ジュリーニ=シカゴ響のドヴォルザーク《新世界から》

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ドヴォルザーク/交響曲第9番ホ短調 作品95「新世界から」
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 シカゴ交響楽団
Recording: 1977.4.2,6 Chicago Orchestra Hall
Recording Producer: Günther Breest
Director: Cord Garben
Recording Engineer: Hans-Peter Schweikman
Length: 45:48 (Stereo)
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イタリアの名指揮者カルロ・マリア・ジュリーニは、1970年代に首席客演指揮者の任にあったシカゴ交響楽団を指揮してすばらしい録音の数々を遺している。

sv0080d.jpgとくに〈第9シリーズ〉は究極の名演として知られ、マーラー、ブルックナー、シューベルトと並んで賞賛されているのがドヴォルザークの《新世界》だ。

この《新世界》は、DGのシカゴ響シリーズ第4弾として1978年6月にLPが発売されて推薦盤になったもので、前年にはマーラーの第9番がレコードアカデミー賞(交響曲部門)を受賞してジュリーニが巨匠として急速に飛躍し、クローズアップされた時期のもの。
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sv0036i.jpgレコード・ジャケットも発売当時は大評判になったもので、シルク・ハットをかぶって渋くきめたジュリーニのいでたちはイタリアン・マフィアの親分を彷彿させる。

映画俳優のようなジュリーニのダンディぶりは、じつは実業家の令嬢で、やり手で知られた奥さんのマルチェッラの演出によるものとされる。
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「ジュリーニーは実際面では“本当にどうしようもない人”で、ルックスがいいのは、マルチェッラが彼の求めに応じて、テイラーにすばらしいカットの服を注文してくれるからである。」 ヘレナ・マテオプーロス著『マエストロ』より、石原俊訳、アルファベータ、2006年)


sv0090a.jpgジュリーニはドヴォルザークの交響曲を若い頃より得意のレパートリーとしていたが、トスカニーニ流の颯爽とした早いテンポのフィルハーモニア管との演奏(1961年)から大きな変貌を遂げている。  amazon

ここにはある種の取っつきにくさがあるものの、シカゴ響の重厚なサウンドによるシンフォニックなスケール感厳粛な味わい深さを合わせもった硬派の演奏といえる。


sv0090b.jpgオーケストラを厳しく統制した気骨のある第1楽章、しみじみと歌わせる第2楽章中間部、歌心あふれる第3楽章トリオ、オーケストラがパワフルに炸裂するフィナーレのパンチ力など聴きどころは満載。

なかんずく名物奏者を揃えたシカゴ響の強力なブラス・セクションの“鳴りっぷり” を堪能されてくれるのもこの盤の魅力といえる。今回、オリジナルジャケットで発売されたSHM-CDは貴重なもので、廃盤になる前に是非とも入手しておきたい。
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Orch.DateLocationLevelⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Total
PO1961.1Kingsway HallEMI9:1612:337:5011:1740:56
CSO1977.4Orchestra HallDG12:1213:408:1311:4345:48
RCO1992.5ConcertgebouwSONY10:1015:298:2112:5446:54

「ジュリーニがこの演奏で示した音楽洞察力の個性的な深さと厳粛なばかりのきびしさとは、全く驚くべきものである。好んでドヴォルザークを踏み台に自分を飾り棚に立てようなどというのではなく、強い気管に支えられ、どこまでも厳しく監視された、締まった美しさを生命としている。それは磨き上げれた細工もののつぎはぎではなく、一貫して滔々と流れてゆく純粋な抒情の上に立っている。ただその抒情の質が世俗の舌触りの良さから遠のいてゆくのを感じないわけにはいかないが、この〈新世界〉もいわば辛口の名品というおもむきのもので、女子学生がコンパでおしゃべりしながらたしなめることのできる通俗酒的な一般性とは遠い世界のものである。この名品はまちがっても一部の通人の趣味に甘んずる性格のものではありえない。」 大木正興氏による月評より、MG1112、『レコード芸術』通巻第329号より、音楽之友社、1978年)


「細部に至るまで驚くほど細心な表現である。しかし全体には劇性がゆたかに表されており、決して神経質いっぽうではない。そればかりか旋律線をゆとりをもって存分に歌わせており、それを古典的といえるほど端正な造形でまとめているので、洗練された音楽が生まれた。第1楽章の提示部を反復しているのも、ジュリーニの演奏様式に関係している。」 小石忠男氏による月評より、F28G22067、『レコード芸術』通巻第459号、音楽之友社、1988年)


