とした気風と筆圧の強い管弦楽で畳み込んでゆくが、仕上げのプレストでシカゴ響の強大なパワーを爆発させ、これを誇らしげに開陳する。

鬼に金棒とはまさにこのことで、史上最強の楽団を自在に操るバレンボイムがフルベンの神技に対抗するかのように、電光石火の速ワザをやってのけるところに快哉を叫びたくなる。

「ざまあみやがれ!」とばかりにとどめを打ち込む痛烈なバス・トロンボーンが名曲を力強く締め括っている。

バレンボイムが覇気にとんだ若々しい感覚で仕上げた必聴の一枚だ。


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[ 2018/01/13 ] 音楽 シューマン | TB(-) | CM(-)

ショルティ=ロンドン響のマーラー/交響曲第2番《復活》

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マーラー/交響曲第2番ハ短調「復活」
ゲオルク・ショルティ指揮 ロンドン交響楽団&合唱団
Soloist: Heather Herper, Helen Watts
Location: 1966.5 Kingsway Hall, London
Recording Producer: David Harvey (DECCA)
Recording Engineer: Gordon Parry
Length: 81:00 (Stereo)
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ショルティがマーラーの交響曲に取り組んだのは1961年のことで、コンセルトヘボウ管との第4を皮切りに、ロンドン響とは第1、第2、第9、第3の順で60年代のデッカと精力的なレコーディングを行っている。これらは、50代半ばのショルティが持ち前の統率力で剛腕ぶりをいかんなく発揮した演奏で、ハイファイ録音と相俟って聴き手に肉体的興奮すら喚起させるものだ。

sv0105j.jpgここでは明確なリズムに支えられた緻密なアンサンブルとダイナミックな音響が混成一体になった押し出しの強いスタイルで全曲が貫かれている。

轟音をたてる低音弦の生々しさや、ブリリアントに立ち上がるブラス・セクションの衝撃感など、その解像度の高さは究極の“デッカ・マジック”といえるもので、骨格のガッシリしたマッシヴなサウンドがマーラー音楽の醍醐味をあますところなく伝えている。

「英デッカの魔術的ともいいたいようなレコーデイング効果を強く印象づけた話題の録音である。特に、第1楽章冒頭のチェロとコントラバスがfffで奏する動機の迫力と底力は、聴き手の度肝を抜かずにはおかないほど凄まじいもので、それがドラマティックで起伏の激しい演奏への期待をいっそう強めていた。60年代の英デッカのモニュメンタルな録音のひとつとして忘れられないものだろう。」 オントモムック『クラシックディスク・ファイル』より歌崎和彦氏による、LONDON/POCL3600/1、音楽之友社、1995年)


「折り目正しい拍節感、微細なダイナミクスの直線的な表出、躊躇なく、硬く叩きこまれるスフォルツァンドといった、融通の利かない剛直さと活き活きとしたバネの利いたカンタービレの相乗効果が、全体をシンプルに彩って、長大なクライマックスに向けてひた走る雄渾な音楽を生み出している。ステレオ初期のデッカらしい誇張された音の録り方に好悪は分かれようが、筆者にとっては《復活》を聴くときにまず手が伸びる盤のひとつである。」『ゲオルグ・ショルティ再考~没後10周年記念』より相場ひろ氏による、POCL3600/01、『レコード芸術』通巻678号、音楽之友社、2007年)



第1楽章 「葬礼」アレグロ・マエストーソ
sv0105n.jpg切れのある高弦のトレモロの中を、「ザリザリ」と目を剥いたような低音弦が豪壮に突進するところに肝を潰してしまう。強靱なバネのようなリズム打ちと、杭を打つようなアクセントはまさしく〈死の行進〉

