セル=クリーヴランド管のハイドン/交響曲第94番「驚愕」

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ハイドン/交響曲第94番ト長調「驚愕」Hob.Ⅰ-94
ジョージ・セル指揮 
クリーヴランド管弦楽団
Recording: 1967.5.5 (Sonny)
Location: Severance Hall, Cleveland
Disc: SONY 88697687792
Length: 24:05 (Stereo)
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ジョージ・セルはハンガリー生まれの指揮者で、1946年にクリーヴランド管弦楽団の音楽監督に就任するや、ドライステッィクな改革と徹底したトレーニングによって1シーズンのうちにそのサウンドを一新させた。それまでプロヴィンシャル(地方オーケストラ)に過ぎなかった楽団を、一躍 “ビッグ5” の地位に引き上げた。

sv0094b.jpgセルは個々の奏者に完成度の高い技能を要求するにとどまらず、均質な響きを持った高度な室内楽的アンサンブルをオーケストラに拡大したような演奏を理想とした。

その完成度の高さは “セルの楽器” とまでいわれ、合奏能力に驚愕したカラヤンがザルツブルク音楽祭でクリーヴランド管を一晩指揮させてほしいと願い出たほどだ。

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「じつは、マエストロにお願いがありまして・・・(へこへこ)」(フォン・カラヤン)
「なんだね? ヘルベルト」(セル)


「それにしても、クリーヴランド管弦楽団というのは、物凄い管弦楽団である。ことに弦の良さは言語に絶する。第1ヴァイオリンからコントラバスにいたるまで、およそこれほどはっきりしていて、しかも良く響く音で、均質化された性能をもったものは、アメリカにもヨーロッパにもかつてなかったのではないか。これは表面だけの艶と磨きのかけられたオーマンディのフィラデルフィア管弦楽団とは、ちがうのである。」 吉田秀和著 『世界の指揮者』より、筑摩書房、2008年)


sv0069c.jpgセル=クリーヴランド管の究極の合奏美を堪能出来るのがハイドンに代表される古典作品。ぴしりと整った緻密なフレージングはもとより、弦も管も音色が見事に統一され、透明度の高い響きを実現しているのが驚きだ。

テンポの変転や抑揚はストイックといえるが、何よりも緻密なアンサンブルで聴き手を魅了し、しかも温もりのある音楽が溢れ出るところは晩年のセルならではの魅力だろう。
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sv0069d.jpg「ビシッ!」と打ち込む緩除楽章の鋭利な“ひと突き” は聴き手を仰天させるが、それにも増して、超絶技巧を繰り広げるフィナーレの激しい追い込みは聴き手をゾクゾクさせる名人芸で、器楽演奏の妙技を心ゆくまで堪能させてくれる。

近頃、ソニー(輸入盤)から発売されたハイドン交響曲を集めたセットは “超お買い得品” といえる。

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「セルがクリーヴランド管弦楽団といっしょに入れたレコードのすべては、現代の演奏の1つの典型的存在で、ハイドンのレコード(第93番と第94番を裏表に入れたアメリカ盤ML6406)なども名盤中の名盤である。ハイドンだけを聴かせて、現代人を心から満足させるのは容易なことではない。セルのハイドンは、そのごく少数の1つであり、私の今日まで聴いたレコードの中でいえば、おそらくフリッツ・ライナー指揮のそれとならんで、最高の列に数えられるべきものである。」 吉田秀和著 『世界の指揮者』より要約、筑摩書房、2008年)



第1楽章 アダージョ・カンタービレ-ヴィヴァーチェ・アッサイ
sv0069b.jpg導入主題のやさしい木管の問いかけと、これに微笑み返す上質の弦の応答がたまらない魅力で、ゆるやかな刻みがクレッシェンドする中から高弦がしっとりと照り輝き、高貴な気分を醸し出している。