「ジュリーニ最盛期の録音のひとつであり、以前のフィルハーモニア管との演奏に見られたオーケストラの掌握の甘さも、この後に見られる遅すぎるテンポによる牽強付会な晦渋さもなく、実にバランスの取れた、そして瞬発力にも優れた演奏である。細かいアーティキュレーションまで念入りに統一され、表現は練れて、丸みを帯びているかと思えば、トゥッティの切り込みは鋭く果敢で、若々しさと老巧さが束の間交差した、稀代の名演奏と言えるだろう。」 長木誠司氏による月評より、POCG3175、『レコード芸術』通巻第523号、音楽之友社、1994年)



第1楽章 アダージョ~アレグロ・モルト
sv0080f.jpg序奏は低音弦をたっぷり鳴らした重厚で構えの大きな音楽だ。トゥッティのスケール感も絶大で、頂点のティンパニの決めどころは打点の生々しさを堪能させてくれる。

提示部の音楽運びも重量感があり、武骨なまでに力強く突き進む。黒人霊歌〈薔薇売りモーゼス老人〉が出所とされる第2主題(91小節)は歌わせ過ぎないが、低音弦がゆたかにたゆたう対声部の心地よさや、黒人霊歌〈静かに揺れよ、優しの馬車〉コデッタ主題(149小節)の繊細でリリカルな味わいがジュリーニらしい(提示部の反復あり)。 
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sv0080a.jpg展開部パンチの効いたシカゴ・ブラスが立ち上がる。コデッタ主題を打ち込むトランペットにガッツリと喰らい付くトロンボーンの第1主題を強調して、押し出しの強い造形を決めているところは、グラモフォンらしいエッジの効いた録音がものをいう。

再現部も間然とするところがなく、ジュリーニの入念なアーティキュレーションによって、味わい深く歌い込まれてゆくのも聴きどころだろう。
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sv0080g.jpgコーダ(396小節)はガソリンを満タンにした大排気量のシカゴ響が爆発する。ここでは、同じシカゴ響で聴くクーベリック、ライナー、ショルティといった竹を割ったようにストレートで押し切る“強力派”の演奏とは一線を画し、ジュリーニは過剰に攻め込むことを戒める。

名技性を生かしながらも頑なにイン・テンポを守って“暴れ馬”の手綱を締め、冷静な棒さばきによって終止を決めるあたりは品格の高さを感じさせてくれよう。
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決めどころのトランペットのファンファーレ(412小節)は期待に違わぬ“神様のクレッシェンド”を聴かせてくれるが、なおも余力を残した金管奏者の打ちっぷりは、シカゴ響(教)信者にはたまらない魅力だろう。

ここで、第2主題(または第3主題)ともされるコデッタ主題の5小節目後半は、旧版のスコアでは提示部(149小節)が付点音符、再現部(370小節)が8分音符になっているが、譜面通りに演奏するクーベリック、ライナーに対し、ジュリーニとショルティは提示部・再現部とも木管は8分音符、弦は付点音符で演奏しているのをチェックしておきたい。
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Cond.DateLocationLevelⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Total
Kubelik1951.11Orchestra HallMercury8:4111:267:2610:3438:07
Reiner1957.11Orchestra HallRCA8:4212:247:3310:2839:07
Giulini1977.4Orchestra HallDG12:1213:408:1311:4345:48
Levine1981.6Medinah TempleRCA10:5012:147:1510:4741:06
Solti1983.1Orchestra HalDECCA11:5814:038:0611:0845:15


第2楽章 ラルゴ
sv0090g.jpgピアノで歌うイングリッシュ・ホルンの〈家路〉主題は美感の限りを尽くしたもので、独奏楽器がスピーカーから仄かに浮かび上がってくるような奥行き感や、ホルンの2重奏が次第に遠のいてゆく遠近感を特筆したい。