弓の動きまで伝わるコントラバスの触感や、ファゴットが低音域に沈み込む暗澹たる情景(15小節)は、なるほど、デッカらしい“音の視覚化”で、生々しさもここまでくると悪魔的といえる。
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グロテスクな木管の歌(第1主題)や、身悶えするような弦の動機を支える低音リズムの仮借のない進行は剛腕指揮者の独壇場。歯切れ良く下降する強靱な和音打撃とブラスのとどめ打ちは、鮮烈な音場もさることながら、聴き手の肉体的興奮を呼び起こすショルティの人並み外れた運動能力が大きくものをいう。

sv0105b.jpg第1展開部(117小節)の第2主題は、安らぎに満ちた楽想がテヌートをたっぷり効かせて奏される。牧歌的な〈海の静かさ〉の主題(129小節)や幻夢的なヴァイオリン独奏(216節)の繊細な味わいも一級品で、瞬間湯沸器のように爆発するフォルティシモの筆勢の強さとったら! 

ホルンの勇ましい呼び掛けと第3主題のコラール(175小節)から骨張った総奏(196小節)へと導くところは、雄渾な気分が漲っている。
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ショルティが豪腕ぶりを発揮するのは第2展開部(244小節)から。グロテスクな銅鑼の一撃を皮切りに、ホルンが〈ディエス・イレー〉(怒りの日)を吹き上げて闘争的な修羅場へと直往邁進する場面が最大の聴きどころ。コル・レーニョで弦を叩きながら第1主題が立ち上がる壮絶なクライマックス(304小節から)は、ダイナミック一本槍で突撃する武闘派ショルティの力ワザに快哉を叫びたくなる。

sv0105c.jpgリズムの目がぴしゃりと揃ったアンサンブルの精度に驚嘆するが、攻撃の手をいささかも緩めぬ鋭角的な連続打撃と、フル・オーケストラの最強音で決める頂点の一撃の凄まじさは手に汗握る暴れぶりで、復活のディスクで冠絶したものといえる。

それもそのはず、ショルティは当時の英国で“雄叫びの髑髏(どくろ)”という異名の猛者で知られ、若き日はフットボール選手になることを夢みたという。
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ブラスの強烈なトリルと総奏の一撃をぶちかます再現部(356小節)や、爆音を轟かせて威嚇的に行進するコーダ(392小節)も衝撃的だ。3連音の急速な半音階下降によって奈落の底へ急降下するカタストロフは、聴き手の度肝をぬく直情的な終止といえる。


第2楽章 アンダンテ・モデラート
sv0105d.jpgショルティは弦の分厚いサウンドによって、間奏風の舞曲を大きくゆたかに歌い上げる。チェロとヴィオラがたっぷりと歌い継ぐ歌謡旋律や、チェロの対旋律が“筋肉質のカンタービレ”で雄々しく歌い上げる第1変奏(86小節)の肉厚の響きは音楽マニアの耳の快感をそそる聴きどころ

ツボを押さえたように弾き回す第2変奏(210小節)の強靱でコクのあるフレージングの妙味も抜群で、あたかもジューシイな肉汁を含んだビフテキをたらふく食ったような満腹感にみたされてしまう。
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第1トリオは、3連音の弦楽スピッカートが精密かつ健康的に刻んでかけ合うところが気持ちいい。コントラバスが弦を噛むように突っ込むアウフタクト(64小節)の生々しい録音は「ほんまデッカ?」といいたくなる虚妄のバランスも聴き手の耳をくすぐる聴きどころだろう。第2トリオの武骨な総奏も失われた青春の悲しみなぞ糞喰らえ、むしろ青春を謳歌する体育会系の逞しさに貫かれているところがショルティらしい。