優美なヴァイオリンの二重奏ではじまる主部は、低音弦のリズムがくわわると、「ズンズン」と重みのあるオーケストラが快適なフットワークで走り出す。

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オーボエの愛くるしいオブリガートが付く40小節から、超高性能の弦楽アンサンブルが自慢の腕を披露する。8分音符の刻みと上下運動を繰り返す弦の動きは軽快さと力強さを兼ね備え、シャッキリと弾むフレージングは一分の隙もない。絹擦れのような16分音符の分散和音の美しさ が耳の快感を誘っている。

sv0069j.jpgニ短調で翳りをつける第1主題のあとにやってくる爽やかな第2主題(66小節)も聴きのがせない。

シンコペートされた内声部の正確無比な動きと、軽やかな16分音符で彩る第1ヴァイオリンのフィギュレーション、これに協動するフルート(再現部ではオーボエが美しくからむ)の華麗な舞いは、名人芸の極み としかいいようがない。
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コデッタ主題(80小節)の気品のある歌い回しも抜群で、愛嬌たっぷりにハネる弦と戯けたような木管のトリルなど、ほどよきバランスでユーモアを上品に配するあたりは、セルの作品に対する敬愛を感じさせてくれる。豪壮なユニゾンで締め括る終止のたっぷりとした弦楽サウンドの心地よさ といったら![提示部リピートあり]

sv0094c.jpg展開部(108小節)は、セルは荒ワザを仕掛けることなく、GからAに変わったティンパニの連打でアクセントを克明につけて、調和と均衡の取れたバランスを追求する。

技巧を誇示したり、音圧で聴き手をねじ伏せるような演奏とはおよそ無縁の、淡い音色と均質な響きによって楽譜をモザイク模様のように丹念に彫琢してゆくさまは “音の職人”セルの面目躍如が躍如している。
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厚みのある内声部の弦や、木管パートの伴奏部まで明瞭に聴こえる再現部(155小節)の充実したサウンドも無類のもので、一糸乱れぬユニゾンの動きなどオーケストラをひとつの楽器のように操っているところは驚異的である! コーダのニュアンスゆたかな歌い回しと柔らかな終止和音は非情なセルのイメージからほど遠く、温雅な気分に溢れている。


第2楽章 アンダンテ
sv0094d.jpg緻密にコツコツ刻む民謡主題は、ほとんど聴きとれぬまで音量を抑え、乾坤一擲、切れのあるフォルティシモの“主和音”を「ビシッ!」と打ち込むところは、血も涙もない“セルのサプライズ” で、聴く者の度肝をぬく。

さりげない歌の中にも精緻なバランスを怠らぬ第2楽句もセルならではの芸当だろう。

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変奏部は、セルが民謡主題を卓越したアンサンブルによって緻密な彫琢をほどこしてゆく。第2変奏のピシリと整ったユニゾンと華麗なバロック調のオブリガートは、弦楽セクションの冴えた技巧の独壇場。オーボエの刻む歌と透明なオブリガートで彩る第3変奏の木管の名人芸にも魅せられてしまう。

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圧巻はマーチ風の総奏となる第4変奏。歯切れの良いティンパニの連打と華麗なトランペットのリズムをくわえ、弦はかきむしるような力感をつけてシンフォニックに躍動する。名残惜しげなコーダの木管の侘びた風情はセルの細やかな心配りが心憎い。


第3楽章「メヌエット」 アレグロ・モルト
sv0094e.jpg速いテンポできびきびと進行するメヌエットは、清心溌剌として率直である。フォーカスを「ピシッ」と定め、正確無比に刻むリズム感が聴き手の快感を誘っている。

トリオはファゴットをくわえたアンサンブルの調和を極めたもので、その精度と透明度の高さは驚異的である! テンポを速めた再現部もフィナーレへの期待感を高めている。

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第4楽章「フィナーレ」 アレグロ・モルト
sv0094f.jpgセル=クリーヴランド管の言語を絶する超絶的なアンサンブルを知らしめるのがフィナーレのロンドフィギュレーションの走句によって第1主題をめまぐるしく展開するところは、クリーヴランド管の一糸乱れぬ弦の早ワザに腰をぬかしてしまう。 
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セルは、ここまで完璧なアンサンブルを貫徹するのに弦楽四重奏でなければ到底不可能な、いわばオーケストラ演奏の臨界線を超えた領域に踏み込んで勝負する。

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sv0094g.jpg合奏の心得のある者にとってみれば、こんなオーケストラがこの世に存在する事自体が恐怖だろう。