朝比奈はラルゴを2倍遅いテンポで吹かせたために、大フィルの弦楽器奏者は「もう弓が足りまへん」とぼやいた逸話が残されているが、ジュリーニはさらに上をいく遅いテンポで演奏しているのが驚きだ。
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sv0004c.jpgしっとりと哀しみを綴る中間部も美しい。ここでは副主題を伴奏するコントラバスのピッツィカートを強めに奏するのが効果的で、啜り泣くような弦の嘆き、纏綿とレガートで歌い込む息の長いメノ、木管がさえずる瑞々しい森のダンス、「ここぞ」とばかりブラスが豪快に吼える第1楽章の主題回想など、聴きどころが満載。

心に染み入るように奏でる潤いのある弦楽のエンディングは、あまりの切なさで胸がいっぱいになってしまう。
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第3楽章 スケルツォ、モルト・ヴィヴァーチェ
sv0090c.jpgスケルツォは強靱かつしなやかなジュリーニ・リズムの独壇場。ガッシリとした重厚なサウンドが聴き手の耳を惹きつけ、堅固な造形に揺るぎがない。

柔らかに打ち込むティンパニの打点と肉感のあるホルンの吹奏が気持ちよく、ジュリーニの長いアームスから繰り出される振幅のあるリズム感覚と、柔軟なフレージングによる上質のサウンドに魅せられてしまうのは筆者だけではないだろう。  amazon

第1トリオは〈カールおじさん〉の伸びやかな歌を、第2トリオは付点を伴ったワルツの歌謡旋律を木管パートがよく歌う。ここで伴奏を受けもつ弦楽の分散和音までを踊るように歌わせているのが驚きで、ドイツ系指揮者にはおよそ考えもつかない芸当をジュリーニはやってのけている。第1楽章の主題をホルンが冴えた音で再現するコーダも嬉しいご馳走だ。

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第4楽章 アレグロ・コン・フォーコ
sv0090d.jpgフィナーレはマッシヴなシカゴ・ブラスが冴えわたる。ホルン、トランペットがパンチを効かせて勇壮に突き進むのが痛快で、とくにトランペットのメタリックな響きが際立っている。
これを歌い継ぐシルキーな弦の音色や、3連音リズムで躍動する筋肉質のオーケストラ・サウンドに酔わされてしまう。トランペットを突出させて歌い上げる喜悦の主題や、解像度の高いリズム処理で躍動する農民舞踊のマルカート主題も聴きのがせない。 
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sv0090e.jpg展開部は〈家路〉のテーマ(第2楽章)を対抗させながら再現部に向かって突き進んでゆくが、既出の素材の綾を丹念に、精緻に絡めてゆくのがジュリーニの巧いところだ。

その頂点たる再現部(198小節)で満を持して爆発する行進テーマの強音の威力は絶大である! チェロが滔々と歌い返す第2主題のカンタービレ(231小節)の美しさも冠絶しており、 “歌の指揮者”ジュリーニの面目が躍如している。

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sv0090f.jpgトロンボーンが吹奏する第1楽章の主題を迎え撃つように大きく見得を切る290小節や、 “伝家の宝刀”を抜くかのように放歌高吟するウン・ポコ・メノ・モッソ(333小節)のトランペットは名物奏者を擁したこの楽団の“お約束事”で、 “弦付きブラバン” と揶揄されるオーケストラならではの必殺の終止といえる。

名指揮者ジュリーニの格調高い音楽と名人オケのヴィルトゥオジティを堪能されてくれる玄人好みの1枚だ。

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[ 2017/05/19 ] 音楽 ドヴォルザーク | TB(-) | CM(-)

フルトヴェングラー=ベルリンフィルのブラームス/交響曲第2番

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ブラームス/交響曲第2番ニ長調 作品73
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1952.5.7 Deutsches Museum ,München
Archive: Bayerischer Rundfunk
Henning Smidth Olsen No.301
Length: 41:04 (Mono Live)
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フルトヴェングラーのブラームス〈第2〉といえば、ロンドンフィルとのSP録音が早くから知られていたが、「極端に悪いデッカのレコーディングが、この演奏のうすぼけてにごったような効果をさらに助長している」(ピーター・ピリー)と言い表されるように、几帳面で穏やかな演奏であるものの音質面での難もあり、フルベンの真価を発揮した演奏とは言い難かった。

sv0089b.jpgデッカのプロデューサーであったカルショウによれば、神経質なフルトヴェングラーはセッションで複数のマイクが視界に入るのを嫌い、中央に1本のみを吊るしてレコーディングを行ったという。