第3楽章 静かにに流れるような動きで
sv0105e.jpgスケルツォは、歌曲集《子供の不思議な角笛》の第6曲〈魚に説教するパドヴァの聖アントニウス〉

ここで“ハンガリーの聖ジェルジュ”が、魚たちを軍隊のようにぴしゃりと整列させて説教するのが傑作で、切れのあるリズムで鞭打つ“鬼軍曹のシゴキ”に堪えきれぬ魚たちの悲鳴と嘆きが、トランペットの諧謔的なメロディー(157小節)から聴こえくるではないか。
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トリオの〈狩猟ファンファーレ〉も強烈で、獲物をとっ捕まえるような凶暴さで乱入し、阿鼻叫喚のクライマックス(441小節)は灼熱地獄のようにカッカと燃え上がる。ティンパニの刺激的な連打やバスの生々しい弓の動きなど、ここでもデッカのあざとい演出効果は健在。天上のエピソード(272小節)のトランペットは即物的で、ロマンティックな味わいはいささか稀薄である。
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第4楽章 「原光」きわめて荘厳に、しかし素朴に
sv0105f.jpg「おお紅い薔薇よ」とアルト独唱の歌う〈原光〉《子供の不思議な角笛》第12曲から転用したもの。

ここではヘレン・ワッツが暗色のトーンとゆたかな肉声によって、苦境のさなかにいる人間が神のもとに帰りたいと願う気持ちを真摯に歌い上げる。
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とくに、中間部以降の雄弁で肯定的な語り口は類例がなく、死への仄かな憧れというよりも、天国の扉をこじ開けようとする意志の力が伴奏から湧き上がってくるのがユニークだ。〈復活〉を待望するコーダの過剰な高揚感は死者にとってはプレッシャーではないかしら。


第5楽章 スケルツォのテンポで(荒野に叫ぶ者)
sv0105g.jpgここではグレゴリオ聖歌のディエス・イレー(怒りの日)をパロディー的に変奏した名旋律と、〈復活賛歌〉を先取りした復活主題をブラスが崇高に歌い継ぐ場面(62小節)が聴きどころだ。

木管の〈荒野に叫ぶ者〉と舞台裏のホルンが掛け合うところ(84小節)や、音を割った6本のホルンが炸裂する復活ファンファーレ(練習番号11)の透明で奥行きのある臨場感にも耳をそば立てたい。
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sv0105h.jpg音楽が動き出すのは、打楽器の猛烈なクレッシェンドで開始する第2部マエストーソ(194小節)。〈怒りの日〉を勇壮な行進曲にアレンジした黙示録的な戦いの音楽は、パンチの効いたアタックと血湧き肉躍る前進駆動によって身を奮い立たせるような活力が漲っている。

勝利のファンファーレを高らかに奏でる場面(243小節)は、フィジカルな興奮を煽りながら突進し、腕ずくで勝利をもぎ取ろうとするショルティの気魄が聴き手を圧倒する。
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sv0105i.jpg第3部(448小節)は、空間にたっぷり響く舞台裏の審判ラッパと、鮮明なフルート&ピッコロの夜鶯に驚かされるが、特筆すべきはクロプシュトックの〈復活賛歌〉(472小節)。

各声部が明瞭に聴こえるコーラスの分離感(とくにバス)は、エンジニアが腕によりをかけたマジックで、長めの拍で入念に高音域へ上り詰めるヘザー・ハーパー(ソプラノ)の劇的ともいえる高揚感がすこぶる感動的だ。

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アルトの独唱が疑念をはさむ頌歌第3節(560小節)は伴奏オーケストラが独唱を引きずり回し、元気もりもりと躍動する。殺気だったソプラノの説教(602小節)や、死者を眠りからタタキ起こす強圧的な男声合唱(618小節)に仰天するが、バネの効いた弦楽の鋭いアタックから頂上のコラールへ合唱とオーケストラを一気呵成にドライブするショルティの腕力がじつに頼もしい。

とどめは鐘と銅鑼を威勢よく打ち鳴らし、肉体が蘇ってガッツ・ポーズを決める豪腕ショルティの復活劇に大拍手! 聴き手に肉体的な刺激と活力をあたえてくれる聴き応えのある1枚だ。


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[ 2017/12/30 ] 音楽 マーラー | TB(-) | CM(-)