音符を音化するメカニックな精度の上に、躍動、感興、愉悦、熱気といったあらゆる要素がくわわった究極の合奏美を “セル室内楽団” は披露する。

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「セルのアンサンブルの理想-合奏の完璧さと、室内楽的バランスの精密の理想は、単純で平面的な機械的正確さとはちがうもので、その土台になっている管弦楽の各セクション、つまり弦、木管、金管、打楽器などで運動の柔軟性と同時に等質性の追求である。これが彼のハイドンやシューマンをあんなにすばらしいものにするのである。」 吉田秀和著 『世界の指揮者』より要約、筑摩書房、2008年)


sv0094h.jpg展開部(104小節)では、セルが対位法的な楽想をメカニックに分解する。分散和音を内声部にまで拡大した各パートの動きを透かし彫りのように可視化してゆくところは、 “オーケストラのための協奏曲”を聴いているような錯覚にとらわれてしまう。  TOWER RECORDS [SACD]

ト短調で翳りをつける154小節では愉しい気分をきっぱりと排し、厳正な棒さばきによってクールに突き進むところは、聴き手に媚びぬ厳しさに貫かれている。

愉しい気分が戻ってくる再現部(182小節)は、ティンパニがくわわるコデッタ(226小節)がハイドンの仕掛けを楽しめる大きな聴きどころだ。第1主題のウラでほとんど聴きとれないトレモロから俊敏にフォルテの連打で乱入する鋭い“不意打ち”は、なるほど、セルらしい “もう一つのサプライズ”

sv0094i.jpg16分音符の激しい分散和音で駆け出すコーダは、もはや人間離れした玄人集団のウルトラCとしかいいようがなく、整然としたフレージング、切れのあるフィギュレーション、引き締まった和音打撃がゾクゾクするような興奮を誘っている。  amazon [SACD]

弦をひっかく音が聴こえるフィニッシュの猛スピードの追い込みは肌が粟立つ凄まじさで一点の濁りもない緊密なアンサンブルに心ゆくまで酔わせてくれる。オーケストラ演奏の極限を追求した空前絶後のハイドンだ!


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[ 2017/07/15 ] 音楽 ハイドン | TB(-) | CM(-)

バルビローリのブラームス/交響曲第1番ハ短調

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ブラームス/交響曲第1番ハ短調 作品68
ジョン・バルビローリ指揮
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
Recording: 1967.12.4,8 Musikverein, Großer Saal
Producer: Ronald kinloch Anderson (EMI)
Balance Engineer: Ernst Rothe
Length: 48:24 (Stereo)
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バルビローリは1967年にウィーンフィルとブラームスの交響曲全曲をステレオ録音している。〈第1番〉のLPレコードの初出は1963年3月で(AA8841)で、1976年2月の再販では 〈セラフィム〉という廉価盤レーベル(EAC30041)で発売されていた。

sv0093d.jpgこの東芝EMIの廉価盤シリーズは、風景の写真をあしらったグリーンのジャケットで統一されていたが、写真の左上をカットして斜めに配したタイトルがブサイクで、その安っぽいデザインを嫌って手を出すのを躊躇った記憶がある。

セラフィムの旧シリーズでガリエラ指揮フィルハーモニア管のレコードを買って友人に馬鹿にされたことや、それがステレオとは名ばかりのボヤけた音のレコードだったことも敬遠した理由だった。

sv0093c.jpgセラフィム(Seraphim)とは、ヘブライ語に語源を発し、九階級のうちの最上級の天使を指すという。最高位の天使が廉価盤ブランドというのも妙な話だが、最良の演奏をリーズナブルな価格で提供することこそが “最高の天使” たる役目と解すれば納得がいく。

しかし、その使命とは裏腹に、音楽ファンを馬鹿にしたようなモッサリしたパッケージや冴えない音に、当時は腹立たしく思ったものである。

「“セラフィム”とは辞書によると、〈六翼の天使(最高位の天使)〉の複数と出ている。要するに数多いエンジェルの中から、えらびぬかれたという意味なのだろう。レパートリーは入門者に喜ばれそうな、標準名曲が中心になっているが、演奏はさすがに大EMIの原盤がバックに控えているせいか、なかなかに水準が高い。かつてステレオの初期に、レギュラー価格でかせぎまくったものの再販で、クリュイタンス=ベルリン・フィルのベートーヴェン交響曲全集、バルビローリ=ウィーン・フィルのブラームス交響曲全集など、他のレーベルならレギュラー盤で出ておかしくない、すごいレコードも1,300円也で手に入るのは何といっても魅力的だ。高級ファンも余りバカにせずに、よくカタログに目を通してほしい。」 出谷啓著『レコードの上手な買い方』より抜粋、音楽之友社、1977年)