そのためデッカ・サウンドの効果が十分に得られず、“散漫で泥のような音質”になってしまったと述懐している。
ジョン・カルショー著『レコードはまっすぐに』より、学習研究社、2005年

sv0089c.jpgその後、音楽ファンに長く待ち望まれていた〈ブラ2〉の実況録音が1975年になって相次いで登場した。

その中のベルリンフィルとの当盤はバイエルン放送局のアーカイブを音源とするが、放送のための録音は使用回数が決められているため、これをレコード化するには著作権の問題から所有者、演奏者、その遺族全員の許可を得なければならなかった。独エレクトローラ社は、その実現までに15年の歳月を要したという。

フルトヴェングラーの〈ブラ2〉はオールセンによれば、次の4種(うち1点は未発表音源)の演奏と第2楽章リハーサルがラインナップされている。

NoOrch.DateLocationFirst IssueOlsen
BPO1943.2.7-10Berlin, PhilharmoniePrivate arch.O_79.5
VPO1945.1.28Wien, MusikfereinsaalWF SocietyO_107
BPO1947.9.14Berlin, NWDR Studio-2mov.RHTahraO_119.9
LPO1948.3.22-25London, Kingsway HallDECCAO_129
BPO1952.5.7München, Deutsches MuseumEMIO_301

sv0039q.jpg未発表の①は私的保管。②は“脱出前夜のブラ2”とか“脳震盪のブラ2”と呼ばれる亡命前夜の演奏という曰く付きのもので、1975年に発売されたエンジェル盤(ユニコーン原盤)やワルター協会盤はモコモコと靄の掛かった音だったと記憶する。(写真はOB7289/92-BS)

しかし、②も③も凡百の演奏とは比較にならぬもので、音質が改善されれば従来の評価が変わってくる可能性もあるだろう。

sv0089e.jpg②と前後して真打的に登場したのが“ミュンヘンのブラ2”とか“博物館のブラ2”と呼ばれる前述の本家ベルリンフィルとの④(当盤)。

1952年という時期からしても②や③と比べて音質が格段にすぐれ、フルベン愛好家の喉の渇きを潤す“決定打”の登場に筆者は快哉を叫んだものである。ところが、今、CDで聴く貧相な音は何としたことだろう。

NoOrch.DateLevelSourceTotal
Wien po1945.1.28WSOB7289/92BS14:1010:085:458:2438:27
London po1948.3.22-25DeccaMZ501215:1310:516:118:5841:13
Berlin po1952.5.7EMIWF60017   15:2610:315:508:5540:42


sv0089f.jpg手持ちのEMI盤(TOCE3790)は骨と皮だけの痩せたギズギスした音で、LPのような肉の付いた迫力あるサウンドが味わえない。
Abbey Road Studioで原テープからリマスターしたと謳うSACD(WPCS12897)に到ってはさらにひどく、キンキンと高域の荒れた音に耳を塞ぎたくなってしまう。同じリマスターからCDに転用したEMI録音集(CZ9078782)は、逆にピントの甘いどんよりとした音になってしまった。

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sv0089g.jpg「音質改善の効果が著しい」とか「音楽の息づかいが鮮やかに伝わってくる」などと書かれた音楽雑誌の提灯記事を鵜呑みにして購入すると落胆させられることが多いが、元来音質が悪いものをSACD化したところで音が固くなったりノイズが強調されるだけのように思われる。

“音楽の息づかい”なぞ何をいわんやで、ハイブリッド盤のCD層の方が聴きやすくなかろうか。その点、仏協会盤(SWF062-4)はLPのような迫力はないにしても、市販盤よりみずみずしい音が聴けるのはありがたい。

sv0089h.jpgしかし筆者は、LP(WF60017)で聴いた音のイメージがつよく焼き付いているためか、CDでは迫力の点でどうしても物足りない。

今、あらためて比較して聴いてもズシリと腹に響くストロークの重みや、管弦の厚み、金管の切れなど、モノラル専用カートリッジで擦った音の違いは歴然。筆者はこれをCD-R化したものをお宝のように聴いている。

「1952年にベルリン・フィルを指揮した実況録音で、音質もかなり優秀である。きわめて集中力の強い、劇的な起伏と明快さをもった演奏で、一般のこの作品に対する通念を超えたところで、情熱にみちあふれた音楽がつくられているのもフルトヴェングラーらしい。」 小石忠男氏による月評より、WF60017、『レコード芸術』通巻第362号、音楽之友社、1980年)


「それにしてもなんと凄い演奏なのだろう。(略)第1楽章は淡々と始まるが、推移の途中から突然アッチェレランドしてハイになる。第2主題の濃厚な表情、展開部の高揚、再現部の付点リズムの切れ味も凄い。第2楽章のデリケートな表現もいいが、なんといっても終曲の波のうねりのように高まってゆくところがすばらしい。再現部は完全にノッいて、第2主題でもテンポを落とさず、終結まで一分の弛みもない。」 横原千史氏による月評より~TOCE9086/9、『レコード芸術』通巻第551号、音楽之友社、1996年)



第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ
sv0089i.jpg神秘の泉から湧き出ずる謎めいた開始はいかにもフルベン流。清流のような間奏主題(44小節クララ・モチーフ)からシンフォニックに立ち上がる総奏や、野太い音でゆたかに歌う第2主題、見得を切るように堅固なリズムでさばくコデッタの付点フレーズもフルベンの個性がつよく刻印されている。(写真は仏協会 SWF062-4)

ティンパニの強打とトランペットの強奏でメリハリをつける前進駆動もフルベンの自家薬籠中のものといえる。

展開部(180小節)は田園情緒にドラマ性を移入するフルベンの独壇場。低音を強調して対位法を明確に提示するリズミックな躍動感と、抉りの効いたフレージングは無類のものだ。

sv0089j.jpg驚くべきは、トロンボーンを打ち込む闘争的なヤマ場で楽譜にないティンパニを弦のトレモロに重ねているところ(227と233小節)で、落雷のような打ち込みが②や③に比べて強烈なインパクトを与えている。

主題の冒頭を威嚇的に吹奏するクライマックスの骨の太い響き(282小節)や、ティンパニの最強打で展開部を締める力ワザ(298小節)に「これぞフルベン!」と膝を打ちたくなる。  amazon

sv0089k.jpg再現部(302小節)も聴きどころが満載だ。絶妙のリタルダンドを配して第2主題部へ移行するところは巨匠の奥義を開陳した“名場面”といってよく、もってりと揺動するヴィオラとチェロのコクのある響きに酔ってしまいそうになる。

リズムが切り立つクワジ・リテネントのティンパニの強打(386小節)や総奏のトランペットの強奏(402小節)は聴き手の度肝を抜くが、コーダ身をよじるように旋律をふくらませる濃厚な歌い口(478小節)もフルベンを聴く醍醐味といえるだろう。  amazon

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「演奏スタイルは4年前のロンドン盤と同じであるが、ずっと表情的であり、密度が濃く、燃え立っており、オーケストラの厚みやコクがまるで違う。たとえば第1楽章の44小節から始まる間奏主題の美しいこと! 全曲どの部分をとっても意味があり、曲想変化に伴うテンポの動きもえぐりが効いている。それでいて造型はまさに完璧、一箇所としてもたれる部分はない。ベルリン・フィルの響きにはいっぱいの精神が羽ばたいており、フルトヴェングラーの気魄もものすごく、とくにティンパニの迫力はその比を見ない。展開部では楽譜に書かれていないのに強打しているが、ロンドン盤よりはるかに徹底しており、雄弁である。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第2楽章 アダージオ・ノン・トロッポ
sv0089l.jpgチェロの物憂い主題は歌い過ぎず、思案しながら、追想にふけるように奏するのがフルベンらしい。

リステッソ・テンポ(中間部)は速いテンポで駆け抜けるが、長いパウゼのあとの思いためらうようなエスプレッシーヴォ主題(コデッタ主題 45小節)が個性的で、うねるような16分音符の分厚い弦の対位を交錯させながら、巨匠は悲劇の気分を盛りつける。  TOWER RECORDS

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暗く閉ざされた森の中から聞こえるトロンボーンと木管の対話。あたかも死出の旅立ちであるかのような暗澹たる響きの深さはいかばかりだろう。