sv0093f.jpg時は流れ、リマスターされたCDを聴いて、筆者は少なからず驚いた。そのサウンドは、解像度、透明度、輝きの点において他のレーベルをはるかに凌駕しており、EMI特有の残響をたっぷり取り入れたマイルドな音がこの上なく魅力のあるものに感じた。

田園のロマンを心を込めて歌う〈第2番〉、無限のグラディエーションを織り上げる〈第3番〉、ウィーンフィルの弦が号泣する〈第4番〉、と賛美される3曲は言うに及ばず、遅いテンポによる抒情美に貫かれた〈第1番〉は中でも音質がみずみずしく、出色の仕上がりになっている。  amazon  HMVicon

sv0093i.jpg父親がイタリア人、母親がフランス人のロンドン生まれというバルビローリはチェリスト出身の指揮者で、弦楽器の扱いには定評がある。とくに内声部が緻密に書かれたブラームスのような作品を歌わせることにかけては抜群の腕前を発揮する。  amazon  HMVicon

ここでは闘争から輝かしい勝利へと導く交響曲の性格を見事に覆し、女性的なたおやかさをしっとりと湛え、全篇がロマンティックな抒情美につらぬかれている。

ときに巨匠68歳の演奏で、フルトヴェングラーベイヌムの演奏を“剛のブラームス”とすれば、バルビローリは “柔のブラームス” の代表格といえる。

sv0093h.jpg特筆すべきは、楽友協会ホールにまろやかに溶け込む音場の美しさ で、バルビローリは角を削ぎ落として丸みを持たせたフレージングによって、名門ウィーンフィルから芳醇で良質のワインのようなまろやかな響きを引き出している。

EMI特有のナマの音の持つ自然なバランスの再現は、CDの時代になってようやく真価を発揮したといわれることに、このCDを聴けば「なるほど」と頷けよう。
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Cond.Orch.DateLevelⅠ.Ⅱ.Ⅲ.Ⅳ.Total
WalterVPO1937.5OPUS蔵12:578:534:2414:5441:08
FurtwänglerVPO1947.8.13(L)GlandSlam15:0510:235:2216:4547:35
FurtwänglerVPO1947.11EMI14:4310:385:0216:2846:51
FurtwänglerVPO1952.1.27(L)Altus14:1710:115:0416:3346:05
KripsVPO1956.10DECCA12:409:224:4615:4744:35
KubelikVPO1957.9.23,24DECCA13:589:204:4116:4344:42
KarajanVPO1959.3.23,26DECCA13:579:104:5817:3445:39
BarbirolliVPO1967.12EMI15:309:305:0819:1249:20
AbbadoVPO1972.3DG16:59*9:254:5516:2847:47
KerteszVPO1973.2DECCA16:019:064:4616:4346:36
BöhmVPO1975.5DG13:5410:344:5417:4947:11
MehtaVPO1976.2DECCA17:27*9:334:4417:2049:04
BernsteinVPO1981.10(L)DG17:31*10:535:3517:5451:53
GiuliniVPO1991.4DG15:4910:495:1819:4651:42
LevineVPO1993.8(L)DG12:559:244:3717:2844:24
 * 提示部のリピートあり

「バルビローリはウィーン・フィルとブラームスの交響曲全集を残しており、これがウィーン・フィルとの唯一の正規の録音であった。雄大なテンポ設定の中で、バルビローリらしい豊かなカンタービレと繊細なニュアンス、そして美しい色彩感を与えた演奏は、ユニークな名演と呼ぶにふさわしい。この曲の英雄的側面ではなく抒情性に光を当てたバルビローリらしい名演に、ウィーン・フィルは見事に応えている。」 國土潤一氏による月評より、『レコード芸術』通巻第666号、音楽之友社、2006年)