「なにやら差し迫った危機を警告するように、隣接音に向かってゆっくりと、しかし剛胆に音量を膨らませ、また萎む。(略)これは恣意的なデフォルメではない。宗教的な含意の濃いトロンボーンを汎用するこの交響曲は、ブラームスが〈楽譜に黒枠を付けたい〉などと言い残しているだけに、なにかしら弔いの感情と結びついているようにも察せられる。フルトヴェングラーが聴かせる音色は、そうした感情にも、どこかふさわしい。」 船木篤也著「フルトヴェングラーのブラームス」より~文藝別冊『フルトヴェングラー』、河出書房新社、2011年)


sv0089m.jpgスローモーションのようにねっとりと奏でる主題再現悲劇の気分が引きずられてゆく。

なかでも瞑想にふけるように取り回す3連音の主題変奏(68小節)が大きな聴きどころで、ホルンと対話を重ねながら纏綿とたゆたうコクのあるフレージングと、そこから発展する詠嘆的な弦の歌(73小節)がじつに感動的だ。

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警告を発するようなクライマックスの総奏もすさまじい。雷鳴のようなティンパニの連打で劇的に高揚するコーダの筆圧の強さは圧巻で、のたうつような弦のうねりの渦の中に身も心も引き込まれてしまいそうになる。


第3楽章 アレグレット・グラチオーソ(クワジ・アンダンティーノ)
sv0089n.jpg間奏風の素朴な旋律は鄙びたオボーエがレトロな気分を高めている。しかし、長閑な田園風物詩で終わらないのがフルベンたる所以で、どこか厳粛な気分が漂っているのが神業といえる。
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プレストでは木管のミスでアンサンブルが乱れるのがご愛敬だが、どっしりと構えた堅固な構築物を思わせる重厚な総奏が聴きどころ。主題再現(テンポ・プリモ)の温もりのある歌や、ピアニシモのフレージングの妙味も聴き逃せない。

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一抹の寂しさを漂わせながらリタルダンドする終止も巨匠の手の内を見せたもので、来るフィナーレへの期待を自ずと聴き手にいだかせているのが心憎い。

「第3楽章は木管による主題の最初の4分音符からして惹かれるが、頻出する大きなリタルダンドがいかにもフルトヴェングラーらしい。終わりのポコ・ソステヌートにおける名残惜しげな奏し方などその最たるものだが、決して大げさな感じにはならないのである。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)



第4楽章 アレグロ・コン・スピリト
sv0089o.jpgフィナーレは巨匠が烈火のごとく燃え上がる。第2主題でもテンポを落とさず、一気呵成に展開部まで突っ走るところに思わず指揮をしたい衝動に駆られてしまう。

ここではビートの効いた熱いフルベン節による“鉄血サウンド”が全開で、「ガツンガツン」と鉄槌を打ち込むようなティンパニの重みのあるストロークが演奏に凄みをあたえている。
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sv0089p.jpg弦が3連音符で刻みながら音階を降りるパッセージを猛烈なアッチェレランドで追い込むところ(98小節)も冠絶しており、シンコペーション(112小節)の乱れを物ともせず強引に弾き抜くところや、弦が8分音符のスラーで音階を駆け上がる荒ワザ(135小節)に背筋がゾクゾクしてしまう。
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展開部の終わり(234小節)のリタルダンドは巨匠の常套手段といえるが、爆発的な総奏から激しい気魄で荒れ狂う再現部(244小節)はフルベンの面目が躍如しており、重厚な第2主題から畳みかけるようにコデッタ主題(317小節)へ爆進するノリの良さもこの盤の魅力のひとつだろう。

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「フィナーレは第1楽章ほど完璧ではないが、実演の彼ならではの荒れ狂った演奏で、緩急の度合いがまことに大きく、わけても情熱のかたまりのようなアッチェレランドと、"ものすごい"の一語に尽きるティンパニの最強打は、フルトヴェングラーを聴く醍醐味といえよう。」 宇野功芳著『フルトヴェングラーの名盤』より、芸術現代社、1977年)


sv0018i.jpg第2主題が〈歓喜のコラール〉となってたぎり立つコーダ(353小節)は、3連音動機からテンポを速め、コデッタ主題の金管が炸裂するところ(386小節)が最大のクライマックスだ! 
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火のついた勢いで疾走する弦楽器の分散和音にトロンボーンとトランペットがカノンでぶつける頂点は無我夢中になって猛り狂うフルベンのパッションが噴出する。

進軍ラッパのようなファンファーレを轟かせ、トランペットの最強音で止め打つのも巨匠の“必殺ワザ”で、爆発的なダイナミズムで聴き手を圧倒する。
デッカ盤の不満を払拭する納得の一枚だ。


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[ 2017/04/29 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)