「常にゆとりがあるテンポで無理のない表情をつくっており、ウィーン・フィルもすみずみまで整った演奏をくりひろげる。そのなかにふくよかな歌と味わい深い表情があるが、バルビローリはブラームスの古典主義的な側面より、叙情性に光をあてており、きわめて個性的なブラームスをつくっている。第1番はあまりにもロマンティックに表現されたという印象を受けるが、むろん、そうしたことを是認すれば、最高級の演奏であることはいうまでもない。」 小石忠男氏による月評より、『レコード芸術』通巻第421号、音楽之友社、1985年)


「演奏は一風格あるもので、おおむねたっぷりしたテンポでなみなみとロマン的気分を盛っている。バルビローリがウィーン・フィルの美点と気質とをとことんまで知悉していることは驚くばかりで、それを全面的に発揮させ、活用しながら、かつ自分の芸術を徹底的に開陳するという芸当を堂々とやってのけているのが見事である。」 大木正興氏による月評より、『レコード芸術』通巻第307号、音楽之友社、1976年)



第1楽章 ウン・ポコ・ソステヌート
sv0093g.jpg何という柔らかな序奏だろう。穏やかに打ち込まれたティンパニのリズムにのって、オクターブの半音階で進行する音量ゆたかな弦楽器からこの上ない温もりが感じられるではないか。  amazon[SACD]

主部に入ってもゆるやかなテンポで圭角を取り去り、まろやかに奏でる主題に闘争の気分は見られない。
柔らかくほぐしたアーティキュレーションによってサクサクと駆ける進行がすこぶる快適で、いささかの力みもない昂奮の頂点は、シャッキリと打ち込むみずみずしいスタッカートが印象的だ。

sv0093j.jpg艶やかに弾き上げる美しい経過句や、むせるようなロマンが明滅する牧歌的な第2主題も抒情派バルビローリの独壇場。

展開部では〈運命動機〉の律動から立ち上がるコーラル《元気を出せ、わが弱い心》(232小節)をしなるような弓さばきによって美しく揺動するところは、ウィーンフィルが持ち前の弦の美しさ を最大限に発揮する。

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力まかせに突進したり、我武者羅にテンポを煽ったりするような踏み外しは微塵もなく、微温湯で足をあたためるように聴き手の心をなごませてくれる。力を蓄えて激高するクライマックス(320小節)もバルビローリは決して力まない。

sv0093k.jpg〈反抗の動機〉から激しい16分音符をぶつけて燃え上がるはずの“闘争劇”は何処へやら、トランペットの打ち込みは控えめに、ホルンをまったりと響かせて、落ち着きのあるテンポで “わが道”を行く ところがユニークといえる。

バロビーリがさらに個性を発揮するのが付点リズムになるコーダ(459小節)。遅いテンポを頑なにまもりつつ、ティンパニと弦の裏打ちが緩やかにクレッシェンドしていく決めどころの心地よさといったら! 

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sv0093l.jpg和音打撃の背後でコントラ・ファゴットのロングトーンが生々しく浮かび上がる音場(462小節)も見事なもので、楽友協会のホールに溶け合うように響くウィーンフィルの美音に酔わされてしまうのは筆者だけではないだろう。

艶をのせて、しっとりと弾き上げるメノ・アレグロのエンディングもロマンの香りを満面に湛えており、闘うことを忘れ、まるで夢でも見ているような、ゆったりとした安らぎを聴き手に与えてくれる。
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第2楽章 アンダンテ・ソステヌート
sv0093m.jpg歌謡風の緩徐楽章はロマンティックな“愛の歌”だ。ここには孤独の影や悲哀感は見られない。熟し切ったロマンに彩られたブラームスの世界が味わい深く拡がっており、指揮者は一つ一つの楽句を慈しむように、愛情を込めて演奏する。

バルビローリはリハーサルでいつも楽員に「その音符を愛してください。愛がそこから湧き出るように」と呼びかけたというが、第1主題が上行の付点モチーフに発展する27小節からウィーンフィルの弦が腕によりを掛けて歌い出す。
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しっとりと艶をのせた切分音でたゆたうフレージングの美しさは冠絶しており、これを一度でも耳にすれば虜になってしまうことだろう。

sv0093n.jpg中間部でコロラチュラ風の楽句を歌う鄙びたオーボエと、とろけるような甘い音色で逍遥するクラリットも大きな聴きものだ。

厚ぼったく奏する弦楽ユニゾン、恋人同士が愛を語らうような木管と弦の対話、そこから導かれる “愛の成就” ともいえる主題再現(67小節)は、究極のロマンティシズムといえる。  TOWER RECORDS  amazon

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これに華を添える甘美な独奏ヴァイオリン(ボスコフスキーか)がたまらない。絹地を織り上げるような、光沢のしたたる音色は絶品で、肉感のあるホルンに繊細で気品のあるオブリガートを寄り添えるところは、 “愛の名匠” の呼び名にふさわしいマエストロの面目が躍如している。


第3楽章 ウン・ポコ・アレグレット・エ・グラチオーソ
sv0093o.jpgインテルメッツォはウィーンフィルの馥郁たる味わいを堪能させてくれる。クラリネットのまったりとした主題吹奏と果汁を含んだオブリガートが耳に美味しく、甘く、人懐っこい音色で聴く者を惹きつける。

ヘ短調で仄かな哀愁味を漂わせる第2主題や、ゆったりとしたステップで恋人とダンスをするような中間主題も音楽は穏やかな表情を絶やさない。
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バルビローリは心から愛する曲だけを演奏したというが、その原動力は音楽と人間への愛から発していた。英国人はこれを “スウィート・アフェクション”という。


第4楽章 アダージオ-ピウ・アンダンテ-アレグロ・ノン・トロッポ
sv0093s.jpgティンパニの生々しいトレモロから立ち現れる〈アルペン動機〉が野太い音で、ねっばっこく湧き上がるのが魅力的で、まったりと吹奏するウィンナ・ホルンの絶大な威力を心ゆくまで堪能させてくれる。

主部の〈歓喜の主題〉は息の長いフレージングによって、大らかに歌い込む “バルビローリ節” が全開。
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コクのある内声をたっぷりと響かせる弦楽器、晴朗にたなびく木管楽器、やわらかく弾むピッツィカート・リズムによって音楽が滔々と流れてゆくところは、リリックな巨匠ならではの“奥義” といえる。

sv0093q.jpg驚くべきはアニマートの総奏で、巨匠は力瘤を入れた突進を控え、ゆったりと着実に歩を進めてゆく。よよと泣き崩れるようなオーボエの〈慰めの句〉や、角張ったところのない展開部の緩やかな進行など、気魄に充ちた雄渾な気分を求める向きには生ぬるい印象を与え、その評価は分かれるかもしれない。
さらにテンポを緩める再現部にも驚かされるが、音楽は大らかさにくわえ、温もりとスケール感を増していくのが聴きどころ。  TOWER RECORDS [LP]

決めどころのアルプスの頂点(285小節)は、どっしりと力強く登りつめた達成感が抜群で、その雄大な見晴らしの中で気持ちよく吹奏する〈アンペン動機〉が冴えわたる。ホルンが一呼吸ズレて吹いているのもウィーンフィルの持ち味だろう。
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慰撫するように奏でる第2主題のカンタービレや、ポルタメントをかけて濡れたように歌う〈慰めの動機〉(316小節)もバルビローリの個性をつよく刻印したもので、レトロなポルタメントをことさら愛した巨匠は「不作法だといわれたら、私が罰金を払うから」といって楽員を説得したという。
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sv0093r.jpg弦の分散和音がトレモロになるコーダの376小節から、指揮者がやおらテンポを上げて走り出す。

一糸乱れぬシンコペーションに加速をかけ、ピウ・アレグロへ突入するところの手綱さばきが実に巧妙で、歯切れ良く駆け走る行進曲のあとに、常套的なリタルダンドをはるかに超える減速によって巨匠は〈コラール〉(407小節)をなみなみと朗唱する。

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音価を拡大し、あたかも “愛の賛歌” のように歌い上げるさまは、歌うことへの徹底的なこだわりをもった“巨匠の美学”を開陳したもので、老舗の楽団から音の旨味を存分に引き出している。“愛の名匠”バルビローリが美麗の限りを尽くした会心の1枚だ。


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[ 2017/06/30 ] 音楽 ブラームス | TB(-) | CM(-)